紅葉の金閣寺 その見どころと撮影ポイントは?

鹿苑寺(ろくおんじ)という正式な名を持つこの禅宗の寺院は、黄金に輝く舎利殿が有名なことから、一般的には「金閣寺」という愛称で親しまれている。だが、「金閣寺」になる前は、鎌倉時代の公卿・西園寺公経(さいおんじ きんつね)の別荘だった。

それを室町幕府の三代将軍・足利義満が譲り受け、山荘北山殿を造営する。それが「金閣寺」のなりそめだ。

隠居した義満の邸宅とはいえ、当時の規模は御所に匹敵し、政治中枢のすべてがここに集約されていたというから驚きだ。

もしかすると、アニメでお馴染みの「一休さん」が、新左衛門に伴われて将軍様に謁見していたのは、「花の御所」ではなく金閣寺だったのかもしれない(笑)。

実はその一休さんと足利義満の関係には「えっ!」と驚く説があり、金閣寺の説明よりも、そちらのほうが興味深い。なんと、一休さんは将軍様の「孫」だったというのである。

詳しい話が知りたい人は、最後にこのサイトを見るといい。たぶん笑える。

本題に戻ろう。この寺院をきちんと理解するには、冒頭で触れたように「金閣」と「金閣寺」を分けて知ることが大切だ。そこでまずは舎利殿「金閣」について詳しく説明する。

「金閣」は建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築で、1層は寝殿造りで法水院(ほうすいいん)と呼ばれ、 中央に宝冠釈迦如来像、向かって左に足利義満像が安置されている。また2層は武家造りで潮音洞(ちょうおんどう)と呼ばれ、 岩屋観音像と四天王像が安置されている。

禅宗仏殿造りの3層は究竟頂(くっきょうちょう)と呼ばれ、そこに仏舎利を置いたことから舎利殿と呼ばれた。屋根は椹(さわら)の薄い板を重ねた柿葺(こけらぶき)で、上には鳳凰が飾られている。

このように煌びやかな「金閣」は、室町時代前期の北山文化を象徴する建築物とされているが、裏返せばそれは、足利義満が築き上げた強大な権力の証でもある。

一説によれば、山荘北山殿は極楽浄土をこの世に現したといわれており、どうやら「金閣」は鎌倉幕府から続く質実剛健な武士の文化を、華やかな都貴族の文化に融合させる舞台としての役割を担っていたようだ。

さて、築後500年以上にわたって動乱や戦火を免れてきた「金閣」は、1950年(昭和25年)に、まさかの放火で焼失する。

だが、その5年後の1955年(昭和30年)に早々と再建され、1987年(昭和62年)には金箔の張替えと天井画の復元が行われた。そして迎えた1994年(平成6年)、ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として登録され、現在に至っている。

今度は「金閣寺」の話に移ろう。
山荘北山殿は義満の死後、遺言によってお寺となり、義満の法号鹿苑院殿から二字をとった鹿苑寺と名づけられた。現在は臨済宗相国寺派に属し、相国寺の山外塔頭(たっちゅう)として、本山の僧侶が任期制をもってその運営と後世への継承にあたっている。

ここからは「金閣寺」の見どころをご紹介。
まず紅葉だが、「金閣寺」で一番紅葉が美しいのは、総門から鐘楼にかけての一帯だろう。

残念ながら、紅葉がらみの「金閣」が撮れるいいポジションはない。

鏡湖池(きょうこち)に映る「逆さ金閣」。撮影ポイントは、通路が鏡湖池にぶつかる三叉路を「方丈」と反対に曲がったところだが、たぶんカメラを構えた人間が大勢いるのですぐに分かる。

なお京都の大半の寺社では、既に三脚の使用が禁止されているので、持参するだけ無駄になるので気をつけよう。

帆掛船の形をした「陸舟の松」は、足利義満が自ら植樹したと伝えられており、樹齢はおよそ600年。その他の足利義満ゆかりのものとしては、お茶の水に使ったと伝えられる銀河泉(ぎんがせん)と、手洗いに用いたと伝えられる厳下水(がんかすい)がある。 

金閣寺
603-8361京都市北区金閣寺町1
☎075-461-0013
拝観時間:午前9:00〜午後5:00
拝観料:大人(高校生以上)400円
駐車場
09:00-17:00  60分 300円

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