長浜の「黒壁スクエア」って、行く価値あり?

伝統的建造物群を生かした「まちなか観光スポット」として、観光バスが途絶えることのない滋賀県湖東随一の観光地。それが有名な「黒壁スクエア」だ。

そもそも黒壁スクエアは、江戸時代から明治時代の和風建造物を活用した美術館・ギャラリー、あるいはレストラン・カフェなどを、北国街道と大手門通りの交差点である「札の辻」の周辺に集積させた「町おこし」の産物。

今では城下町や門前町が残るところには、同じような通りがどこにでもあって、特に珍しいとは思わないが、黒壁スクエアが誕生した1989年当時は斬新で、「町おこし」の成功例として大いにもてはやされた経緯を持つ。

ただ、通りは電線が縦横無尽に張り巡らされたままで、町並みの写真を粋に撮るのは不可能に近い。

それもあって、伝統的建造物群とはいうものの、歴史よりも若者相手の世俗化した観光地という印象が、筆者には強く植え付けられた。

事実、ここでは明治33年に建てられた国立第百三十銀行跡を利用したガラスのアートギャラリー「黒壁ガラス館」と、アーケードの中にあるチョコエッグファン必見の「海洋堂フィギュアミュージアム黒壁」がお客をつかんでいる。

つまり広場や通りの景観ではなく、ショップが人気を支えている。

それを最初に理解していけば、それなりに楽しいところかもしれない。

長浜で、歴史に関心がある人が陥りやすいのは、黒壁スクエアが秀吉築城当時の「伝統的建造物群」の中心にあると錯覚してしまうことだ。

もちろんガイドブックや観光案内には、そんなことはひとことも書かれていないのだが…(笑)。

秀吉が築いた長浜城下町の面影は、黒壁スクエアから少し離れた「ながはま御坊表参道」あたりにある。

上の写真の門前町の奥に建つ大通寺の台所門は、長浜城の大手門を移したものと伝えられ、本能寺の変の後、明智軍が長浜城を攻めた戦の弾痕の跡が門の扉に残っている。

 秀吉が初めて初めて築城した、長浜城の詳細ガイド

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