青森県には、見るべき「3つのねぶた祭り」が存在する。

「ラッセー・ラッセー・ラッセーラ!」の掛け声とともに、巨大な時代絵巻の山車(だし)とハネトが目抜き通りを練り歩く、みちのくの真夏の夜の夢…

「青森ねぶた祭」は、毎年8月第1週に青森市の中心街で開催されるが、せっかくなので、まずはその様子を少し動画で紹介しよう。

この「青森ねぶた祭」を知らない・聞いたことがないという日本人は稀だと思うが、青森県のねぶた祭りはひとつだけじゃないということを知る人も、また少ないのではないだろうか。

実は筆者も、この祭りのことを調べるまでそうだった。

結論を云えば、「青森ねぶた祭」の厳密な言い方は「青森市ねぶた祭り」であり、残りの見るべき「ねぶた(ねぷた)祭り」とは、「弘前ねぷたまつり」と「五所川原立佞武多(たちねぷた)」のことである。

電線に一触即発の「五所川原立佞武多(たちねぷた)」。停電や立佞武多の破損を恐れぬ取り回しと、一糸乱れぬ行列の行進に、見物人から大きな歓声が贈られる。

ねぶた祭り コンテンツ

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ねぶた(ねぷた)って何のこと?

目次の通り、個々の祭りの詳細ガイドは別ページに記載しているが、ここではその「イントロ」代わりに、共通する「ねぶた」について少し深掘りしておきたい。

「ねぶた」と「ねぷた」の語源は同じで、地域訛から違いが生まれたと考えられているが、問題は何に由来しているかだ。

ウィキペディアには、「ねぶたとは、古来日本で、旧暦7月7日の年中行事として、すなわち七夕行事の一つとして行われたきた夏祭りの一類型である。」と書かれている。なんともネジくり回した言い回しだが(笑)、要は「ねぶたは東北各地に残る夏祭りの一種」と定義している。

だがもしそうなら、筆者は「ねぶた祭り」=「夏祭りの祭り」という「祭り」が重複するような呼び方に違和感を覚える。昔の人だってバカじゃない(笑)。

本来「ねぶた」とは、このデコラティブな灯籠山車そのものを指すのではないのか? そう思い、ネットでいろいろ探した結果、ようやく納得のいく答えにたどり着いた。

以下は「青森ねぶた祭実行委員会」のオフィシャルサイトからの転用

ねぶたの起源は?

七夕様の灯籠流しの変形であろうと言われていますが、起源は定かでありません。青森におけるねぶたの記録では、享保年間の頃に油川町付近で弘前のねぷた祭を真似て灯籠を持ち歩き踊った記録があります。明治時代以降、青森では人形をかたどった灯籠(ねぶた)が主流となり、大型化していきました。昭和の初め頃までは担ぎねぶたが主流でしたが、現在のように大型化したのは戦後に入ってからです。
昭和55年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。

筆者の想像通りだったわけだが、普通の観光客なら、象徴である「ねぶた」とともに年に一度、お囃子や掛け声に合わせて住民が町内を練り歩くのが「ねぶた祭り」だと思うのが当たり前。

祇園祭や高山祭りと同じように、まずは山車、つまり「ねぶた」ありきで、それを掲げた「日本的パレード」がこの「お祭り」の本分なのだ。

ねぶた祭りの見どころ

そう考えると、「青森県各地に残るねぶた祭り」の見どころは、それぞれが守り続けてきた伝統の「ねぶた」と、おらが町の盛り上がりが一番だぜ!という地元愛、すなわち「パレードの見栄え」にあることに気がつく。

現在の青森県のねぶた祭りは、もはや「青森ねぶた祭」の独壇場ではない。弘前に五所川原が加わり、三つ巴の「お祭り合戦」になっているからこそ面白いのだ。

満喫するには、3泊4日が必要

となると、全てを見るには三夜が必要。つまり、「ねぶた祭り」を見るだけで3泊4日の旅になるのだが、ツアーのように山形や秋田、宮城といった他府県の「夏祭り」をハシゴするより、その年は「ねぶた一本」にかけて、存分な満足感を得るほうがいいと思う。

そこで、そのための具体的な作戦を紹介しよう。

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