三保松原を見下ろす富士山眺望の別天地、「日本平」にまつわる3つのヒストリー

日本平は、駿河湾沿岸近くにある有度山(うどやま)の山頂と、その一帯のこと。

古くは1950年に毎日新聞社主催の観光地百選「平原の部」で第1位となり、筆者が生まれた1959年には、もう国の名勝に指定されている。さらに1980年の日本観光地百選コンクールでも、やはり第1位に選ばれ、2016年には「日本夜景遺産」に認定された。

ただしその評価は、この「眺望」があっての話だ。

日本平にはお茶会館にレストラン、そして2013年にリニューアルされた動物園などもあるが、歴史に興味がない人は「富士山の展望所」だと思って行くほうがいい。あの有名な「三保松原」も、ここから見下ろせる。

さて、歴史の話はここから始まる。

実は江戸時代の浮世絵師にも、日本平から「三保松原」を描いた人物がいた。その名は二代目歌川豊国、作品名は名勝八景「三保落雁」。

ここは「東海道五十三次」で知られる浮世絵師・歌川広重(安藤広重)が「由井」を描いた「薩埵(さった)峠」と同じく、江戸時代とあまりかわらない富士山の景観が拝める貴重な場所である。

周辺にはお茶畑もあり、様々なアングルから風景写真が撮れるので退屈はしない。「三保松原」に行く機会があれば、クルマなら15分ほどしかかからないので、ぜひここにも足を運んで見ていただきたい。

ふたつめの歴史話は古代に遡る。

伝説によれば、記紀伝説上の英雄として語り継がれている「日本武尊」(やまとたけるのみこと)は、東征中に草薙(くさなぎ)の原で野火攻めに遭遇し、火に囲まれた中で「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)を使い、周囲の草を薙ぎ払って活路を見出したとされている。

賊を撃ち果たし、この地を平定した後、「日本武尊」は有度山の頂上に登って四方を眺めたという話から、ここはいつしか「日本平」と呼ばれるようになったという。有度山の山頂から北側山麓にかけては、今でも「草薙」という地名が残っており、「日本武尊」を祀る「草薙神社」が実在している。さらに「日本坂」「焼津」の地名にも同様の話が絡んでいる。

なお、野火攻めにあった際に草を薙ぎ払った「天叢雲剣」とは、天皇家の三種の神器のひとつである「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)で、現在も「熱田神宮」のご神体として祀られている。

ちなみに「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)は、素盞嗚命(すさのおのみこと)が退治したヤマタノオロチの体内から見つかった神剣である。

おお、なんと壮大な歴史ドラマなんだ! 

というか、こうなるとどこまでが本当なのか見当がつかない(笑)。

そして最後が、この久能山(くのうやま)東照宮。

幼年時代と晩年を駿府(すんぷ)で過ごした徳川家康は、死去する前に二代将軍・秀忠に残した遺命によって、この地に埋葬されている。久能山東照宮は日光東照宮より19年も早く建立され、社殿の「権現造」は後の東照宮の原型となった。

厳密に云うと、久能山東照宮は日本平にあるのではなく、谷を隔てて隣接する久能山に造られているのだが、日本平からロープウェイで行くことができるため、あわせて紹介されることが多い。

なお、久能山東照宮については別途記事を設けて詳しく記載しているので、興味があればぜひ。

徳川家康が本当に眠っているのは、日本平に通じる「久能山東照宮」

最後は駐車場について。

日本平にはトイレと無料の駐車場があるので車中泊はできそうだ。「日本夜景遺産」に認定されているくらいなので、そちらも期待していいだろう。

筆者は見ていないので何ともいえないが、日本平からの夜景に関しては、こちらのサイトで詳しく紹介されている。

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