ドラマにもなった、飛騨の名木「荘川桜」

荘川桜は、御母衣湖畔の中野展望台に立つ2本の巨桜で、樹齢500余年といわれる。樹種はごく淡いピンク色の花弁と、ごつごつした幹が特徴のアズマ・ヒガンザクラで、岐阜県の天然記念物にも指定されている。 

実はこの2本の桜は、奥に見える「御母衣ダム湖」の底に沈む運命にあった。

時を遡ること約60年…

昭和27年の日本では、終戦復興の為の水力発電を推進するため、電源開発促進法を制定し、電源開発株式会社を設立していた。その最初の開発計画が、庄川最上流の御母衣発電計画である。 

予定では、御母衣ダムは総貯水量3.3億㎡を誇る東洋一のロックフィルダムで、当時の荘川村内の中野校下全域と白川村の一部に及ぶ大きなものであった。

当然ながら、地域住民は先祖伝来の土地と生活を守るために激しい反対運動を展開する。しかし、初代電発総裁であった高碕達之助の誠意ある説得により、昭和34年、御母衣ダム建設計画はついに合意に達した。

 

その年の11月。

死守会解散式に招かれた高碕は、自らの責任で水没する集落を散策中に、光輪時境内にあった老桜を発見し、移住する人々の心の拠り所として、それを湖畔に移植することを決意する。

だが、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われるほど、外傷に脆弱な桜の移植は難しく、まして樹齢500年もの老木を移植するというのは、まさに前代未聞と噂された。そこで高碕は、指導者として当時日本一の桜博士と称されていた笹部新太郎氏に白羽の矢をたて、就任を依頼する。

笹部氏は早速現地を訪れ、近くの寺院(照蓮寺)の境内にもう1本の巨桜を発見し、万が一1本が枯れても、もう1本が助かれば… との想いから2本の移植を提案する。そして2本は同時に移植されたのち、奇跡の蘇生を果たして今日に至っている。 

 

荘川桜がある御母衣湖畔の中野展望台へのアクセスは、東海北陸自動車道の「庄川インター」で降り、国道156号を白川郷方面へ。開花時期はゴールデンウィーク頃になる。ただし休日は花見客と観光バスで大賑わいだ。

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