坂本龍馬と篤姫ゆかりの、薩摩藩伏見屋敷跡(京都市伏見区東堺町)


伏見奉行による寺田屋襲撃により、手首に瀕死の重傷を負った坂本龍馬は、濠川辺りの材木屋で無事救助された。

伏見薩摩藩邸跡

その後はこの薩摩藩伏見屋敷に匿われ、しばらくの期間、そこで療養する。傷が癒え、薩長同盟の「裏書」を終えた龍馬は、西郷隆盛の勧めで妻のお龍とともに、ここから薩摩の霧島温泉郷に向けて旅に出る。つまり、正確にはここが、世に言う日本最初の新婚旅行の出発地である。

篤姫

またこの屋敷は、天璋院篤姫の洛中洛外滞在時の宿泊地でもあった。参勤交代の際、島津家の歴代当主が立ち寄った場所であり、1853年秋には、篤姫が江戸へ向かう道中、1週間滞在し、ゆかりの深かった東福寺や万福寺を訪ねたとの記録が残っている。篤姫付きとなる前の幾島も、出家の身で一時期居住していたそうだ。

以上 月桂冠株式会社サイトから引用(写真除く)

篤姫と坂本龍馬が同時代に生きていたというのは、どこか不思議な気がするが、西郷隆盛はその両者をよく知るひとりであった。また最後の江戸城開放にあたっては、勝海舟も篤姫に幾度か謁見している。

松山酒造

さて。歴史というより「大河ドラマ」上(笑)、重要な役割を果たしたこの場所は、その後、月桂冠の大賞蔵となり、現在は月桂冠の関連会社、松山酒造が操業している。

薩摩藩伏見屋敷跡

石碑が建つだけで、中の見学等はできない。よほどの龍馬オタクでなければわざわざ行く必要はなさそうだ(笑)。

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