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9月の北海道の見どころ まとめ/北海道・車中泊&クルマ旅 ロングステイガイド

日本一早い大雪山の紅葉を見て帰る

10月の声を聞くと、峠の凍結や積雪情報がニュースで流れる北海道では、9月までが夏タイヤで滞在できる期間になる。そのロングステイのフィーナーレを飾るのが大雪山の紅葉だ。

旭岳

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京都らしい紅葉シーンが撮れる、古刹「仁和寺」

 

仁和寺は光孝天皇の勅願により創建され、その後宇多天皇が落髪入寺し、寺内に御室(御座所)を設けたことから、御室御所とも呼ばれた。
門跡寺院としての格式は高く、「徒然草」「方丈記」などの古典にも数多く登場するほか、世界文化遺産「古都京都の文化財」にもその名を連ねている。

仁王門 仁和寺

道路に面した「二王門」は、京都3大門と呼ぶに相応しい風格を持ち、そこから一歩足を踏み入れると、まさに御所を思わす広大な境内が広がっている。

 

紅葉 仁和寺

仁和寺の有名な紅葉スポットは、中門から金堂に至るこの参道沿いだが、境内を周るだけなら拝観料はかからない。

仁和寺

堂塔伽藍は応仁の乱(1467-77)で多くを焼失し、禅宗が勢いを増した室町時代には衰退して、現仁和寺の南にある双ヶ丘にて、僅かに堂舎を構えるのみとなっていた。

仁和寺

復興を果たしたのは、約1世紀半の歳月が流れた寛永年間(1624年-1644年)、徳川家光の時代だ。皇居の建て替えに伴い、旧皇居の紫宸殿、清涼殿、常御殿などが仁和寺に下賜され、境内に移築された。

仁和寺

国宝の「金堂」をはじめ、重要文化財の「五重塔」「御影堂」「観音堂」、さらには御殿内の「遼廓亭」「飛濤亭」などは、その当時のものである。

仁和寺では、その歴史の重みを感じさせる建造物に絡む紅葉の写真が撮れる。紅葉樹そのものはけして多くないが、数多くのアングルが楽しめるという点では、一級品のフォトスポットといえそうだ。

 

仁和寺

もちろん拝観料を支払って、金堂に入ればまた異なる趣がある。国宝である堂内の撮影が許されているのも嬉しい。

仁和寺 金堂

金堂の庭園。あまり表に出ないが、ここにも十分見応えのある紅葉がある。

 

御室桜

なお仁和寺は、紅葉よりも遅咲きの「御室桜」が有名で、古都の桜の見納めともいわれている。樹高は2~3mと低く、ソメイヨシノに比べると、花弁は大ぶりで厚く色も濃い。

仁和寺(にんなじ) ホームページ
〒616-8092 京都市右京区御室大内33
☎075-461-1155
拝観時間:9:00~17:00
拝観料: 大人500円
駐車場:9:00~17:30 (12~2月は17:00閉場)・自家用車120台・500円

 

 

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枯山水の石庭で有名な、「竜安寺」の紅葉

 

「龍安寺の石庭」で知られるこの臨済宗の禅寺は、室町幕府の管領で、応仁の乱の東軍総帥であった、細川勝元が1450年(宝徳2年)に創建したと伝わる。写真の枯山水の石庭は、それから約半世紀後の1499年(明応8)に、方丈の建立とあわせて造られたものらしい。というのは、作者・作庭年代は今なお不明のままである。

竜安寺の石庭

国の史跡・特別名勝に指定されているほか、1975年にエリザベス女王が日本を公式訪問した際に、絶賛したというこの石庭は「虎の子渡しの庭」、あるいは「七五三の庭」と呼ばれ、白砂に配置された15の石は、縁側のどこから見ても1つ足りない絶妙の配置になっている。

 

竜安寺方丈

本堂とも呼ばれる重要文化財の方丈は、最初の方丈が火災で失われた後、塔頭寺院の西源院の方丈を移築したもので、1606年(慶長11年)の建築物とされる。
本来ここには狩野派による71枚もの襖絵があったが、明治期の廃仏毀釈の困窮により、売却され散逸した。現在の絵は昭和に描かれたもので、画題も異なるらしい。

竜安寺の紅葉

方丈からは、石庭の横庭に映える紅葉も見られる。

知足のつくばい

石庭の反対側の庭先にある「知足のつくばい」。水戸光圀の寄進と言われ、真ん中の四角の穴は漢字の「口」を意味している。その周りの文字に「口」を加えて時計回りに読むと、吾→唯→足→知=「吾唯知足」の4文字熟語が完成する

「われ ただ たるを しる」というのは、「足る事を知る人間は、不平不満が無く、心豊かな生活を過ごせる」という意味を持つ、いわば悟りの境地なのだろう。

 

鏡容池 竜安寺

さて。面白いことに、古い旅行ガイドブックでは、その石庭や方丈よりも、この鏡容池(きょうようち)と呼ばれる広大な池に、大小三島を配し、衣笠山を借景とした池泉舟遊兼回遊式庭園のほうが有名だったようだ。

竜安寺垣

また竜「安寺垣」と呼ばれる竹編みの垣根が続く、山門までの参道も、紅葉が美しい撮影スポットである。

拝観料の割に見どころ・撮りどころの多い竜安寺は、きぬかけの路ではイチオシの紅葉スポットといえるだろう。駐車場が1時間まで無料というのもありがたい。

 

 

龍安寺(りょうあんじ)
616-8001 京都市右京区龍安寺御陵下町
☎075-463-2216
拝観時間:8:00~17:00
拝観料: 大人500円 ※見学所要時間は約40分
駐車場:石庭拝観者に限り、1時間無料(自家用車80台)

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金閣寺

紅葉の金閣寺 その見どころと撮影ポイント

 

舎利殿「金閣」が特に有名なため、一般的に「金閣寺」と呼ばれているが、鹿苑寺(ろくおんじ)という正式名を持つ禅宗の寺院である。

金閣寺

「金閣寺」の元は、鎌倉時代の公卿・西園寺公経の別荘で、室町幕府三代将軍の足利義満がそれを譲り受け、山荘北山殿を造ったのが始まりとされている。
将軍の邸宅とはいえ、当時の規模は御所に匹敵し、政治中枢のすべてがここに集約されていたというから驚きだ。

つまり、アニメでお馴染みの「一休さん」が、新左衛門に伴われて将軍様に謁見していたのは、ココということになる。実はその一休さんと足利義満の関係には「えっ!」と驚く説があり、金閣寺の説明よりも、よほどそちらのほうが面白いのだが、それはまた機会があれば書くとしよう(笑)。

さて。この寺院をきちんと理解するには、「金閣」と「金閣寺」を分けて知ることが大切だ。そこでまずは舎利殿「金閣」について詳しく説明していこう。

金閣寺

「金閣」は建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築で、1層は寝殿造りで法水院(ほうすいいん)と呼ばれ、 中央に宝冠釈迦如来像、向かって左に足利義満像が安置されている。
また2層は武家造りで潮音洞(ちょうおんどう)と呼ばれ、 岩屋観音像と四天王像が安置されている。

鳳凰

そして3層は禅宗仏殿造りで究竟頂(くっきょうちょう)と呼ばれ、そこに仏舎利を置いたから舎利殿と呼ばれた。ちなみに舎利殿とは、「仏舎利」を安置するお堂のことで、方形で中央に舎利塔を置く建物の総称である。
また屋根は、椹(さわら)の薄い板を重ねた柿葺(こけらぶき)で、上には鳳凰が飾られている。

金閣寺

煌びやかな「金閣」は、室町時代前期の北山文化を象徴する建築物とされているが、裏返せばそれは、足利義満が築き上げた強大な権力の証である。
一説によれば、山荘北山殿は極楽浄土をこの世に現したといわれており、どうやら「金閣」は鎌倉幕府から続く質実剛健な武士の文化を、華やかな都貴族の文化に融合させる舞台としての役割を担っていたようである。

鏡湖池

築後500年以上にわたって動乱や戦火を免れてきた「金閣」は、1950年(昭和25年)に、まさかの放火で焼失する。
だが、その5年後の1955年(昭和30年)に早々と再建され、1987年(昭和62年)には金箔の張替えと天井画の復元が行われた。そして迎えた1994年(平成6年)、ユネスコの世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産として登録され、現在に至っている。

 

鹿苑寺

今度は「金閣寺」の話に移ろう。
山荘北山殿は、義満の死後、遺言によってお寺となり、禅宗の高僧で知られる夢窓国師を開山者として、義満の法号鹿苑院殿から二字をとった鹿苑寺と名づけられた。
現在は臨済宗相国寺派に属し、相国寺の山外塔頭として本山の僧侶が任期制をもって、その運営と後世への継承にあたっている。

金閣寺 紅葉

ここからはいよいよ「金閣寺」の見どころを紹介する。
まず紅葉だが、「金閣寺」で一番紅葉が美しいのは、総門から鐘楼にかけての一帯である。

金閣寺

残念ながら、紅葉がらみの「金閣」が撮れるいいポジションはない。

金閣寺

鏡湖池(きょうこち)に映る「逆さ金閣」。撮影ポイントは、通路が鏡湖池にぶつかる三叉路を、「方丈」と反対に曲がったところ。たぶんカメラマンが大勢いるのですぐに分かるはずだ。
言うまでもないと思うが、京都の大半の寺社では三脚の使用が禁止されているので、持参するだけ無駄になる。

方丈の松

帆掛船の形をした「陸舟の松」は、足利義満が自ら植樹したと伝えられており、樹齢はおよそ600年。

銀河泉

その他の足利義満ゆかりのものとしては、お茶の水に使ったと伝えられる銀河泉(ぎんがせん)と、手洗いに用いたと伝えられる厳下水(がんかすい)がある。 

金閣寺
603-8361京都市北区金閣寺町1
☎075-461-0013
拝観時間:午前9:00〜午後5:00
拝観料:大人(高校生以上)400円
駐車場
09:00-17:00  60分 300円

 

 

なお、駐車場を含むアクセス情報については、「きぬかけの路の歩き方」の記事に詳しく記載している。

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鞍馬寺

牛若丸(源義経)ゆかりの 京都 鞍馬寺

伝承によれば、東大寺、唐招提寺にゆかりの深い唐の高僧、鑑真和上の高弟であった鑑禎(がんてい)上人が、宝亀元年(770年)にこの地に草庵を造り、毘沙門天を安置したのが鞍馬寺の創始である。

 

鞍馬寺

この寺の宗派には遍歴があり、寛平年間(889~898年)には峯延が入寺して真言宗の寺になったが、その後に天台座主忠尋が入寺して天台宗に復している。以後の鞍馬寺は長く青蓮院の支配下に置かれ、寛治5年(1091年)には白河上皇が参詣、承徳3年(1099年)には関白藤原師通が参詣するなど、平安時代後期には広く信仰を集めていたようだ。『枕草子』では「近うて遠きもの」の例として鞍馬寺の九十九(つづら)折りの参道を取り上げている。昭和22年(1947年)になって鞍馬弘教が立教され、その総本山として現在に至っている。

鞍馬寺 仁王門

「仁王門」は俗界から浄域への結界とされている。

由岐神社

 「仁王門」をくぐり、坂道を上がると約10分で「由岐神社」に到着する。仁王門の内側にあるので、鞍馬寺の一部のように見えるが、天慶3年(940年)に平安京の北方の鎮めとして創建されたといわれている。毎年10月22日に行われる有名な『鞍馬の火祭』はこの神社の例祭だ。

鞍馬寺

 「中門」から「本殿金堂」前広場の石段下までは、九十九(つづら)折りの参道が続く。九十九折り参道が終わると石段が見え、そこを上がると「本殿金堂」前の広場に出る。

鞍馬寺

 「本殿金堂」に祀られている「本尊」は「尊天」といわれ、月輪の精霊であり慈愛の象徴である「千手観世音菩薩」、太陽の精霊であり光の象徴である「毘沙門天王」、大地の霊王であり活力の象徴である「護法魔王尊」の三身を一体としたものという。

鞍馬寺

鞍馬寺正殿前の六芒星の中心に立つと、気を受けると言われ、今は話題のスポットになっている。 ただ、信者は踏まないように大切にしているらしい(笑)。

 

牛若丸 鞍馬寺

さて、鞍馬寺は牛若丸(義経の幼名)が兵法の修行した場所で、義経ゆかりの遺跡が多く残されている。

源義経は鞍馬の天狗に兵法と剣術を習い、五条大橋で弁慶をうち負かし、平家追討の大活躍をするも、実の兄である源頼朝に命を狙われ、奥州は衣川で世を去った悲運の武将である。

その人生は運命的で、父は源義朝だが、義経が幼き時に起こった平治の乱で平清盛に敗れて命を失う。母の常磐御前は敵将の平清盛に身を任せるのと引き替えに子供たちの命を永らえ、義経は共に暮らすうちに平清盛を本当の父のように慕ったともいわれる。

しかし常盤御前が清盛の元を離れることになった七歳の時に、義経もまた鞍馬寺に出され、覚日阿闍梨の弟子となる。義経は昼間は東光坊で学業に励み、夜が更けると僧正ガ谷で天狗に兵法と剣術を習った。

息つぎの水

 写真は牛若丸が修行に通う途中で喉の乾きを潤したという「息つぎの水」。それから800年以上の歳月を経た今も清水は湧き続けている。

更にその先には、奥州に出向く牛若丸が名残を惜しんで背丈を比べたと伝わる「背比石」、義経の魂を祀る「義経堂」、謡曲「鞍馬天狗」で鞍馬天狗と牛若丸が出会ったと云われる「僧正ガ谷不動堂」がある。

 

西門 鞍馬寺

 「奥の院魔王殿」の前からは一気に下り坂となる。山道を約15分歩いて下りると「西門」に着く。ここから貴船神社は近いので、奥の院から鞍馬寺の方へ引き返すよりも、「西門」を出て貴船神社に参拝するのがお勧めであろう。

 

 

鞍馬寺
京都府京都市左京区鞍馬本町
☎075-741-2003

 

貴船神社の詳しいページはこちら。

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