北の国から 富良野

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富良野と言えばラベンダー畑… 

そう思っている人が多いかも知れないが、実は富良野におけるラベンダー栽培は、1970年にピークを迎えた後、わずか3年足らずで急激に衰退している。
 
貿易の自由化を受けて価格の低い香料が広まったことと、合成香料の技術が進み始めたことで、製造していたラベンダーオイルの買上げ価格が急落し、1973年には富良野のラベンダー栽培農家がファーム富田一軒だけになってしまったという。
折しも日本は、第一次オイルショックに見舞われ、大不況に陥ろうとしていた…

さすがの富田家もラベンダー栽培を諦め、後日「北の国から」に使われた、あのトラディショナル・ラベンダー畑に鋤を入れそうになるまで追い詰められた、まさに暗黒の時代。

それが「北の国から」が生まれる少し前の富良野だった。
 
ラベンダー
※参考
ファーム富田の歩み
このサイトに書かれた年表を見れば、当時の富良野の様子が伝わってくる。
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オイルショックの嵐を抜けると、状況を好転させるきっかけが意外なかたちでやってきた。
1976年5月、旧国鉄のカレンダーにファーム富田のラベンダー写真が紹介され、徐々に観光客やカメラマンが富良野を訪れるようになったのだ。その写真を撮影したのは前田真三、美瑛にある拓真館に飾られた数々の写真の生みの親である。
また同時期に、美瑛のパッチワークの路では、何本もの有名なコマーシャルが撮影されているが、それにも前田氏の影響は少なからずあるのだろう。
 
「北の国から」の構想は、ちょうど富良野と美瑛に観光客の注目が集まり始めた頃と合致する。
 
 
 
 
※こちらは「北の国から 一味違うロケ地ガイド」の「その頃の富良野」です。

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