この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、全国各地からセレクトした「クルマ旅にお勧めしたい100の旅先」の紹介です。
シャッターチャンスは早朝にあり。
「知床横断道路」は、半島随一のワイルドライフ撮影スポット【目次】
知床横断道路
ウトロと羅臼を結ぶ知床横断道路は、全長約24キロのワインディング・ロードで、その頂点にある知床峠からは 日本百名山に名を連ねる羅臼岳が大きく見え、深緑の大樹海の彼方には、根室海峡に浮かぶ国後島を望むことができる。
また途中には知床自然センターがあり、そこから道道93号知床公園線が枝分かれし、知床五湖に通じている。
その知床横断道路で一番面白い場所は「道端」だ。
朝夕は道の両脇でエゾジカが草を食み、キタキツネの親子も朝食を探しに姿を現す。
また習性を学べば、オジロワシやヒグマの姿を見ることも可能だ。
チャンスは早朝。
ぜひ早起きして天然のサファリパークをドライブしよう。カムイワッカ湯の滝まで行くと、遭遇確率は更に高まる。
オジロワシ
ウトロ市街から知床横断道路にさしかかる手間の海側にある、「かにや」を超えたところに1軒だけ漁師小屋がある。
実はここの漁師さんが雑魚を時々オジロワシにやっているようで、すぐ隣の磯に留まっていることが多い。
早朝なら、「かにや」の駐車場にクルマを置いてゆっくり探せる。
カーナビの目印は「知床さいはて市場(☎0152-24-3333)」
オジロワシは夏でも北海道各地でちょくちょく見かけるが、撮影のしやすさは筆者の知るかぎり、ココがずば抜けていい。
その名の由来となった白い尾。
成鳥になると白さが顕著になるようだ。本来はオオワシと同じようにカムチャッカ半島方面から冬に渡ってくるのだが、道東にはそのまま日本で繁殖する個体も多い。
横断道路の電灯に、トンビのように留っていた年もある。
しかしここ数年は見かけなくなった。カラスが増えたせいかもしれない。
エゾジカ
エゾジカはメスが群れで子育てをする。早朝と夕方は、知床横断道路沿いのあちこちでその姿を見ることができるが、それでは当たり前すぎてつまらない…
遭遇したいのはこういうシーンだと思うが、それには場所よりも時期が大事で、チャンスは天敵のヒグマに見つからないようブッシュに隠れていた幼鹿が、母親と一緒に行動を始める7月の中旬から末にかけてだという。
バンビを見かけたら、しばらく様子を見ているといい。
いっぽうエゾジカらしいのは、やはり堂々とした角を備えた雄だが、成長したオスは単独で行動するため、メスより遭遇する確率はずいぶん低い。
経験上、知床横断道路よりも知床五湖に向かう知床公園線沿いのほうがチャンスは多いと思う。
なお、いちばん簡単にエゾジカが見られるのは、ウトロと羅臼温泉にある国設キャンプ場のサイト(笑)。
ここに泊まれば、朝早くからすぐそばで草を食む様子が観察できる。NHKで見たのだが、このように2本足で立って食事をする姿は極めて珍しいという。
キタキツネ
知床で夏に見かけるのは、たいてい子連れか独立したての若いキツネだ。
ただ毛並みは悪く、あまり生き生きとした感じがしない。
その原因はお菓子にあるともいわれているが、キツネも心得たもので、観光客が通る時間になると森から出てくる。
どうやらキタキツネのファストフード店は、知床五湖周辺の道らしい(笑)。
キタキツネというのは、人馴れした個体ほど大胆に車道横に現れる。
この家族は「死んだふり」で筆者を化かそうとしたが、もしかすると過去に成功経験があるのかもしれない。
ただ、そのまま何もせずに見ていると、しばらくして生き返った。とんだ大道芸に出くわしたものだ(笑)。
知床に馴染んでくると、そういう親子はすぐに見飽きる。
ゆえに「自活」できていそうな個体との出会いを期待するのだが、野性味のあるキタキツネは警戒心が強く、遠くで見つけてもなかなかカメラには収まってくれない。
ヒグマ
筆者はこれまでに10回以上野生のヒグマと出遭っているが、場所はバラバラ。
一番驚いたのは2013年夏のキャンプ場。
昼食の準備をしていた家内が、敷地の森をノシノシと歩くその姿に気づいた。どうやら気づかぬうちに柵を越えてしまい、場内に侵入してしまったらしい。
危害を加える様子はなかったのだが、迷い込んだクマは、再び柵を越えて山に帰ることが難しいらしく、若いオスはその日のうちに帰らぬ熊となった…
知床半島のヒグマは、2011年頃までは「岩尾別」と呼ばれる知床公園線から「地の涯ホテル」に向かうあたりで目撃されることが多かった。
道に平行して流れる川の山手に、下に降りてくる獣道があったようだ。
もっとも… ここは秋にヒグマが遡上してきたサケを食べに来ることで有名な場所で、その時期は熊よりも明らかに人のほうが多く、地元ではそれが問題視されていた。
ただその後は観察者を見かけないところをみると、現在は獣道がフェンスで塞がれてしまったのかもしれない。
またカムイワッカ湯の滝に行く道も、遭遇確率が高かった。
世界遺産に登録されて以降、通年のマイカー通行規制がかけられていたが、2012年に再び期間限定で一般解放された。
それにしても、この熊は大胆だった!
筆者の真横でフェンスを乗り越え、前のクルマとの間を悠々と歩いて山へと消えていった。
彼らは個々に「自分なりの距離」を持っているようで、中にはその距離が10メートル以上の個体もいれば、3メートルほどの個体もいる。
よく観察していれば、その距離感は何となくわかってくるが、ヒグマがこちらを無視している時は、その距離の圏外にいるということになるのだろう。
また近年は、知床横断道路でバッタリ若グマと出くわす機会が多くなった。
これは筆者だけではないようで、知床でも人を恐れない新世代の熊がどんどん増えているという。
そもそも、フェンスで囲める知床五湖やキャンプ場とは違い、隙間だらけの知床横断道路に出没するヒグマを止めることは不可能に近い。
そんな知床横断道路を歩いたり、自転車で通る人を数多く見かける。傍から見ている我々はハラハラするが、事情を知らない当人たちは全然平気だ(笑)。
そんな中、2015年7月に知床横断道路で起こったヒグマ騒動が、全国の「お茶の間」に流れた。
写真は斜里町の自然ガイド若月識さんが26日の午後、運転する自動車の中から撮影したものだ。
報道によれば、若月さんの車の前に停車していたレンタカーが、約5メートル離れた道路脇の母グマ1頭と子グマ2頭を見物中、車を動かし約1メートルまで近づいたところ、体長約1・5メートルの母グマが路上へ出て、レンタカーに前足をかけて3度揺すったという。
さすがにこれには驚いた。
というのは偶然にも同じ日の早朝6時24分に、ほぼ同じ場所で筆者もヒグマを目撃していたのだ。
このヒグマも2頭の子供を連れており、十中八九、同じ個体に違いないと思うのだが、ハイエースを揺すりにはこなかった。
理由はたったひとつ。1メートルまで近づかなかったからだ(笑)。
この一件に関して知床財団の事務局長は、「遭遇した時はクマの進路をふさがず、すぐ立ち去って」とコメントしたそうだが、たぶん…そうする人は少ないだろう(笑)。
むしろ、見たい人には「遭遇した時は、そのまま動かず、そっと見守ってやって」のほうが実態に則していると思う。
もし貴方が立ち去っても、そこにはすぐに次の観客がやってくる。ヒグマからすれば何も変わらないわけだし、既に「慣れっこ」になっているようにも感じた。
さて。その事件から2週間近くが過ぎ、筆者は再び知床を訪ねた。
そこで発見したのがこの子グマたちだ。
大きさといい、場所といい、確証はないが、おそらくあのテレビで放送された親子グマに違いないと思う。
近くにママがいると危険なので、しばらく遠目から見ていたのだが、母親が現れるどころか、なんと右の子熊が視界から突然消えてしまった!
どうやら足を滑らせ、コンクリートの崖から下に落ちてしまったようである。
それから約30分にわたって、残された子グマの一部始終を見ていたのだが、ジャージャー声をたてて泣きながら、親と兄弟を探してさまよう姿は痛々しく、まるで人間の子供のようだった。
ついには車道まで上がって、かつて親子で降りてきたのであろう山の手の土手を探したが、再びコンクリートの崖に降りて、最後は疲れ果てたのか、兄弟の後を追うようにいなくなった。
それで死ぬことはないと思うが、いずれにしても親を失った生後半年ほどの子熊が、無事に成獣になるまで生き残れるとは思えない。
若い母熊だったので、もしかすると子育てを放棄して別の雄熊と行動を共にしているかもしれないが、あまりに人を恐れないため、駆除された可能性も否めない。
2021年7月。またしても知床横断道路で子グマに出会った。
まるで7年前のビデオを見ているようで驚いたが、知床では母のいないヒグマの数が増えているのかもしれない。