今も生き続ける「北の国から」

富良野を旅する上で、「北の国から」は欠かせない…

2000年に初めてこの町を訪ねて以来、筆者はずっとそう思ってきたが、そう感じた理由を、倉本氏自身が明快に語っているので紹介しよう。

以下は、資料館に展示されていた1枚のパネルの転記である。

ドラマのスタートは、企画から始まる。 プロデューサー、演出家、脚本家が意見を出し合い企画が練られる。
【プロデューサー】
アドベンチャーファミリー、キタキツネ物語がヒットしたので、北海道を舞台にあのようなドラマが作れないか…
【脚本家(倉本聰)】
キタキツネ物語は三年近い年月を使ってキタキツネの生育を追っている。 そのような制作体制が今のテレビドラマでできるのか。また、アドベンチャーファミリーは人間社会から隔離された北米の原野が舞台になっている。そのような舞台は北海道にはない。
【プロデューサー】
テレビの主たる視聴者は東京の人間である。北海道にそうしたフィクションの土地を置いても、東京人はそれをかえって面白く思うだろう。
【脚本家(倉本聰)】
その考えは間違っている。板前のドラマは板前が、刑事のドラマは刑事が見て感動してくれなければ本物とは言えない。北海道を舞台にしたドラマが、北海道人に嘘だと言われたら良い作品などできるわけがない。

第一話の放送から30年以上経た今でも、初めて見る人にインパクトを与え、ロケ地が色褪せて見えないのは、1話1話、また1つ1つのディテイルに、役者やクリエイター達のプライドが込められているからに他ならない。

言ってみれば、それが理想のドラマ作り… ゆえに倉本氏は、今もなおこのドラマにこだわり続けているのだろう。

周知の通り、「北の国から」に関連するサイトは星の数ほど存在する。それでも、いつかは独自に「北の国から」の紹介サイトを作ってみたい… と構想を温めてきた。ただし、それは漠然としたものでしかなく、いつ実現できるとも分からない「霞の向こう」にある夢だった。

一人のファンとしてロケ地を紹介するだけではなく、国民的ドラマとなった時代背景や、当時の富良野の様子、あるいは生みの親である倉本聰氏やドラマ撮影に関連する逸話を収録し、より立体的に「北の国から」が感じられる内容にしてみたい…

このコーナーのコンテンツが、筆者の中で具体的にイメージされたのは2012年だ。放映30週年にあたる2011年に、新たな資料と出版物が登場したことがきっかけになった。

30年という歳月を経た「北の国から」は、光と影に彩られた「昭和の歴史的側面」を宿しているように感じる。ただし史跡めぐりが面白いのは、見る側に歴史に関する知識があってこその話である。

この写真は、ファーム富田の資料館の一画に飾られたドラマのワンシーン。北の国からの歴史は、富良野の町が観光地として再出発を始めた当時の歴史でもある…

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「北の国から」~その頃の富良野~

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