日本史ダイジェスト/九州4  5分で分かる、日本の神社のルーツと秘密

このページは、2017年に世界遺産に登録された【「神宿る島」宗像(むなかた)・沖ノ島と関連遺産群】の取材後に気づいたことをまとめたものだが、沖ノ島に限らず、日本の古代から続く神宮・神社を参拝する際に、思い出してもらうと面白い。

まず日本人の信仰のルーツを遡ると、「自然」と「先祖」に行き着く。これは現代にも生きており、その最たる例は「お墓参り」である。ただ多くの墓地は寺院にあるため、神社で拝む時とは違って手を叩くことはない。しかし代わりに合掌して、やはり「好きなことを心の中で」唱えている(笑)。

つまり表向きの作法は違うが、実態はどちらも同じ。まさに「神様・仏様」が如く、祈りの対象に深いこだわりを持たない日本人特有のDNAがそこにある。

ところで。古い神社の中には古代の自然崇拝の形式を残し、山や巨石そのものを御神体と考え、本殿を造らずに拝殿から直接自然を拝むところが今も残る。写真は三重県の熊野市にある世界遺産「花の窟神社」で、御神体は写真の山にも見える大きな岩だ。

古代自然崇拝では、太陽・森林・海などからやってくる神霊は、石や木に依り憑くと考えられてきた。神霊が依り憑く対象物は「依り代(よりしろ)」と呼ばれ、「依り代」が置かれた土地の多くには、時代を経て神社が建立されるようになり、参拝場所として親しまれるようになっていった。

福岡県の宗像大社もそういう経緯を持つ神社のひとつだが、離島の沖ノ島には、崇拝の進化の過程が「手付かず」のまま残されている。もちろんそれが、考古学見地上、貴重なものであることに異論はない。

しかし、筆者はここに「もうひとつの神崇拝の過程」があると思っている。

ごく普通に考えれば、自然崇拝している神社に、わざわざ人を連想させる神様を重ねる必要があるだろうか…

しかも「沖ノ島」には、天皇家最高ランクに近いアマテラスの娘が祀られているという。これは前述した「花の窟神社」も同じで、こちらにはアマテラスを産んだとされるイザナミが祀られている。

いずれも出典元は「日本書紀」。つまり、その話は後付けである可能性が高い。

筆者が興味を掻き立てられるのは、天皇家が施した後付けを見破ることより、このふたつの神社に「なぜヤマト政権がそこまで高い権威付けをする必要があったのかのか」ということだ。そしてもうひとつ、なぜそれに民たちが強い拒否反応を示さなかったのか…

こんなことを思いながら神社をまわれば、そこからは単なる信仰以上のものが見えてくる。宗像の場合、その答えをNHKがレポートしている(笑)。

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