「西郷どん」が愛した、霧島と指宿の湯治場

明治政府の参議を辞職した「西郷どん」は、隠居生活を謳歌すべく鹿児島県内にある幾つかの温泉地で、狩りと湯治を楽しんでいたようだ。

大河ドラマ「西郷どん」でも描かれていたように、西郷隆盛は幼少期に右腕に刀傷を負い、剣客としての道を閉ざされている。それが湯治を好んだ理由とはどこにも書かれていなのだが、坂本龍馬が伏見の寺田屋で手に刀傷を負った際に、その療養を兼ねて霧島温泉に湯治を勧めたのは、それと無関係ではないかもしれない。

坂本龍馬が霧島温泉を訪れた際に、「西郷どん」が湯治をしていたのがココ。霧島温泉は複数の温泉郷の集合地域で、西郷隆盛が滞在したのは「日当山(ひなたやま)温泉郷」になる。

いっぽう、龍馬は「新川渓谷温泉郷」にある塩浸(しおびたし)温泉で湯治に励んでいた。ただし、この湯船だったどうかは疑問が残る。その話は追って詳しく記するとしよう。

この前後に、龍馬は鹿児島(鶴丸)城下にある小松帯刀の別邸に滞在した記録が残っており、西郷どん宅でも宿泊をしているようだが、霧島温泉のどこかで、ふたりが合流したという明らかな記録は見当たらないようだ。ただ普通に考えれば、龍馬を誘った以上、ほったらかしにしていたとは思えない(笑)。

さて。日当山温泉以外にも、「川内高城(せんだいたき)温泉」や「栗野岳温泉の南洲館」に、西郷どんが湯治にきていたという記録が残っているようだが、中でも有名なのは指宿(いぶすき)温泉にある「鰻(うなぎ)温泉」だろう。一説によると、当時患っていた象皮病(ぞうひびょう)療養のために、硫黄泉を求めて湯治をしていたとも云われている。

上はその時の様子を紹介している案内板だが、湯治場のみならず「西郷どんゆかりの地」には、彼の人柄がわかる逸話が数多く残されている。

最後に。

「なんだ、温泉の説明はないのか」。とガッカリされている貴方に朗報を(笑)。

筆者はこの「クルマで旅する九州」とは別に、「車中泊で温泉旅」というサイトを運営しており、その中の「霧島温泉郷」と「指宿温泉」の中に、ここで紹介した「西郷どん湯」と「区営鰻温泉」の入湯レポートを収録している。

西郷隆盛の湯治場 [西郷どん湯]と「西郷どんの家」/霧島温泉・日当山温泉郷

西郷隆盛の湯治場 指宿の「鰻温泉(うなぎおんせん)」

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