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開国の歴史ゆかしき下田の町に残る「ペリーロード」

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伊豆半島の南端に位置し、水運の衰退と天城山による地理的寸断から、一時は「陸の孤島」と呼ばれるほど、文明開化に遅れを取った下田の町は、ある意味では世の中に翻弄され、またある意味では、それが現代に幸いしている。

ペリーロードは、その下田らしさが凝縮された場所だ。

観光という大義名分を振りかざし、不必要なまでに手を加えた町並みではなく、素朴でレトロと呼ぶに相応しい景観は、癒し感に溢れている。

ただし歩くだけなら、ほんの数分で通り抜けてしまうに違いない(笑)。

この道を楽しむには、歴史を知り想像力を働かせて、「目には見えない光景」を思い浮かべることが大切だ。

下田が「日本開国の舞台」と呼ばれる所以

ペリーロードとは、黒船でやってきたペリー提督が、海兵隊を率いて鼻黒(現在の下田公園下)から了仙寺まで行進した道筋のこと。

了仙寺は日米和親条約締結後、横浜から即時開港された下田に舞台を移し、それを補足する細かな条約についての話し合いを行なう会場として使われた。

当時ペリーロードの周辺は遊郭街だったらしいが、現在は平滑川をはさむ石畳の遊歩道沿いに、なまこ壁や伊豆石を使った風情ある家並みが約500メートルにわたって続いている。

通りには、その古い建物を活かした喫茶店や雑貨の店が点在しており、下田を代表する観光スポットとも云われている。

 

【下田Contents】

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