日本史ダイジェスト/出雲2 5分で分かる「もうひとつの出雲神話」

「出雲神話」が掲載されている古文書は、「古事記」と「日本書紀」のほかにもうひとつ、「出雲国風土記」がある。

「古事記」と「日本書紀」については「5分で分かる「古事記」と「日本書紀」に詳しく記載しているので、ここでは「出雲国風土記」について説明しよう。

そもそも「風土記」とは…

奈良時代初期の713年(和銅6年)に、先帝から編纂が続いていた「古事記」を完成させた元明天皇が、各令制国の国庁に命じて以下の内容を編纂させた、いわば「領地の些細報告書」が「風土記」である。「大宝律令」を発令し、中央集権国家を樹立したばかりの大和朝廷には、地方の事情を知る必要があった。

1.諸国の郡郷の名に「好字」をつける
2.郡内の産物の品目
3.土地の肥沃の状態
4.山川原野の名の由来
5.古老(ころう)が伝承している旧聞異事

60あったとされる「風土記」のうち、まとまった形で今も記録が残るのは、出雲・常陸(茨城)・播磨(兵庫南西部)・肥前(佐賀・長崎)・豊後(大分)の5つだが、733年(天平5年)に完成した「出雲国風土記」は、編纂者、完成年月日がわかる唯一の「完本」とされる。

「出雲国風土記」に描かれている「出雲神話」

「出雲国風土記」の注目すべき点は、地名の由来の中に「出雲に古来から伝えられていた神話」が記されていることだ。

しかしそこには、「オオクニヌシの因幡の白ウサギ」や「スサノオのヤマタノオロチ退治」という、お馴染みの神話はまったく記されていない。それだけでなく、「国引き」のように「古事記」や「日本書紀」に記されていない話もある。

ということは、古事記が元々出雲にはなかったものを「後付け」したか、「出雲国風土記」が書き漏らしたかのどちらかになる。

「出雲国風土記」は、古来より出雲を支配してきた「出雲国造(いずもこくそう)」によって記された。

「出雲国造」は古代出雲の豪族で、出雲東部の意宇(おう)平野を本拠として台頭し、5世紀末から6世紀前半には出雲全域にわたる地域国家を形成、その王として君臨した。しかし6世紀後半からヤマト王権の制圧が及んでくると、服属して「出雲国造」となる。

服属している立場上、100%真実を書くことはできなかったにしても、そこには元領主としての「誇り」も多分にあったはずだ。となれば、3つの古書の中で、どれがいちばん信憑性が高いかは、云わなくてもわかる(笑)。

さあ、だんだん話が面白くなってきた!

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