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日本史ダイジェスト/出雲3 5分で分かる「スサノオとオオクニヌシ」

オオクニヌシ

「古代」という時期に目を囚われていると気づきにくいが、「中世」の日本にも、菅原道真や徳川家康のように、死後に「神様」として祀られている実在人物がいる。彼らの共通点は、「優れた能力」と「民衆から慕われる魅力」を兼ね備えていたということだろうか。

その観点に立つと、「古事記」「日本書紀」「出雲国風土記」の全てに登場する、「スサノオ」と「オオクニヌシ」にも、「同様の共通点を持つ実在モデル」がいたとしてもおかしくない。

つまり両者から「神話に記された超能力」を差し引けば、その「実像」に迫ることができはずだ。

「日本人の系譜」から見る、出雲王権

島根半島と朝鮮半島は、直線距離にするとわずか300キロしか離れていない。筆者の家内の実家の近くには、今でも「韓竈神社(からかまじんじゃ)」や、「十六島」書いて「ウップルイ」と発音する地名が残されており、出雲が陸大陸や半島との文化的玄関口であったことが伺える。

ここで「日本人の系譜」を少し辿ろう。

考古学の通説では、エジプトやメソポタミアで文明が栄えた旧石器時代に、日本列島へ到着した人々が縄文人となっていくわけが、縄文時代末期になって、2番目の渡来人部族がやってきた形跡があるという。そしてその後、弥生時代に3番目の渡来人部族が訪れる。

日本神話に照らし合わせ、出雲地方の遺伝子を調べた上で、この2番目の渡来人部族が出雲王権を築き、3番目の渡来人に権力を奪われたのではないかという学説がある。そしてそれは、「5分で分かる「古代出雲」で紹介した、青銅器や古墳の話とも整合する。

おそらくスサノオは、その「出雲王権」初期に実在したリーダーだったのだろう。

ちなみに、世界遺産となった和歌山県の熊野大社の源流は、出雲の熊野大社と云われており、京都の八坂神社を筆頭に各地に存在する祇園神社もスサノオを祀っている。それはスサノオが畿内までその名を轟かせていたという証とも考えられる。

スサノオとオオクニヌシ

さて。今度はスサノオとオオクニヌシの関係だが、「古事記」ではスサノオの六世にあたる子孫、「日本書紀」ではスサノオの息子、さらに「出雲国風土記」では、スサノオとオオクニヌシは別の家系となっており、直接的なつながりは見受けられない。

ちなみに「出雲国風土記」に登場するスサノオは、地名説話に登場するのみで「記紀」のような活躍に関する具体的な記載はない。逆にその子孫として、「記紀」には登場しない風土記固有の神が記されている。

いっぽうのオオクニヌシは、「所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)」と呼ばれる、もっとも神格の高い国津神として扱われており、出雲国に多大な影響を与えた神として、数多くの説話が記されている。

これから推察すると、スサノオは上陸した「出雲」を統治したあと、勢力を伸ばし、むしろその拡大した領地で活躍した人、オオクニヌシは、スサノオの権力を受け継ぎつつも、本拠地の「出雲」で頑張っていた人だったとも思える。

出雲王権の終焉

さて。いずれにしても「国譲り」の神話に描かれている通り、古代日本の覇権が出雲王権からヤマト王権に移ったことは事実のようだ。

2つの遺跡から大量に見つかった青銅器は、そのことを我々に伝えている。それまで祭祀で使ってきた貴重な青銅器を廃棄するということは、祭祀の方法が変わったということ…すなわち、違う信仰を持つ支配者に変わったことを意味している。

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