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日本史ダイジェスト/出雲5 出雲大社が「縁結びの神社」になった理由と時期

オオクニヌシ

長らく続く「スピリチュアル・ブーム」の風に乗り、特に若い女性をターゲットにした観光情報誌やウェブサイトから「恋のパワースポット」扱いされ、とかく“縁結び”にばかりにスポットライトが当たっている感のある「出雲大社」だが、その理由や由来をハッキリ答えられる人は、ほんの一握りにすぎないと思う。

そもそも出雲大社の主祭神「オオクニヌシ」は、元来「国造りの神様」として崇められてきた存在で、おそらく創建当時は「縁結びとは無縁」だったはずだ。

そのため出雲大社を研究する者の中には、現在の「縁結び」信仰の歴史は、創建よりもずっと後に打ち出された「営業戦略」だと指摘する専門家もいる。

具体的な事例として分かりやすいのが、「国造りの神話」に登場する、「現世(うつしよ)」は天照大神が、「幽世(かくりよ)」はオオクニヌシが治めるという一節だろう。

本来の「幽世」とは、死後の世界を含む神の世界を意味し、出雲大社では「幽顕(ゆうけん)」と表現している。

さらに、続いて登場する

「八十万(やそよろず)の神(かみたち)を領(ひき)ゐて、永(ひたぶる)に皇孫の為に護り奉れ」  

というフレーズは「神々を率いて、皇孫(皇室)の為に祈れ」ということ。つまりこの時からオオクニヌシは、皇室・天皇、そして拡大解釈をすれば「日本の国」をお守りする「キング・オブ・ゴッド」になった(笑)。

それから派生した神事が、今も続く「神在祭(かみありまつり)」なのだが、本来の「神在祭」は、古くから「神々の先導役」と伝承されてきた「海蛇(セグロウミヘビ)」を神社に祀る儀式で、この浜で待っていたのは「八百万の神様」ではなかったようだ。

ちなみに「セグロウミヘビ」は、11月頃(旧暦10月頃)に産卵を控え、出雲の砂浜に近づいてくるが、中には誤って打ち上げられてしまう個体がいるそうだ。

さて。そもそも「古事記」や「日本書紀」には「神無月」と「神在月」に関する記載はない。諸国の神々が出雲にお集まりになるという伝承が生まれ、出雲で「神在月」と云うようになったのは中世の頃からだという。

つまり、「神無月に全国の神がいなくなるのは、縁結びの相談をするために出雲大社に集まるから」。さらに「縁結びの相談」をするには、神様同士が年に1度情報交換をし、日本全国のどこにどんな男女がいるのかを把握する必要があるから」というのは明らかに後付の作り話で、誇大広告に近い。

どうやらこの話の流布には、御師(おし)と呼ばれる、今で云う「旅行代理店」にあたる人々が一役買っているようだ。御師は、江戸時代に各地から伊勢神宮や出雲大社へ参詣に訪れる人を案内し、参拝・宿泊の世話をしたことで知られている。

またそれは、「出雲大社とその周辺の商人達」にとっても歓迎すべき事態で、積極的に御師の広報活動をバックアップしたと考えられている。

出雲そばで有名な「荒木屋」に残された、その時代に御師が参拝者向けに配布したという「そばの無料クーポン券」は、それを如実に示す証拠だろう。

そしてその戦略は、400年近い時が流れた今日にも受け継がれている(笑)。

 

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 日本史ダイジェスト/出雲3 5分で分かる「スサノオとオオクニヌシ」

 日本史ダイジェスト/出雲4 5分で分かる「出雲大社が作られた本当の理由」

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 参考/出雲大社の「大遷宮」と伊勢神宮の「式年遷宮」 

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