東海

スポンサーリンク
伊勢志摩

出雲大社の「大遷宮」と、伊勢神宮の「式年遷宮」

「式年遷宮」とは、神社等が周期を定めて社殿を更新し、新たな社殿にご神体を移すことを云う。 とりわけ有名なのは三重県の伊勢神宮で、アマテラスを祭神とする内宮、トヨウケノオオカミ(豊受大神)を祭る外宮ともに、20年ごとに社殿を新し...
2019.08.29
その他

ドラマにもなった、飛騨の名木「荘川桜」

荘川桜は、御母衣湖畔の中野展望台に立つ2本の巨桜で、樹齢500余年といわれる。樹種はごく淡いピンク色の花弁と、ごつごつした幹が特徴のアズマ・ヒガンザクラで、岐阜県の天然記念物にも指定されている。  実はこの2本の桜は、...
2019.08.21
南伊豆

坂本龍馬、脱藩赦免の地 伊豆下田

「龍馬伝」では、ペリーが下田に寄港する際に、龍馬は黒船を見るため下田までやってくる… というストーリーだったが、史実にはそれを裏付ける明確な記載はなく、どうやら脚本家である福田氏の脚色の様相が強い。 またその時に、吉田松陰や桂...
2018.12.14
西伊豆

「西伊豆の富士山眺望&車中泊スポット」パーフェクトガイド 2018.2月更新

世界遺産となった富士山だが、巷では噴火に関する憶測がくすぶり続けている。もし噴火したら… 今の富士山の写真は貴重な記録として、高い値打ちがつくかもしれない(笑)。 とはいえ、富士山の撮影スポットは「定番」と呼ばれるところでさえ...
2018.12.13
南伊豆

吉田松陰が下田に来た理由と、そのゆかりの地

伊豆の下田にゆかりのある歴史人物といえば、たぶん「ペリー」と答える人が多いのではないだろうか。 「日本開国の舞台」と呼ばれるほどの歴史を刻む町だけに、本当は日本人の名前が筆頭にあがって然るべき… 現代の「攘夷かぶれな、おっちゃ...
2018.12.13
南伊豆

下田の吉田松陰ゆかりの地 柿崎弁天島

まず最初に、この記事は「下田に残る、吉田松陰寓寄処」の続きとして見ていただくと、話の筋がよく分かる。 蓮台寺温泉で村山行馬郎(むらやま ぎょうまろう)医師の世話になり、皮膚病の湯治を受けた吉田松陰は、1854年(嘉永7年)3月...
南伊豆

下田に残る、吉田松陰寓寄処(よしだしょういんぐうきしょ)

長州藩士の吉田松陰が、なぜ下田に来ていたのかは、「吉田松陰が下田に来た理由と、そのゆかりの地」という記事をご覧いただくとして、ここではその先にコマを進めよう。 1854年(嘉永7年)、吉田松陰と金子重輔は、それぞれ瓜中...
南伊豆

下田が「日本開国の舞台」と呼ばれる所以

1854年(嘉永7年)4月に、アメリカの黒船艦隊率いるペリー提督が上陸したことから、下田は「日本開国の舞台」とよく云われているが、その「真意」をご存知だろうか? 残念なことに、下田を紹介している観光ガイドの多くは、その「真意」...
2018.12.13
その他

ペリーとハリス、ハリスと「唐人お吉」、そしてハリスと「日米修好通商条約」の関係

マーシュ・ペリーが黒船艦隊を率いて来航し、「日米和親条約」を締結して、日本の鎖国を終わらせたことは、大半の日本人が知る話だと思う。 だが、下田に行くと「ハリス」という、もうひとりのアメリカ人の名前をよく見かける。そこで...
南伊豆

小学生にも5分でわかる。日米和親条約と下田条約

ペリー提督率いる黒船艦隊の「2度目の来航」により、横浜で「日米和親条約」が締結され、それによって即時開放となった伊豆半島の下田で、その詳細事項が詰められることになった経緯は、「下田が「日本開国の舞台」と呼ばれる所以」の中で詳しく触れ...
2018.12.13
その他

ペリー艦隊が日本にやってきた本当の理由とは…

この胸像は1854年(嘉永7年)に、アメリカ艦隊を率いて下田に来航したペリー提督が、その第一歩を印した地に建てられ、下田条約調印の地で知られる了仙寺の方向を向いている。 まずは、下田とペリーの関係を簡単に説明しよう。 ...
2018.12.13
その他

開国の歴史ゆかしき下田の町に残る「ペリーロード」

伊豆半島の南端に位置し、水運の衰退と天城山による地理的寸断から、一時は「陸の孤島」と呼ばれるほど、文明開化に遅れを取った下田の町は、ある意味では世の中に翻弄され、またある意味では、それが現代に幸いしている。 ペリーロー...
2018.12.13
南伊豆

下田の上手な観光方法と車中泊事情

下田の上手な観光法 この話の肝は、「開国の歴史ゆかしき下田の町に残る「ペリーロード」」という記事の中に書いた、下の一文に凝縮されている。 この道を楽しむには、歴史を知り想像力を働かせて、「目には見えない光景」を思い浮かべることが...
2018.12.13
富士山―信仰の対象と芸術の源泉(山梨県、静岡県)

三保松原を見下ろす富士山眺望の別天地、「日本平」にまつわる3つのヒストリー

日本平は、駿河湾沿岸近くにある有度山(うどやま)の山頂と、その一帯のこと。 古くは1950年に毎日新聞社主催の観光地百選「平原の部」で第1位となり、筆者が生まれた1959年には、もう国の名勝に指定されている。さらに1980年の...
2018.12.03
富士山―信仰の対象と芸術の源泉(山梨県、静岡県)

浮世絵師・歌川広重(安藤広重)の描いた「東海道五十三次」の景観が唯一残る、「薩埵峠」

「薩埵(さった)峠」という地名は知らなくても、この光景を見たことがある人は多いと思う。なぜなら、ここは江戸時代から知られる「富士展望の名所」で、歌川広重が残した「東海道五十三次之内 由井 薩埵嶺」に、当時の景観が残されている。 ...
2018.12.03
富士山―信仰の対象と芸術の源泉(山梨県、静岡県)

徳川家康が本当に眠っているのは、日本平に通じる「久能山東照宮」

標高216メートルの久能山山頂に建つ「久能山(くのうざん)東照宮」は、徳川幕府・2代将軍秀忠が造営した、徳川家康を祀る東照宮の元祖で、静岡で唯一の国宝建造物として知られている。 徳川家康は1616年4月17日、75歳の...
2018.12.03
富士・富士宮

世界文化遺産「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の象徴。富士山本宮浅間大社

噴火を繰り返していた富士山を鎮めるために建立された歴史を持つ「富士山本宮浅間大社」(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)は、全国に約1300社ある浅間神社の総本宮だ。 本殿は富士宮市内にあるが、富士山8合目以上も所持して...
2018.12.03
西伊豆

関西から伊豆半島への近道は、県道223号「駿河湾フェリー」

「駿河湾フェリー」は、静岡市の清水港と伊豆市の土肥港を70分で結ぶカーフェリー(の運航会社)。下のマップを見れば、その「値打ち」は一目瞭然だ。 伊豆半島は道路整備が進んだとはいえ、西海岸を走る国道414号は相変わらず渋...
富士・富士宮

ディスカバー世界文化遺産・富士山。行く価値ありの「静岡県富士山世界遺産センター」

ユネスコは、2013年6月にカンボジアの首都プノンペンで開催された世界遺産委員会で、日本政府が推薦した「富士山」を世界文化遺産に認定した。対象となった「構成資産」は、信仰遺跡群や富士五湖などを含む25件。正式名称は「富士山―信仰の対...
2018.10.19
富士山―信仰の対象と芸術の源泉(山梨県、静岡県)

「三保松原」撮影パーフェクトガイド 2018年2月更新

三保松原(みほのまつばら)は、静岡市清水区の三保半島にある。 駿河湾と松原の向こうに雄大な富士山を望むその美しさは、古くは万葉集、また江戸時代には浮世絵などにも登場し、今はユネスコの世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉...
2018.10.17
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました