車中泊旅行歴25年で、上高地にも14度足を運び、その四季を知るクルマ旅専門家の、夏の涸沢トレッキングの忘備録です。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊旅行ガイド
この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、全国各地からセレクトした「クルマ旅にお勧めしたい100の旅先」の紹介です。
~ここから本編が始まります。~
小梨平から往復約30キロ・14時間。
最初に。
この記事は2007年8月、筆者が48歳の時に「小梨平キャンプ場」から「涸沢」をワンデイで往復した際のトレッキングレポートだが、結論から云うと「小梨平」から往復できるのは真夏だけだろう。
日が短くなる紅葉期は、帰路で日が暮れ、真っ暗な道を歩くことになるので危険だ。
午前5時前起床、軽く朝食を済ませる。
この日の予定は往復30キロに及ぶ「涸沢」までの往復だが、お供は妻ではなく息子。
大学入試で1点に泣き、浪人生活を始めるあたって、まずは大自然の中で根性を鍛えることから始めるべく連れてきた。
その甲斐あって、彼は翌年みごとに3つの学部に合格し、リベンジを果たしている。
さて。
「小梨平キャンプ場」の入浴時間は午後7時までなので、間に合わない可能性が高いため、途中の「徳沢ロッジ」で汗を流すべく、着替えと3食分の食料を40リットルのリュックに詰め込み、早朝6時前にキャンプサイトを後にした。
森の木立からこぼれる朝日の中をどんどん歩き、「明神池」を越えて6キロ先の「徳沢」に到着したのは8時過ぎ。
途中で写真を撮りながら来たため2時間近く要したが、普通に歩けば1時間半くらいで到着できる距離だと思う。
「徳沢」には井上靖の小説「氷壁」に登場する「徳澤園」があり、その庭先で持参したパンとソーセージを食べて一休み。
実は、ここまでが筆者の知る「上高地」の最深部だった。
食べ終わると早々に、約4キロ先の「横尾」へと向かった。
「横尾」には、翌日に「奥穂高」や「北穂高」の登頂を目指す登山客がよく利用する、大きな山荘とテン場がある。
ただし山荘は基本的に全ての宿泊客を受け入れる責任があるので、GWやお盆、そして紅葉の季節の休日前後は人で溢れ、ひどい場合はまっすぐ仰向けに寝るスペースさえ取れないこともある。
その為、登山客の中にはテントを担いで山を登る人が増えてきた。
今のテントは軽いものなら2名用で2キロを下回る製品もあり、建て方も非常に簡単。
キャンプには寝袋やコンロといったギアが他にも必要だが、経験さえ積めば、テントの方がプライバシーが守れて快適だ。
ただ「横尾」のテン場は石がゴロゴロしていて、キャンプをするなら「徳澤キャンプ場」のほうがずっといいと思った。
そしてこの経験が、秋に生かされる。
この地図の黄色の部分がこれから進むルートになる。
「横尾」からは景観がガラリと変わり、道もガレキが多い山道となり、まさに「トレッキング」の領域となる。
とはいえ、ちょうど中間地点といえる「本谷橋」まではさほど登りは入らないので、まわりの風景にカメラを向ける余裕持って進むことができる。
問題は残りの約3キロだ。
「本谷橋」からは一気に角度が上がり、いよいよ山登りが始まる。
特に苦しいのは前半の半分。どこまで続くのかと思うような岩の道だけに、先のことが分かっていなければ、気持ちが折れそうになるかもしれない。
ここでは小刻みに短い休息を挟み、マイペースをキープすることが大事だ。
オーバーペースになると、先の緩やかな道でさえ、息が上がってスローダウンしてしまう。そうなると、もう何度も休まなければ回復しなくなる。
やがて視界が開け、雪渓の彼方に「涸沢ヒュッテ」の鮮やかなのぼりが見えてくる。
「横尾」を出て既に2時間以上が経過。
カラカラに乾いた喉は、雪渓から流れる雪解け水で潤した。
そしてクライマックスの大雪渓。
ここまで来て、最後にツルツルすべる雪の上を100メートル以上登るとは!
濡れてしまうため、座って休むわけにはいかないので、かなりきつい。筆者はここでオーバーペースが祟った。
しかし初めて目にした「涸沢」の感動的な景観が、バテて挫けそうになる背中を押してくれた。
標高2309メートル地点にあるこの「ヒュッテ涸沢」から、正面の「北穂高岳」の山頂(3106メートル)までは約3時間ほどだが、ここから先はきちんとした登山の装備を持つアルピニストの世界になる。
そして、午後2時過ぎ…
「涸沢」名物のおでんとビールを胃袋に入れて、今度は下山。
次なる目標は「徳沢ロッジ」のお風呂だ。
さすがに下りはカメラをバックにしまい、黙々と歩き続けた。
足の裏をジンジンさせながら、「徳沢」には5時ちょうどに到着。ここで足を靴から開放し、至福の入浴タイム。腿とふくらはぎには、早くも筋肉痛の兆しが…
そこから残り6キロを再び歩き、何とか日没寸前に「小梨平」のサイトに帰着。
レトルトカレーを食べ、缶ビールを2本飲んだところで、「上高地」での目的を達成できた満足感に浸るまもなく、気を失なったように眠りに落ちた。
次は、この経験を活かし、念願の「涸沢の紅葉」の撮影に成功した時のお話です。