「北の国から」~その頃の倉本聰~

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北海道移住のきっかけは、大河ドラマの降板

出典:朝日新聞

倉本聰氏は、麻布中学校・高等学校、東京大学文学部美学科卒業後、1959年にニッポン放送に入社。

ディレクター・プロデューサーを担当するが、ニッポン放送在籍時に「パパ起きてちょうだい」で脚本家としてのデビューを果たす。

1963年にニッポン放送を退社後フリーとなったが、NHK大河ドラマ「勝海舟」の制作に際し、脚本家の演出関与の是非をめぐる問題がこじれたことで嫌気がさし、脚本を途中降板してしまう。

そしてその日のうちに千歳空港へ飛び、そのまま北海道札幌市に転居する。

1976年、東京の下町を舞台にした萩原健一主演のドラマ「前略おふくろ様」により、ゴールデンアロー賞、毎日芸術賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞し、1977年、富良野市に移住。

「北の国から」を書いたのは、富良野に移住してから3年目。

富良野の自然の中で生活しているうちに、そして“旅人の目”がだんだん“住民の目”に変わっていくにつれ、都会の歪んだ生活が見えてきたという。

良き協力者との出会いで、ドラマが実現

舞台を麓郷とする着想は、富良野に移住した倉本氏が、そこで林業を営んでいた中世古善雄さんと出会ったことがきっかけといわれている。

中世古氏は、奥さんとともにロケ地の提供や撮影への協力を献身的に行い続けた。倉本氏は彼を「北の国から」の全作品を通した最大の功労者と評し、「彼がいなかったら出来ていない」とも記している。

今は亡き… 地井武男が演じた中畑和夫は、この中世古氏をモチーフにしたキャラクターである。

さて、このページに関する詳しい内容を知るには、2011年3月に出版された「獨白」(「北の国から」ノーツ)という本をご覧になるのが一番だ。

そこには生々しいほどに、倉本氏本人の過去と、「北の国から」に対する想いが記されている。まさにファン必見の一冊といえるだろう。

この本の中にも書かれているのだが、倉本氏の脚本作りの凄いところは、登場人物のキャラクター作りにある。

それは2000年に資料館を訪ねた時に、ある展示物を見て分かった…

そこに貼られていたのは、純と螢の母親、宮前玲子とおばさんにあたる雪子の履歴書である。

もしかするとドラマを書く場合は、どの脚本家もこういうものを作成するのかもしれない。

しかしそれにしても、架空の人物の、しかもドラマにはおよぞ関係のない年齢にまで遡って、その人生を創り上げるというのは、気の遠くなる作業に違いない。

こうした水面下の作業を幾重にも重ねるからこそ、架空が実在に迫ってくるのだろう。まさに職人気質、プロフェッショナルならではの仕事ぶりを垣間見た気がした。

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