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遷宮から分かる、「伊勢神宮」と「出雲大社」の関係

史跡
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この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、現地取材を元に「車中泊ならではの旅」という観点から作成しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。
クルマ旅専門家・稲垣朝則の主な著書
車中泊の第一人者と呼ばれる稲垣朝則が、これまで執筆してきた書籍・雑誌と出演したTV番組等の紹介です。

もし出雲大社が朽ち果てて無くなれば、それから先の時代に「天孫降臨」の神話は成立しなくなる。ということは、「伊勢神宮」の存在理由までもが消えてしまう…

まず「式年遷宮」とは、伊勢に限らず神社等が周期を定めて社殿を更新し、新たな社殿にご神体を移すことを云う。

その中でも、とりわけ有名なのが三重県の伊勢神宮で、アマテラスを祭神とする「内宮」、トヨウケノオオカミ(豊受大神)を祭る「外宮」ともに、20年ごとに社殿を新しく造営し、祭神を遷座してきた。

いっぽう出雲大社では、「大遷宮」と呼ばれる60~70年に一度の儀式が「式年遷宮」に相当するが、2013年は伊勢神宮と出雲大社の「遷宮」が、偶然重なることで話題を呼んだ。

と同時に、両者の関係性が蒸し返されることになった。

伊勢も出雲も、新しい社殿にご神体や御神座を移すことで、神威が甦ると言い伝えられており、伊勢ではそれを「常若(とこわか)」とも呼ぶ。

また祭事における意味とは別に、遷宮を行うことで宮大工の技術を伝承するという、現実的な目的があるのも事実だろう。

特に伊勢神宮では、社殿だけでなく、祭祀に関わる衣装から器に至るすべての物を新調するから徹底している。

さらに、20年ごとの比較的短い周期で遷宮を行うため、実は東西に2つ分の敷地を用意してあり、20年ごとに東・西を遷し替える形で、全く新たな社殿を建立している。上の写真は、下宮で「次回の式年遷宮」用に整地された「前回までの社殿があった場所」だ。

いっぽう、「大遷宮」の呼び名で親しまれてきた出雲大社の遷宮は、正確には「随破遷宮」と呼ばれるもので、社殿の損傷具合に応じて60~70年に一度行われてきた。ゆえにまずはご神体を御仮殿に遷して、社殿を修造し、再び元の社殿にご鎮座いただく形になる。

とまあ、ここまでが一般的な、出雲大社の「大遷宮」と伊勢神宮の「式年遷宮」についての説明だ。

しかし冒頭で少し触れたように、1300年ほど日本史を遡り、両者の関係性を調べてみると、実に興味深い「事実」が見えてくる。

端的にいうと、伊勢神宮の「式年遷宮」は「儀式」で、出雲大社の「大遷宮」は「修繕」でしかない。

つまり「伊勢神宮」には、現在の貨幣価値に換算するとおよそ550億円にも及ぶ大金をかけてでも、古来より「式年遷宮」をしなければならない別の理由があり、「出雲大社」はそれに関連するため、朽ち果ててしまっては困る… それが「遷宮」の真相だ。

もし日本建国の謎に興味があれば、以下のページへどうぞ(笑)。
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