織田信長ゆかりの地「清州城」と「桶狭間」 駐車場&車中泊事情

清須城 織田信長

歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、愛知県に残る「織田信長」ゆかりの「清州城」の概要と駐車場事情に加え、「桶狭間の戦い」に関連するスポットもあわせて紹介しています。

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巌流島

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

車中泊で史跡めぐり【クルマ旅のプロが解説】
車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、クルマで日本の歴史舞台を旅したい人に向けての情報を発信しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。


 

~ここから本編が始まります。~

清洲城はお城史跡としての評価は低いが、戦国時代の歴史を語るうえでは欠かせない。

清須城

清須城 DATA

清須城
〒452-0932
愛知県清須市朝日城屋敷1-1
☎052-409-7330
おとな400円
9時〜16時30分
月曜 休館
無料駐車場あり

「清州城」の筆者の歴訪記録

※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。

2016.04.29
2026.05.23

「清州城」での現地調査は2026年5月が最新です。

「清州城」と「桶狭間」

清須城 信長像

清洲城は、なぜ「日本100名城」に選ばれていないのか?

織田信長と清須城

桶狭間の戦い

清須城の駐車場と車中泊事情

Ps. 清須会議

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清洲城は、なぜ「日本100名城」に選ばれていないのか?

「織田信長」が取り上げられた歴代の大河ドラマで、「清須城」が登場しなかった作品がこれまでにあっただろうか…

出典:NHK「豊臣兄弟」

それはひとえに、若き「織田信長」がこの城から出陣し、「桶狭間」で「今川義元」を討ち取るという、”ジャイアント・キリング”を巻き起こしたからに他ならないのだが、その記憶に残る「清須城」が、「日本100名城」はもとより、「続・日本100名城」にも選ばれていないのには驚いた。

というのは、

清須城

「信長」時代の「清洲城」は、1613年に「家康」の命によって行われた、清須から名古屋への遷府、いわゆる「清須越(きよすごし)」により、現在の「名古屋城」へ城下町ごと移転され、その後廃城になった経緯を持っている。

西北隅櫓

「名古屋城」に残る「西北隅櫓」は、「清洲城」の遺構と云われているが、問題は『清須城跡』の再利用にあったようだ。

清須城

「清須城跡」の大部分は、明治以降の東海道本線や東海道新幹線の建設時に分断・破壊され、現地には当時の遺構らしきものがほとんど残されていない。

清須城

現在建っている天守は、1989年(平成元年)に当時の清洲町が、観光用に鉄筋コンクリートで再建した『歴史的な資料に基づいていない模擬天守』で、 正確な創建当時の絵図などが残っていなかったため、「犬山城」などを参考に桃山時代の城をイメージして建造されている。

そのため「日本城郭協会」から、高い評価を得られなかったと云われている。

「清須城」は「信長」亡き後に開かれた「清洲会議」の舞台としても知名度が高く、史跡の保存と再現方法にそれなりの工夫があれば、今とは違う結果になっていたかもしれない。

清須城

とはいえ、「大阪城」や「岡山城」と同じく、館内が博物館スタイルになっている「清須城」は、展示が分かりやすく映像もあって、研究者ではない普通の観光客にとっては、何の問題もないと思う。

織田信長と濃姫像

また近くには「清洲古城公園」があり、そちらには若き日の「信長」と、正室で「斎藤道三」の娘であった「濃姫(帰蝶)」の銅像も立っている。

出典:NHK「麒麟がくる」

ちなみに「帰蝶」は、2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」で、「川口春奈」が 「沢尻エリカ」の代役に抜擢され、見事な”男前ぶり”を披露して大ブレークを果たしたが、実は「綾瀬はるか」も、2023年に公開された映画「レジェンド&バタフライ」で、その”はっちゃけ役”を好演している。

織田信長と清須城

那古野城跡

まずは「織田信長」が、「清須城」の主になるまでの経緯を辿ろう。

かつては『信長は現在の名古屋城の場所にあった、那古野城(なごやじょう)で生まれた』というのが定説だったが、近年の研究では稲沢市と愛西市にまたがる、「勝幡城(しょばたじょう)」で生まれたという説が有力視されている。

父の「信秀」が「今川氏」から乗っ取った「那古野城」で、「信長」は幼少期から21歳までを過ごしているが、「信秀」が「古渡城」へ移ったため、「信長」は若くして「那古野城」の主を任される。

出典:NHK「麒麟がくる」

ただご承知の通り、少年時代の「信長」は周囲の目を気にせず、奇抜な格好で城下を歩き回り、のちに「大うつけ」と呼ばれる行動を重ねていた。

それでも13歳で元服、14歳で初陣を飾り、16歳の時に尾張と敵対していた美濃国の領主「斎藤道三」と、父「信秀」が和睦したことで、前述した「斎藤道三」の娘「濃姫」を妻に迎える。

しかし19歳の時に「信秀」が病没して家督を継ぐと、それを機に親族や家臣との家督争いが勃発する。

清須城

しかし2年で「信長」は、対立していた尾張守護代の「織田信友」を撃ち破って「清須城」を奪取し、事実上の尾張支配者として本拠地をそちらへ移すことに成功。武将としての才能を発揮しはじめる。

しかしその後も「織田家」の内紛は収まらず、一度はその謀反を水に流した弟「織田信行(信勝)」が、再度挙兵をするとの情報を受け、やむなく暗殺を命じた。

1558年のこの事件をもって、ようやく「織田家」の『骨肉の争い』は終焉を迎える。

この時「信長」は25歳になっていた。

出典:NHK「豊臣兄弟」

2026年に放送中の大河ドラマ「豊臣兄弟」で、このシーンがたびたび登場する背景には、その悲しい事件が隠れている。

だが、『一難去ってまた一難』。

今度は「織田家」が持つ、伊勢湾の制海権と莫大な富を生む物流拠点の「熱田湊」を、虎視眈々と狙い続けてきた東の強敵が腰を上げる。

それが駿河・遠江・三河の3大国を治め、『海道一の弓取り』と称された大大名の「今川義元」だ。

桶狭間の戦い

出典:ぐるぐるさざえのブログ

「今川義元」が、「信長」にとってどれほど脅威であったかは、この勢力図をみれば明らかだろう。兵力には諸説あるようだが、いずれにしても総数に圧倒的な差があったことは間違いない。

そもそも「義元」にすれば、『尾張の虎』と呼ばれた厄介な「信長」の父「信秀」が他界した後、弱小勢力のうえに、若造の「信長」が率いる尾張を制圧すること自体は、たやすいことだったはずだが、そこには簡単に進軍できない事情があった。

「今川義元」は、大国である甲斐の「武田信玄」、相模の「北条氏康」とは同盟関係を結んでいたが、尾張との間にある三河の国衆の支配が不安定で、攻め込んだ際に背後となる、その地域の地盤固めを優先せざるを得なかった。

出典:NHK「どうする家康」

「織田家」に奪われていた、岡崎の「松平家」から人質として預かる予定だった幼い御曹司の「竹千代(後の徳川家康)」を、「信長」の異母兄である「織田信広」を捉えて”人質交換”にしたのも、三河衆を抑え込むための一手だ。

この話は「桶狭間の戦い」とは直接関係しないが、後々の「信長」と「家康」の絡みを考えると、欠かすことのできない重要な接点で、後年の「家康」の苦労と躍進には、幼年期に「信長」と出会っていたことが大きく影響している。

出典:NHK「どうする家康」

さて。

三河の憂いが解消し、ようやく「義元」が出陣の時を迎えたのは1560年の5月。

この時の「義元」の目的は、あくまでも尾張の支配権を握ることで、これまでの映画やドラマで描かれてきたような、『上洛を目指しての出兵』ではなかったというのが、現在では定説になっている。

桶狭間古戦場公園

「桶狭間の戦い」の結末は、それこそ大河ドラマに「信長」が登場するたびに描かれ、今年の「豊臣兄弟」でも放送されたばかりなので、”いまさら”だと思うが、結果は「信長」のまさかの奇襲にハマった「義元」が、あっけないほどあっさりと討ち取られ、「織田家」の勝利に終わる。

勝因を端的にまとめると、「情報収集・奇襲・決断」において「信長」が優れた能力をフルに発揮し、天をも味方につけたということになるのだろう。

あまりにもドラマティックな結末ゆえに、後世に『尾ひれはひれ』がついて伝承されており、そこを掘り下げるのは『大河ドラマの脚本家に任しておけばいい』と筆者は割り切っている。

桶狭間古戦場公園

ゆえにここでは省略するが、2010年に作られた「桶狭間古戦場公園」は、その戦いの舞台をジオラマにしたユニークな史跡で、まさに「義元」が討ち取られたとされる場所にある。

なお公園には専用駐車場がないので、徒歩約3分(約200メートル)のところにある、「桶狭間古戦場観光案内所」の無料駐車場(普通車5台分)の利用がお勧めだ。

桶狭間古戦場観光案内所

桶狭間古戦場観光案内所
清須城から約30キロ・30分
〒458-0920
愛知県名古屋市緑区桶狭間巻山20
☎052-755-3593
入館無料
10時~16時
年末年始 休館

善照寺砦

また「麒麟が来る」をご覧になられた方なら、記憶にあるのではと思うが、「信長」は合戦直前に各陣地からこの「善照寺砦」に兵を集結し、「今川勢」の数と配置を最終確認するとともに、敵にもここに「本陣を張る」と見せかけている。

桶狭間山

当時の「善照寺砦」からは、「家康」が入った「大高城」と、「義元」がいる「桶狭間山」がよく見えたというが、宅地開発されている現在は、正面に「おけはざま山」が何とか確認できる程度だった。

桶狭間の合戦

もちろんこういう詳細な歴史解説が現地に記されるようになった背景に、「大河ドラマ」があるのは明らかで、それに乗っかることで、僕らは”楽しい妄想”が味わえる。

善照寺砦跡
〒458-0801
愛知県名古屋市緑区鳴海町砦3
現地電話なし

ただしここには駐車場がない。

熱田神宮

最後は「清洲城」の南に位置する「熱田神宮」をご紹介。

「熱田神宮」といえば、皇室の三種の神器のひとつである「草薙神剣(くさなぎのつるぎ)」を祀っており、今でも仕事や試験などの「勝負事」に挑む前に「必勝祈願」に訪れる人は多い。

「信長」と付きしたがった武者達も、「桶狭間の戦い」当日の朝に「熱田神宮」を参拝した後、出陣して奇襲を成功させた。

信長塀

「信長」は戦勝後に「熱田神宮」へ多額の寄進を行い、神宮の整備や保護に努めているが、その名残が現在も境内に残るこの「信長塀」だ。

熱田神宮
清須城から約19キロ・30分
〒456-8585
愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1
☎052-671-4151
参拝自由
宝物館・草薙館
おとな500円
9時~16時30分(入館16時まで)

というわけで、せっかく「清須城」に出かけるのなら、あわせて「桶狭間古戦場公園」と「熱田神宮」にも足を運んでみていただきたい。

云ってみれば、ここまでが「織田信長ゆかりの地をめぐる旅」の第一章になる。

清須城の駐車場と車中泊事情

清須城駐車場

「清須城」周辺には複数の無料駐車場が整備されているが、その中でお勧めなのは普通車113台が停められる、無料の「清洲公園駐車場(P4)」だ。

ここには観光バスも入ってくるので、大型のキャンピングカーでも入庫できる。

また場内にはトイレもあるので、車中泊はできなくもなさそうだが、あえてここに泊まる必要まではないだろう。

現在は名古屋市内の近くに、関東・関西のどちらから訪れる旅人にも利用しやすい道の駅ができているし、高速道路でアクセスする人には、日帰り温泉とスマートインターが併設している「刈谷ハイウェイオアシス」もある。

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「マップで開く」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 経路を選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると選択でき、人マークの上のアイコンをタップすると、有料道路の利用・不要も選べます。

Ps. 清須会議

出典:NHK「どうする家康」

冒頭で少し触れたが、「清須会議」は1582年(天正10年)に「織田信長」が「本能寺の変」で非業の死を遂げた後、「織田家」の後継者と領地再分配を決めるために開かれた歴史的重要会議のこと。

「三谷幸喜監督」の、この映画をご覧になられた方も多いのでは。

ちなみに、「清須会議」は以下の「織田家」の有力家臣4名によって行われた。

柴田勝家
織田家の筆頭家老で、信長の三男「信孝」を後継者に推していた。

羽柴秀吉
「山崎の戦い」で「明智光秀」を討ったことで優位な立場にあり、「信長」の長男「信忠」の嫡男にあたる幼い「三法師(のちの織田秀信)」の擁立を図り、後見人として実権を握ろうとしていた。

池田恒興
「秀吉」の盟友で、同調して支持。

丹羽長秀
「勝家」と「秀吉」の間の中立な立場。

会議の結果は、「丹羽長秀」が最終的に「秀吉」につき、「秀吉」が擁立した幼少の「三法師」が「織田家」の家督を継ぐことに決定。

また領地の再分配では、「秀吉」は自身の領地を拡大させたほか、重臣たちにも有利な配分を行い、「織田家中」での発言力を決定的なものにした。

そしてそれは、「柴田勝家」との対立を決定づけるものとなり、翌年の「賤ヶ岳の戦い」への導火線となる。

今年放送している「豊臣兄弟」では、「信長」生前の「清須城」は、外観を含めてほとんど登場していないが、「清須会議」ではどうなるのかが楽しみだ。

なお、「清須城」はこの後に城主となる「信長」の次男「織田信雄」により大改修を受け、金箔輝く天主を構え、三重の堀や城下町を含めた総構えの城郭となるが、「関ヶ原の合戦」後に廃城となり、一部が「清洲越」で「名古屋城」に転用された。

 

織田信長ゆかりの地を辿るクルマ旅

織田信長 ゆかりの地

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