歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」がまとめた、愛知県に残る「信長・秀吉・家康」ゆかりの「小牧山城」の概要と駐車場事情です。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
小牧山城は「信長」が築城し、「家康」が「秀吉」を迎え撃つために大改修した、戦国三英傑とゆかりの深い山城

小牧山城 DATA
小牧山城
〒485-0046
愛知県小牧市堀の内1丁目
☎0568-76-1623
おとな200円
小牧山城(小牧山歴史館)と、れきしるこまき(小牧山城史跡情報館)の共通券
9時〜17時(入館最終16時30分)
第3木曜 休館
小牧市役所駐車場 無料
小牧山北駐車場 有料
※最初の2時間は無料
「小牧山城」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2020.06.08
2026.05.22
「小牧山城」での現地調査は2026年5月が最新です。
小牧山城

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「小牧山城」築城のあらまし

最初に断っておきたいのは、山頂に天守らしきものが建っているので紛らわしいのだが、それは1967年に建てられた「歴史館」と呼ばれる史実に基づかない展示施設で、「小牧山城」築城時にはまだ「天守」という建築様式が確立されておらず、今はここにあったのは館のような建物だったと推測されている。

しかも「小牧山城」は、築城からわずか4年で廃城となっているため、「史跡」というよりむしろ、「遺跡」や「遺構」に近い。
それゆえ『信長様の建てた城だから』と意気込んできても、期待を裏切るものしか見られないかもしれない…
ということをまずは念頭に置いて、続きをご覧いただきたい。

「織田信長」が「小牧山城」を築城したのは、1563年(永禄6年)。
1560年に所領の尾張を狙う最大の敵とされた「今川義元」を、「桶狭間」で討ち果たしてまもなくの頃だ。
尾張の中心にある「清須城」を出て、「小牧山」に拠点を構えた理由はただひとつ。
義父の「斎藤道三」から受け継ぐはずだった、美濃の「稲葉山城(岐阜城)」を「斎藤竜興」から”奪還”し、その圧倒的な経済力と豊かな穀倉地帯に加え、京の都に通じる交通の要所を手中に収めることにあった。
尾張北部に位置する「小牧山」は独立丘陵で、「清須城」より防御に優れているうえに、美濃へ進出するための交通の要衝にあったことから、攻撃に兵力を傾注して軍事行動を迅速化すると同時に、兵站基地としても活用できる条件を満たしていた。
ただ、美濃攻略は容易ではなかった。

出典:岐阜市
大河ドラマ「豊臣兄弟」で描かれていた通り、「織田軍」は3本の川と幾つもの山に囲まれた美濃の特殊な地形と、自領を守る国衆たちに手を焼き、なかなか「稲葉山城」まで攻め込む糸口が見つけられないまま、いたずらに時を重ねていた。
稲葉山城を陥落できたのは1567年。
足掛け8年に及ぶ『泥泥の長期戦』だったが、この時期に功を重ねたのが、当時の「木下藤吉郎」だった。

とりわけ有名なのは「墨俣一夜城」の伝説だが、その立役者となった木曽川・長良川流域の河川交通や土木建築に精通する「川並衆」の棟梁「蜂須賀小六」や、天才軍師「竹中半兵衛」を味方に引き入れるなど、戦以外の調略や兵站(へいたん)業務で能力を発揮し、信長の小者・草履取りから侍大将へと出世を遂げている。
「小牧山城」の概要

「小牧山城」を訪ねる際に知っておきたいことは、この城には相反する2つの”顔”があることだ。
ひとつは「織田信長」が美濃攻めに向けて、初めて築城した居城であること。
もうひとつは「信長」の死後に、ここがたった一度だけあった『秀吉VS家康の戦い(小牧・長久手の戦い)』の舞台になったこと。
「小牧山」では実際の戦闘は行われなかったが、「家康」は「秀吉」を迎え撃つために、「信長」が攻撃を主眼に築城した「小牧山城」を、鉄壁の防御を持つ城へと大改修している。
そのため、家康の足跡が残る現在の遺構は、築城当時と様子がかなり違っている。

それを学ぶことを含めて、最初に立ち寄りたいのが麓に建つ「れきしるこまき(小牧山城史跡情報館)」で、小牧山を取り巻く歴史を、模型や映像を多く使って分かりやすく紹介している。
ということで、まずは「信長」が生きていた時の話から始めよう。

繰り返しになるが、小牧山の位置づけは『尾張統一後に、美濃攻略を実現するための戦略的前進基地』で、実際に小牧山城がその拠点として使われた期間は、わずか4年間ほどしかない。
とはいえ「小牧山城」は、同時に尾張の覇者「織田信長」の権威を、周囲に示すためのランドマークでもあった。

そのため土塁や堀ではなく、尾張地域で初めての本格的な石垣が用いられ、防御重視で曲がりくねっていたそれまでの城道とは異なり、山頂までまっすぐに伸びる大手道など、従来の城にはなかった先進的な発想をもとに築かれている。

小牧山城が、「天守のある安土城」の直接の祖先と呼ばれているのはそれゆえだ。

そしてこちらが、大手道のゴールとなる山頂に建つ「小牧山歴史館」だ。
1967年(昭和42年)に、京都・西本願寺にある「飛雲閣」を模して造られたという「小牧山歴史館」は、「平松茂氏(故人:小牧市名誉市民)」が私財を投じて建設し、小牧市に寄贈したもの。
『この山の山頂に城があれば素晴らしい』と思いついたのがきっかけらしいが、今なら間違いなく叶わない願いだろう(笑)。

開館以来、小牧市の歴史民俗資料を展示してきたが、令和に入り「小牧・長久手の戦い」など、戦国時代の小牧山に関する展示内容に全館改装し、2023年(令和5年)4月に「小牧山歴史館」としてリニューアルオープンしている。
ただよくよく考えると話は逆で、遺構の場所にあわせて、麓の「れきしるこまき」が「小牧・長久手の戦い資料館」で、こちらを「信長小牧山城資料館」のほうが観る人にはずっと親切だし、分かりやすい。
ちなみにクルマを停めてから、「れきしるこまき」と「小牧山歴史館」を見て戻ってくるのに要した時間はジャスト2時間。
「小牧山北駐車場」は2時間まで無料なのだが、よくできた設定だ(笑)。
「小牧山城」の駐車場&車中泊事情

出典:こまき市民文化財団
「小牧山城」の見学に利用できる駐車場は、城の北側と南側に用意されている。

写真は北側にある「小牧山北駐車場」で、筆者は2度ともナビでここに誘導された。
小牧山北駐車場
最初の2時間は無料
以降30分ごとに100円
※24時間上限1,000円
24時間(年中無休)
51台
ただマップを見れば分かりやすいが、麓にある「れきしるこまき」で映像や模型を見て歴史を学んでから、大手道を歩いて山頂の「歴史館」へ登る”王道観光ルート”を選ぶなら、「小牧市役所駐車場」に停めるほうがスムーズだし、時間を気にせずに済む。
小牧市役所駐車場
無料
24時間
294台
いっぽう車中泊スポットは、 周辺に道の駅が迷うほど揃ってはいるものの、どこも約30キロ・40分ほど離れているため、一概にここがお勧めとは云い難いところだ。

そのため、前日または翌日の旅先との絡みで決めることになると思うが、この中の知っている道の駅で、環境からあまりお勧めしないのは、以下の2つだ。
●道の駅 柳津
敷地が狭く、前の道が一方通行で利用しづらい
●道の駅 可児ッテ
朝から直売所の業者の出入りで騒々しい
これまでに取材してきた岐阜県と愛知県の個々の道の駅の情報は、以下の記事からご覧いただくことができる。
Ps.小牧・長久手の戦い

この話は前述したように、「織田信長」よりも「羽柴秀吉」「徳川家康」との関連が深いのだが、歴史ファンには「小牧山城」については断然こちらの話のほうが興味深く、専門家の中には「小牧・長久手の戦い」こそが、本当の「天下分け目の合戦」だったと云う人もいるほどだ。
テキストで書くと相当な長文になりそうなので、ここは小牧市が制作した動画でご覧いただくとしよう。
織田信長ゆかりの地を辿るクルマ旅

愛知県 車中泊旅行ガイド

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