日本の古代史ダイジェスト/「天孫降臨(てんそんこうりん)」と「高千穂」

3.日本史ダイジェスト/九州編
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この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、現地取材を元に「車中泊ならではの旅」という観点から作成しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。

「天孫降臨」は神話であり、史実でもある。

「古事記」には興味深い「神話」が残されているが、九州と縁の深い話といえば、やはり「天孫降臨」だろう。

「天孫降臨」をネットで検索すると、舌を噛みそうになる神様の名前がズラズラ登場し、「まともに読むのは10行目までが限界!」みたいなサイトが山のようにヒットしてくる。

ウィキペディアにいたっては、その解説ページが欲しいくらいだ(笑)。

天孫降臨とは

その前後の話まで書こうとすると、めちゃくちゃ長くなるので、とりあえず超簡単に「天孫降臨」をまとめるとこうなる。

天逆鉾

アマテラスの命令で、孫のニニギノミコトが「葦原の中つ国」を治めるために、高天原から地上の高千穂に降り立ったこと。

ちなみに学識者も地元も、「神話の中の高千穂」が宮崎県なのか鹿児島県なのかを今なお論争しているようだが、結論は出ていない。

高千穂

ここには、きっと誰もが疑問を感じる「不思議なもの」が当たり前のように存在する。

神話によると、アマテラスがスサノオの横行に心を痛め、身を隠したとされる「天岩戸」は、我々がクルマで行ける地上でなく、天空の高天原(たかまがはら)にあった。 

しかし宮崎県の高千穂には、その跡があるという「天岩戸神社」が建ち、しかもすぐ近くには、神々が集まって対策を協議したとされる天安河原(あまのやすがわら)まで残されている。

それ以外にも、この地域には数多くの神話とリンクする遺構が確認されており、それらを見る限り、ここが神話の高千穂である気がするのは、たぶん筆者だけではあるまい。

アマテラスには実在モデルがいた。

天岩戸神社

筆者は2009年に天岩戸神社を初めて訪ねた際に、宮司さんから「興味深い話」を聞いている。

宮司曰く、「アマテラスには実在したモデルがいる。その人物は人望が厚く、特殊な能力を持っていたため、後に神様として祀られるようになった」。

よく考えてみると… その話にピタッと当てはまる事例がある。

菅原道真

それは太宰府天満宮に鎮座する、学問の神様「菅原道真公」だ。

道真公は平安時代に実在した「頭脳明晰な人物」であることは確定しているが、紛れもなく「日本の神様のひとり」だ。

日光東照宮

もっと新しい時代で云えば、日光東照宮に祀られている徳川家康にも同じことがいえる。

ただ不幸にも、あまりにも多くのことが分かりすぎているだけに「人間臭く」、神秘性を感じないだけのこと。

もう2000年も経てば、参拝に訪れる人々の認識が変わっているかもしれない。

これは他のサイトに書かれていた話だが、これまでの話とマッチングするので紹介したい。

高千穂

宮崎の高千穂は、おそらく今の天皇家の祖先が最初に住みつき、支配をしていた地域だろうと筆者も思う。

天岩戸神社には、アマテラスが天岩戸から出たあと、最初に住んだ場所に建てられたという伝承が残る

邪馬台国の卑弥呼がそうであったように、おそらくアマテラスのモデルも、高い祭祀能力を有したクニの指導者的立場の女性だったのだろう。

その孫の代になって、アマテラスの部族は勢力を高め、いよいよ奈良の大和に向けて進軍を開始する…

そう考えると、古事記の話とそのルート上に実際に残る神社や遺跡との整合性がいいらしい。

もう少し書くと、アマテラスの部族は朝鮮半島からこの地に渡ってきた渡来人。ゆえに高天原は「遠いところ」にある。

なるほど、説得力は抜群だ!(笑)。

神宮には、神話と史実の接点が残されている。

霧島神宮

「記紀」に記された神話の話と、現実に今の日本に残る神宮・神社、あるいは史跡・遺構には、100%神話通りではないにしても、何がしかの関連があるのは確かだ。

それを客観的に見られるようになれば、歴史探訪は次元が違うほど面白いものになる。

写真はニニギノミコトを祀る鹿児島の霧島神宮。

ただ、ここに神宮が建てられた理由は、宮崎で同じようにニニギノミコトを祀っている高千穂神社とは、ちょっと事情が違う。

そしてたぶんそれは、宗像大社とも共通する。

日本の宗教のルーツは自然崇拝で、本来はそこに名の付く神様は存在しない。

霧島神宮のもともとの御神体は、激しい噴火を繰り返してきた火山「高千穂峰」だったのは疑いようのない真実だ。

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