「クルマ旅専門家」・稲垣朝則が、10年以上かけてめぐってきた全国の温泉地を、「車中泊旅行者の目線」から再評価。車中泊事情や温泉情緒、さらに観光・グルメにいたる「各温泉地の魅力」を、主観を交えてご紹介します。
もっともマニアックなのは、松山中学校跡
それにしても… 地元出身の正岡子規を差し置いて、道後温泉がこうも夏目漱石というか、「坊っちゃん」を大きく取り上げるというのは、よほどその宣伝効果が大きかったのだろう(笑)。
今はどちらかといえば、松山=「坂の上の雲」という気もするが、道後温泉では相変わらず「坊っちゃん」が頑張っている。
そんなわけで、界隈にある「坊っちゃん」ゆかりのスポットを、筆者が思う重要度の順にまとめて紹介しよう。
ただしコースガイドではないので、この順番に見に出かけてはいけない(笑)。
道後温泉本館(「神の湯」の男湯・坊っちゃんの間)
「放生園」 のカラクリ時計
道後温泉駅前にある放生園は、伝説に残る「鷺石」と「足湯」に加え、「坊っちゃんカラクリ時計」が観光客を和ます人気のスポットだ。
道後温泉本館の振鷺閣(しんろかく)をモチーフにした時計台が、定刻になると軽快なメロディにのってせり上がり、箱の中から小説「坊っちゃん」の登場人物が次々に現れる。
ちなみに、この「坊っちゃんカラクリ時計」は、故竹下元首相の発案で、全国の市町村地域活性化のために配られた「ふるさと創生1億円」を使って作られたことでも知られている。
上演時間は午前8時から午後10時のジャストタイム。何も考えなくても楽しめるので、一度はそのカラクリを見てみよう。特にライトアップする夜はキレイだ。
とはいえ、小説の「坊っちゃん」を知らなければ、本当の面白さは伝わらない。正岡子規の学友だった夏目漱石は、松山中学の英語教師としてこの地に赴任し、道後温泉をこよなく愛した。
「坊っちゃん」にはその頃の話が綴られている。
ついでに、夏目漱石のプロフィールも。
夏目漱石(1867-1916年)
帝国大学(東京大学)で正岡子規と出会う。卒業後は松山、熊本で教員を務め、イギリスへ留学。帰国後「吾輩は猫である」「坊っちゃん」などを執筆。
正岡子規との思い出が残る、「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」
「愚陀佛庵」は、夏目漱石が松山に赴任していた時の下宿先。当時の建物は太平洋戦争で焼失したが、1982年に萬翠荘(旧久松家別荘)の裏手に、木造二階建ての建物として復元されていた。
坊っちゃん列車
本来の坊っちゃん列車は、かつて伊予鉄道で使われていた蒸気機関車とその客車のことで、小説「坊っちゃん」に「マッチ箱のような汽車」として登場する。
松山中学に赴任する主人公の「坊っちゃん」がこれに乗ったことから、後に「坊っちゃん列車」と呼ばれるようになった。
写真は2001年から伊予鉄道により松山市内の路面電車として復元運行されているディーゼルの「坊っちゃん列車」。道後温泉駅から乗車できる。
番外編 旧松山中学校跡
道後温泉からは離れているが、現在のNTT愛媛支店のビルの前に、正岡子規や秋山真之が学び、夏目漱石が教鞭を執った「松山中学校跡」の碑が建っている。
松山市内にある「坂の上の雲」と「坊っちゃん」にゆかりのある地としては、おそらくここがマニアック度では一番だろう(笑)。
最後に。道後温泉本館の向かい側にある「道後坊っちゃん広場」は、温泉客の休憩所や待ち合わせ場所を兼ねたイベントスペースで、小説の「坊っちゃん」との直接的な関係はなさそうだ。