日本一高い石垣の城 丸亀城

史跡

全国に現存する「木造天守十二城」のひとつ

「木造天守十二城」というのは、「丸亀城」で初めてお目にかかった表現だが、要はお城用語で云う「現存12天守」のことらしい。

三層三階の木造天守は、「現存12天守」の中では青森県の「弘前城」と肩を並べる最小の部類だが、保存状態が良く、国の重要文化財に指定されている。

天守最上階からは、晴れていれば瀬戸大橋まで見通せる。

実は「丸亀城」の魅力は、この天守から見える景色と大いに関係がある。

「丸亀城」のキャッチフレーズは、「日本一高い石垣の城」。 

丸亀城

「亀山城」の異名を持つ「丸亀城」は、丸亀市街地の南部に位置する標高約66メートルの亀山山頂に天守があり、山麓から山頂まで4重に重ねられた石垣は、合わせると約60メートル。総高としては日本一高い石垣になる。

ちなみに、単体で日本一高い石垣は大坂城で、約33メートル。2位は上野城で約約30メートル。丸亀城では三の丸一番高い石垣でも約22メートルしかない。

丸亀城 扇の勾配

内堀から天守にかけて積み重ねられた石垣は、”扇の勾配”と呼ばれる特長的で見事な曲線を描く。

丸亀城

丸亀城の歴史は、室町時代の初期(1532年~1555年頃)に、 管領・細川頼之の重臣が亀山に砦を築いたのが始まりとされている。

その後、江戸時代に高松城を築いた生駒親正と、長男の一正の時代に大改修を受けて城の体裁を整えたが、1615年の一国一城令により廃城を命じられる。

しかし、当時の高松藩主・生駒正俊は、丸亀城を樹木で覆って隠し、さらに厳しく立入禁止にして、城の破却を行なわなかった。

次に丸亀の領主となった山崎家治は、1642年から丸亀城の改修に着手し、城下町も整備する。

現在の渦郭式平山城になるのはそこからだが、1660年に丸亀城の天守閣が完成した時には、次の領主・京極高和に代わっていた。城全体が完成したのは京極高豊の代である1673年…

苦節32年、三家の大名の尽力によって、現在の丸亀城が誕生したと思うと、石垣もまた違って見えてくる。お城ファン・歴史ファンなら、高松城・栗林公園とセットで周ると面白い。

丸亀城 オフィシャルサイト

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