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高松城が「日本100名城」に選ばれている所以

史跡

さすがは、徳川家康の孫の城

豊臣秀吉による四国制圧後の1587年(天正15年)に、讃岐国の領主となった生駒親正(ちかまさ)が、現在の玉藻町に築いた「高松城」は、「今治城」「中津城」とともに「日本三大水城」と呼ばれた名城で、国の史跡に指定されている。

ちなみに、今治城は築城の名手で名高い藤堂高虎が、中津城は大河ドラマの「軍師官兵衛」が築いた城で、いずれも直接海と通じている。

往時の「高松城」は「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と和歌に詠まれ、月見櫓に連なる水手御問から、殿様が舟に乗って参勤交代に向かったといわれている。

さて。現在見られる遺構は、常陸国から12万石で高松に移封された松平頼重によって改修されたもの。頼重は徳川家康の孫で、天下の副将軍・水戸黄門こと「徳川光圀」の兄にあたる。

高松城

画像出典:高松城の復元を進める市民の会

写真は解体される以前の1882年(明治15年)に撮影された天守で、イギリスのケンブリッジ大学に保管されている。

改修された高松城は、1階が熊本城のように天守台より出張り、最上階は小倉城の天守のように「唐造り」であった。

ただ現在は、三重櫓や門など一部の建物と一部の石垣、堀だけが残されている。

玉藻公園

なお、高松城の城跡公園が「玉藻公園」と名付けられているのは、万葉集で柿本人麻呂が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、高松城周辺の海域が「玉藻の浦」と呼ばれていたことに由来する。

Ps

1669年(寛文9年)の天守完成後、頼重は隠居する。その隠居所として城の南西に造築したのが、現在の栗林公園だ。

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