この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、日本全国で1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、「車中泊ならではの歴史旅」という観点から作成しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。
高知市内に残る「坂本龍馬ゆかりの地」は、大きく3つのカテゴリーに分けられる。
冒頭のパンフレットに記された通り、高知市は坂本龍馬の「ふるさと」だ。
誰でも「ふるさと」には、生家や家族との絆が残る場所があり、また幼い頃の知人・友人がいる。さらに龍馬ほど有名になれば、没後にその功績を顕彰する施設や石碑・銅像が建てられる…
つまり「高知市内に残る坂本龍馬ゆかりの地」は、整理すると3つのカテゴリーに分類される。
1.生家や家族との絆が残る場所
2.幼い頃の知人・友人ゆかりの地
3.没後にその功績を顕彰する施設や石碑・銅像
にもかかわらず、大半の紹介資料はこれらをひとくくりにして、「坂本龍馬ゆかりの地」にしてしまうから、龍馬の実像がわかりづらくなる。
これに加えるとしたら、龍馬が生まれた時代の高知… つまり「土佐藩」のことよくがわかる史跡=高知城になるだろう。
プロローグ
土佐藩を紐解くキーは、高知城
当時の「土佐藩」には「上士・下士」という厳格な身分制度があり、龍馬は下士の中でも多少は身分の高い、「郷士」の家柄だった坂本家に生まれた。
最終的には、この身分制度が要因で引き起こされる様々な出来事に嫌気がさし、龍馬は19歳の時にふるさとの高知を捨ててしまう。
それでも33歳で亡くなる最後まで、「土佐藩の陰影」が龍馬に付いてまわったことを考えると、できれば最初に「土佐藩のあらまし」を知っておくほうがいい。
1.生家や家族との絆が残る場所
最初に行くべきところは、「龍馬の生まれたまち記念館」
このサイトを見ないまま、高知市内の坂本龍馬ゆかりの地をめぐった人の99.9%は、最初に「坂本龍馬誕生地」に足を運んでいると思う(笑)。
だが、そこには石碑がひとつあるだけで、暗殺された京都の近江屋跡と同じくらい「拍子抜け」するはずだ。
「史跡なんてそんなもの」といえばそれまでだが、このサイトのテーマは、「ただの史跡めぐり」ではなく「旅」。
つまり、そこには「なるほど~」とか、「やっぱり龍馬はすごいな」みたいな「デイスカヴァー」が伴わないと面白くない。
言い換えれば、「ガイド」はそれができてこそ「本物」だ。
さて。「龍馬の生まれたまち記念館」は、坂本龍馬が生まれ育った高知市の上町にある歴史文化体験施設で、龍馬本人だけでなく、幼い頃の町の様子や、家族あるいは、ゆかりの深い人物にもスポットを当てて紹介している点が特徴だ。
この施設の素晴らしい点は、「まち歩きガイド(土佐っ歩)」と呼ばれる、館内と龍馬ゆかりの史跡めぐりがワンセットになったプログラムがあることで、テーマ別に全部で10のコースが用意されている。
2.幼い頃の知人・友人ゆかりの地
正直なところ、このカテゴリーは「坂本龍馬ゆかりの地をめぐる旅」からすると、本流ではないと思う。
たとえば、「龍馬伝」ではすぐ近所に住んでいるみたいに思えた「岩崎弥太郎」の生家は、なんと50キロ近く離れた高知県の安芸市にあるし、中岡慎太郎の生家も同じ安芸郡にある。
俗に云う「ぶらり旅」なら、「たまたま、そこにあるから行ってみよう」もアリだろうが、筆者のように明確なテーマを持って旅をする人間は、行き先選びに「時間とコストと体力」の効率を求めたい。
3.没後に建てられた龍馬の功績を顕彰する施設や石碑・銅像
坂本龍馬の「ふるさと」にこだわらなければ、「坂本龍馬ゆかりの地をめぐる旅」のメインはここになると思うので、必見のスポットには個別ページを用意し、詳しくレポートしている。
なお、高知駅前にある「こうち旅広場」は、龍馬関連というより、高知全体の総合観光案內所といえる場所。