「クルマ旅専門家」・稲垣朝則が、10年以上かけてめぐってきた全国の温泉地を、「車中泊旅行者の目線」から再評価。車中泊事情や温泉情緒、さらに観光・グルメにいたる「各温泉地の魅力」を、主観を交えてご紹介します。

入湯手形が使えて、無料駐車場での車中泊が可能な黒川温泉は、車中泊の旅人にも優しい温泉地。
黒川温泉のロケーション
黒川温泉があるのは、大分県と熊本県の県境に近い、通称「小国郷」と呼ばれるエリアで、近くには車中泊旅行者に人気の高い「わいた温泉郷」や「杖立て温泉」がある。
また裏見の滝として名高い「鍋ヶ滝」などの観光名所も近くにあり、九州のリピーターの中には、九重や阿蘇より「小国郷」に滞在する人も多い。
その背景には、大分県の別府温泉と熊本県の阿蘇神社を無料で結ぶ、風光明媚な「やまなみハイウェイ(県道11号)」から、「瀬の本レストハウス」前で国道442号に乗り換えれば、約5キロ・10分もかかることなく、黒川温泉に到着できることがある。
なおそのルートで来る場合、温泉街のはるか手前に黒川温泉の新駐車場があるのだが、そこにクルマを停めると、黒川温泉まで10分近く歩くことになるので、平日ならそのまま前を通過して「ふれあい広場」を目指そう。
黒川温泉の魅力は?
全国屈指の人気温泉地として知られ、2009年版ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで、温泉地としては異例の二つ星で掲載された「黒川温泉」の魅力を、「宿に泊まらない車中泊の旅人」に伝えるのは容易じゃない。
よく耳にするのは、28軒ある個々の温泉旅館の露天風呂の話だが、いくら「入湯手形」を使ったとしても、それをすべて体感するには、最低10回は現地に出向く必要があるわけで、そんなことができる旅人は、大分及び熊本県民を除けば稀有だろう。
ちなみに筆者が黒川温泉を訪れたのは、これまで4度。入湯できているのは、以下の8つの宿の露天風呂になる。
新明館・いこい旅館・御客屋・やまびこ旅館・黒川荘・南城苑・夢龍胆・わかば
そこで、面白い話をしたい。
有馬・草津・道後等々、日本の名のある温泉地というのは、どこも揃って古事記に基づき、約1300年の歴史を誇っているわけだが、黒川温泉は江戸時代以降の歴史しかなく、高名になったのは昭和も後半、まだ50年が経つかどうかだ。
だが歴史がない代わりに、黒川温泉をここまでに仕立てた「歴史の生き証人」の中には、まだ「現役」がいる。
すなわち、「どん底」を知る彼らの想いが埃を被らずにいることに、我々世代が享受できる本当の黒川温泉の価値がある。
黒川温泉の歩みと、入湯手形誕生秘話
黒川温泉は江戸時代の中頃には既に湯治場として知られ、細川藩の国境付近にあったことから、藩の役人も利用する「御客屋」として位置づけられていた。参勤交代の中継地として、大名や旅人たちの疲れを癒したともいわれている。
「黒川温泉」としての歴史が始まるのは戦後。1964年に南小国温泉の一部として国民保養温泉地に指定され、「やまなみハイウェイ」が開通したことで一時的に盛り上がりを見せた。
しかし、ブームの去った1970年代にはどん底を見ている。
そんな「黒川温泉」復活の背景には、「風呂に魅力がなければ客は来ない」と考え、裏山にノミ1本で洞窟風呂を掘った黒川温泉の父とも呼ばれる、新明館・後藤哲也の強い信念があった。
日本秘湯を守る会の登録宿
黒川温泉 新明館
現在の黒川温泉の共通理念となった「自然の雰囲気」をいち早く取り入れ、現在もそれを守り通している老舗旅館。
もちろん当時からの洞窟風呂は健在だ。
その後藤の指導のもとで、すべての旅館で自然を感じさせる露天風呂を造ろうとまとまったが、制約上、露天風呂が作れない2件の宿を救うため、組合は1986年(昭和61年)に、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行した。
そして1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂めぐりが実施され、これによって「露天風呂めぐりの黒川温泉」というブランドイメージが固まった。
黒川温泉の入湯手形
入湯手形は、ふれあい広場に建つ「風の舎」で1枚1300円で購入できるほか、各旅館でも販売している。

黒川温泉の車中泊事情

ただ「居心地」という観点からすると、さすがに人目も出入りも多く、落ち着ける場所でないことは確かだ。
現在は温泉街から少し離れたところに、150台が収容できてトイレもある新駐車場ができているので、そちらでも車中泊が可能だ。
なお、どうしても落ち着かないという人は、約12キロ・15分ほど離れたところにある「道の駅 小国」を利用するといい。

車中泊旅行者のための黒川温泉の楽しみ方
1度の旅で黒川温泉の入湯手形を使い切るには、初日の午後から来て2軒、1泊して翌朝に1軒というのが、無理のない温泉めぐりになると思う。
「ふれあい広場」のそばには、「べっちん館」と呼ばれる多目的施設があり、催しのない日の日中は、無料の休憩所として開放されているのだが、これは『ひとつひとつの旅館は「離れ部屋」、旅館をつなぐ小径は「渡り廊下」、温泉街全体で一つの「旅館」』、すなわち「黒川温泉一旅館」というコンセプトを体現している、黒川温泉らしいサービスだ。
スーパー銭湯や大きな共同温泉では当たり前だが、座敷がひとつあるだけで、バイクや小型の乗用車で訪れる旅行者は、ずいぶん楽な気持ちになれる。
また幸いなことに、小さいながらも黒川温泉には、温泉街にあたる「川端通り」があり、食事処・甘味処にくわえて、土産物屋や足湯もある。
写真は「味処なか」の、だご汁と地鶏めし1300円。
味処なか
☎0967-44-0706
営業時間:11時〜22時
こちらは古民家風のスイーツのお店「パティスリー麓」。
食べてみた塩麹のシュークリームは、「カリとろ」でとてもおいしかった。ただ2013年の取材当時は210円で食べられたが、2020年12月現在はメニューにあるのかないのかも不明。
パティスリー麓
☎0967-48-8101
営業時間:9時〜18時
最後に。
実は温泉街には、「黒川温泉発祥の湯」とされる共同温泉「地蔵湯」が残されている。
こちらが、その謂れを記した案内板。
浴室は草津温泉などにある「湯治場」としての共同浴場そのもの。
地蔵湯
営業時間:8時~19時
入浴料:200円
男女別内湯
ちなみに、共同浴場はもうひとつある。
穴場共同浴場
営業時間:8時30分~19時
入浴料:100円
混浴
高級ブランド志向の温泉地というのは、どちらかといえばマスコミが創り出したイメージで、当の黒川温泉は車中泊に対する姿勢でも分かる通り、気取らず、地に足をつけたお客様志向の姿勢を忘れてはいない。

小国郷 車中泊旅行ガイド
