「柳生の里」は”時代劇好きのアラ還”にオススメしたい、静かなる歴史観光スポット 

一刀石 史跡
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この記事は車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、現地取材を元に「車中泊ならではの旅」という観点から作成しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。
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由緒高き、柳生新陰流発祥の地

柳生の里

柳生の里【目次】

プロローグ
~アラ還にとって、柳生と云えば「十兵衛」~

柳生一族の系譜

柳生の里の概要と見どころ

柳生の里へのアクセスマップ

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プロローグ 
~アラ還にとって、柳生と云えば「十兵衛」~

出典:東映

昭和34年生まれの筆者の記憶に残る「柳生」といえば、剣をふるう姿が凛々しい無敵の隻眼(せきがん)剣士、「柳生十兵衛」だ。

写真は、今はなき千葉真一演じる「柳生十兵衛あばれ旅」のワンシーン。

徳川3代将軍・家光の治世下、風雲渦巻く中仙道を舞台に、二手に分かれた巡検使たちが、行く手をはばむ反徳川派の野望を打ち砕くという、時代劇ではお決まりのストーリーだが、この十兵衛を鮮明に覚えているということは、たぶん見ていたんだろうね(笑)。

ちなみに主なキャストは、千葉真一・真田広之・志穂美悦子・樹木希林。

放送されたのは、あの「北の国から」と同じ1982年。なんと40年も前の話である。

柳生一族の系譜

柳生の里

柳生一族を調べてみると、十兵衛よりすごいのは親父の宗矩(むねのり)で、それよりもっとすごいのが爺ちゃんの、石舟斎こと宗巌(むねよし)だった。

柳生の里

祖父の柳生宗巌は、戦国時代に松永久秀に仕えていた武将だが、松永は織田信長に滅ぼされ、宗厳は浪人となる。

ちょうどその頃、宗厳は新陰流の開祖・上泉信綱に出会い、その武芸の腕前に心酔して弟子入りし、柳生新陰流を創始した。

ちなみに石舟斎は入道後の号で、小説などではこちらで呼ばれることが多い。

柳生の里

1594年(文禄3年)、宗厳は家康に招かれ、五男の宗矩を連れて武芸を披露する。

それ以降、宗矩は家康に側近として仕え、「関ヶ原の戦い」にも従軍して、大和国柳生に2千石を与えられた。

その後、柳生新陰流は徳川家の御流儀となり、宗矩は2代将軍・秀忠と3代将軍・家光の兵法師範を務めるなど、歴代の将軍からも厚い信頼を得る。

また将軍家のほかにも、酒井忠勝、鍋島元茂、細川忠興らの諸大名も、門弟として宗矩から武芸を学んだ。

かくして加増を重ねた宗矩は、1万3千5百石の大和国柳生の初代藩主となり、譜代大名に名を連ねるに至る。

猿楽や華道、茶道にも通じていたという宗矩は、大名となるに相応しい人物だったといえるだろう。

その偉大な宗矩の家督を次いだのが、「十兵衛」の通り名で知られる三厳(みつよし)だ。

柳生新陰流

三厳もまた文武両道に長けた人物で、家光の小姓として仕えていたのだが、突然辞職して新陰流の研究に12年間没頭した後、諸国をめぐる旅に出る。

ゆえに後年、冒頭のような創作が生まれるわけだが、三厳は家督を継ぐ際に、父・宗矩の言葉に従って弟たちに石高の一部を分与したため、身分は旗本となっていた。

その後、三厳の弟で柳生家3代目当主となる宗冬は、徳川4代将軍・家綱の兵法師範に任命され、分与や相続、加増などを合わせて1万石に達したため、柳生家はふたたび譜代大名に復帰している。

しかし4代目当主・宗在(むねあり)の後、柳生家の血統は途絶え、以降は養子を迎えて家督を相続している。

ただ石高に変化はなく、先祖代々から伝わる新陰流を継承していくような形で柳生家は存続し、明治維新を迎えた。

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柳生の里の概要と見どころ

柳生の里

明治の「版籍奉還」以降、ごく普通の農村になった柳生の里だが、一族ゆかりの地は今もあちこちに残されている。

柳生の里

ここではその代表的な史跡を紹介しよう。

旧柳生藩家老屋敷

旧柳生藩家老屋敷

柳生藩の財政立て直しに尽力を注いだ家老・小山田氏の屋敷で、入館料は350円。

旧柳生藩家老屋敷

石垣には1841年(天保12年)に尾張石工が築いたと記されている。

旧柳生藩家老屋敷

1964年(昭和39年)に作家山岡壮八氏の所有となり、1971年(昭和46年)放映のNHK大河ドラマ「春の坂道」の構想はここで練られた。

その後は奈良市へ寄贈され、現在は中に柳生観光協会がある。

神護山芳徳禅寺

神護山芳徳禅寺

柳生家の菩提寺で、柳生の里が一望できる山上にある。

江戸時代初期の1638年に、柳生宗矩が父の菩提を弔うために、親交のあった沢庵(たくあん)和尚を招いて建立した。

柳生宗矩像

本堂には本尊の阿弥陀如来を中心に、柳生宗矩像と沢庵和尚像が安置されている。

神護山芳徳禅寺

また隣接する史料室には、柳生に関する資料も展示(拝観料200円)。

正木坂剣禅道場

正木坂剣禅道場

柳生十兵衛が、延べ約一万人ともいわれる弟子を鍛えたと伝えられる「正木坂道場」の名を受け継く剣道場で、屋根部分と柱は元々興福寺の別当・一乗条院にあったものを奈良地方裁判所から移築し、正面入口には京都所司代の玄関を移設している。

正木坂剣禅道場

1965年(昭和40年)に、当時の住職・橋本定芳氏の尽力によって、芳徳寺のすぐ下に建てられたこの道場では、今でも柳生新陰流の精神「剣禅一如」に通じる、剣道と座禅の修行が行われている。

天乃石立神社

天乃石立神社

柳生の里一帯には「剣豪」の歴史のみならず、大和高原エリアの特徴とも云える「巨石信仰」の痕跡が残されており、柳生の里の山中にある「天乃石立神社」は、巨石をご神体として祀っている。

一刀石

近くにある「一刀石」には、柳生石舟斎が天狗と試合中に一刀両断に断ち切ったという伝説も残る。

柳生の里へのアクセスマップ

柳生観光駐車場

このサイトはクルマ旅をテーマにしているので、観光駐車場へのルートをガイドしてくれるマップを添付しておこう。

そこから上記の史跡をまわっても、半日あれば十分足りる。

柳生の里

秋は近くに広大なコスモス畑が広がる。

枝豆

また丹波のように、大豆本来の姿の枝豆も売っている。

柳生観光駐車場
収容台数43台・普通車1日600円

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