歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、滋賀県にあった「織田信長」の居城「安土城跡」をめぐる際のベストルート及び、駐車場・車中泊事情を紹介しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド
この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
最初に安土城跡を訪ねるのは”愚の骨頂”。安土にはその前に行っておくべき場所がある。

「安土」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2014.04.11
2015.01.18
2022.11.06
2026.03.19
「安土城」での現地調査は2026年3月が最新です。
「安土城」見学のベストルート

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「安土城」の概要

日本人なら、「安土城」が天下統一を目前にした「織田信長」が築城した、自らの居城であることは周知の話だと思う。
この絵の通り、「安土城」は中心部をすべて石垣で囲み、その中に五重の天守と豪華な御殿を並べ建てた、『近世城郭の先駆け』だったと云われている。
だが、「安土城」が実稼働したのが、わずか3年間だったことをご存知だろうか?
正確に云うと、「安土城」は1576年(天正4年)1月に着工され、約3年後の1579年(天正7年)5月に天主が完成し、「織田信長」が岐阜から移り住んでいる。
しかし、「信長」が「本能寺の変」で無念の死を遂げた直後の1582年(天正10年)6月に、原因不明の火災で中心的な建物(天主・本丸)が焼失し、1585年に「豊臣秀吉」によって廃城が決定され、石垣なども取り壊された。
さらに残っていた部材は、1604年に築城が始まった「彦根城」に転用されている。

その意味からすると、「安土城」はまさしく『幻の巨城』になるわけだが、ここで大半の人の脳裏には、次の疑問が浮かぶ。
なぜ「安土城」は再建されないのか?

この写真は「大阪城」だが、基本的に日本の「名城」は、たとえ天守が無理でも、櫓や門くらいは再建されているもので、往時が偲べるようになっている。
しかし「安土城」は例外で、城趾には本当に石段と石垣以外は『何もない』。

安土城が再建できない(再建が困難な)主な理由は、当時の詳細な設計図や記録が残っておらず、外観や構造の「実像」が確実には分かっていないためといわれている。
それ以外にも、特別史跡であるため発掘調査が今も優先されていること、完全な木造復元には、500億円とも査定される多額の費用と技術が必要となることも、大きな障害になっている。
いっぽう戦国時代のランドマークとも呼べる「安土城」は、『夢のある再建を』『観光資源として必要』という市場の声と、『史実不明なのに作るべきではない』『遺跡を守るべき』という学識者の意見に割れているとも聞く。
すなわち「テーマパーク」を目指すのか、「遺跡」を目指すかだが、これは未来永劫、簡単に決着がつくとは思えない。

そんな中で、いま我々が目にしている「安土城」の絢爛豪華なビジュアルは、宣教師「ルイス・フロイス」 の記録や、発掘調査をもとにしたもので、現代のVRやCGを駆使すればいかようにもできる。
実は現在の安土には、その「テーマパーク」的施設と、ガチガチの「遺跡」が、うまく棲み分けしながら共存している。
もちろん理想は、「大阪城」のように「安土城内」に「テーマパーク」的施設もあることだが、成り行き上そうはなっておらず、それが観光客に「安土城」を分かりにくくしている最大の要因になっている。
云うまでもない話だが、観光客が行って楽しいのは前者に決まっている(笑)。
ゆえに冒頭で、『最初に安土城跡を訪ねるのは”愚の骨頂”』と記したわけだ。
最初に訪ねるべきは「滋賀県立安土城考古博物館」

というわけで、安土に来て最初に訪れるべき施設は、「滋賀県立安土城考古博物館」で、云わばここが安土の「大阪城」や「岡山城」の博物館を兼ねた天守に相当する。
電車で「安土城」を訪れる観光客には、後述する「JR安土駅」に隣接した「安土城郭資料館」がスタート地点になると思うが、それは「立地」における話で、純粋に「安土城」の理解を深めるという意味では、むしろ『最後の復習の場』にするほうが相応しいように感じる。
ゆえにマイカーの旅人には、ここから安土城探訪を始めるのがお勧めだ。
その「安土城考古博物館」が制作した、「安土城跡紹介動画」がネット上にあったので紹介しておこう。
その「滋賀県立安土城考古博物館」は、築城450年(2026年)に向けたプロジェクトの一環で、2025年3月に第1常設展示室を大幅にリニューアルオープンしたばかり。

そこには「織田信長」が築いた当時の壮麗な城を、上記とは異なる約15分のドラマ仕立てのCG映像で鑑賞できる、最新のシアターが新設されている。
滋賀県立安土城考古博物館
〒521-1311
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6678
☎0748-46-2424
おとな600円
9時~17時
月曜 休館
無料駐車場あり

そのままクルマを置いて、次の「信長の館」まで歩いて行ける。
続いて訪ねるべきは「安土城天主 信長の館」

「安土城天主 信長の館」は、1992年のセビリア万国博覧会に日本館として出展された、「安土城天主(5階・6階部分)」の原寸大復元を展示している施設だ。

館内に入ると、その大きさに圧倒される。

しかも見上げるだけでなく、最上階にも階段でアクセスできる。

おかげで金箔外壁や「狩野永徳」の金碧障壁画など、リアルに近い当時の装飾を間近に見られる点が素晴らしい。
またこちらでも「絢爛 安土城」と題された、主にその内部を紹介する動画を上映している。
ゆえに「安土城考古博物館」から続けて訪ねることで、「安土城」の魅力が内外からいっそう深く理解できる。
だが、「安土城天主 信長の館」の魅力はそれだけにとどまらない。
ここには、わずか3年間という「安土城」の短い実在期間中に生じた、大事件の”引き金”が展示されている。

その事件が、「徳川家康」を完成したての「安土城」に招いた「安土饗応」だ。
「安土饗応」とは、1582年(天正10年)の5月15日から17日(旧暦)にかけて催された、「織田・徳川連合軍」が「武田勝頼」の軍勢を「長篠」で打ち破り、「武田氏」を滅ぼした甲州征伐の労をねぎらうために、「信長」が「光秀」を饗応役に立てて開いた、豪華なおもてなしの席のこと。
しかし17日に、「信長」が「光秀」の用意した料理に「魚が腐っている(生魚が傷んで悪臭がした)」と難癖をつけ激怒。
「光秀」は饗応役から解任されただけでなく、即座に「羽柴秀吉」の援軍として、中国地方へ出陣するよう命じられる。
この屈辱的な仕打ちが引き金となり、「光秀」が1582年6月2日の「本能寺の変」に至ったとする「怨恨説」がまことしやかに語られてきた。
しかし近年では、「光秀」が準備した饗応の内容が「信長」の期待する基準(御成の礼法など)を満たしておらず、「家康」の到着直前にその不手際を見つけて激怒したという説が有力視されている。
また「本能寺の変」も、この件が直接的な要因ではないという意見が主流のようだ。

出典:NHK
ただ「大河ドラマ」的には、江戸時代にでっち上げられたこのストーリーのほうが分かりやすく、視聴者からのウケがいいのはよくわかる(笑)。
なお余談になるが、「本能寺の変」の真相については、2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」で時代考証を担当した、歴史学者「小和田哲男氏」の動画がおもしろいと思うので、興味があれば後ほどご覧いただきたい。
安土城天主 信長の館
〒521-1321
滋賀県近江八幡市安土町桑実寺777
☎0748-46-6512
おとな610円
9時~17時
月曜 休館
無料駐車場は「安土城考古博物館」と共用
「安土城跡」の見どころ

そしていよいよ「安土城跡」へと向かう。
「安土城跡」は、「安土城天主 信長の館」から約1キロのところにあるが、こちらにも無料駐車場があるので、クルマで移動するほうがいい。

標高198メートルの安土山一帯広がる「安土城跡」の所要時間は約45分で、「摠見寺」も拝観すれば90分ほどかかると云われており、想像以上にくたびれる(笑)。

さて。
「安土城跡」最大の見どころは、この「大手道」だ。
「安土城」には多くの外国人宣教師や公家・大名が訪れており、「大手道」はそうした来訪者を正式に迎える“表玄関”であったと同時に、両脇に家臣たちの屋敷が並ぶ『信長を頂点とする新しい政治秩序』を体感させる空間だったといわれてきた。

出典:安土城天主 信長の館
当時はこんな様子だったのだろう。
つまり「安土城跡」では、こういう光景を思い浮かべながら歩かないと、ただただ疲れるだけになる。

そしてこちらが「大手道」を登り詰めた山頂部に開かれた「天守跡」で、地面にはその礎石が今も残されている。
もっとも…
何の説明もなしに、これが天守の礎石だと分かる人は、このサイトの説明自体が要らないわけで、まずこの記事にアクセスすることもないはずだ(笑)。
これが見学料700円を支払って見られる「安土城跡」の実態だ。
なので、その価値を自分なりによく考えてから行くほうがいいと思う。
ちなみに「安土城」には、当時「信長」の家臣であった「秀吉」に関係する遺構が2つある。

そのひとつは「二の丸跡」に、1583年(天正11年)2月に「秀吉」が建立したとされる「織田信長廟」だ。
ただ「秀吉」がこの場所に信長廟を建てた背景には、織田家臣団の勢力争い(清洲会議後の柴田勝家らとの対立)が激化する中で、『我こそが後継者に相応しい』という正統性を天下に誇示する、強い政治的パフォーマンスがあったとされている。
なお「本能寺の変」で自刃したはずの「信長」の遺骸が見つからなかったため、「秀吉」は「信長」愛用の太刀・烏帽子・直垂(ひたたれ)などの遺品を寄せ集めてここに埋葬し、本廟とした。
ちなみに、「織田信長」の遺骸が埋蔵されている正真正銘の本廟はこちら。

「信長」は、自刃後速やかに本能寺から運び出され、すぐ近くにあった「阿弥陀寺」で荼毘に付されて埋葬されている。
そしてもうひとつは、「大手道」の脇に残る「伝 豊臣秀吉邸跡」。

アタマに「伝」がつくのは、ここに秀吉の屋敷があったという明確な裏付けが見当たらないためだ。
当時の「羽柴秀吉」の屋敷が城内にあるという説は、「安土城」が完成してから約100年後の江戸時代に描かれた、「貞享古図」などの絵図に「秀吉」の名前が記載されていることが根拠になっている。
だが、既に「長浜城」を与えられていたことと、中国攻めにかかりっきりであった当時の「秀吉」の状況から判断すると、その可能性は低いというのが最近の識者の見立てのようだ。
安土城跡公式サイト
〒521-1311
滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6371
☎0748-46-6594(安土山保勝会)
入場料:大人700円
※団体割引や身障者その他割引なし。
※摠見寺特別拝観(不定期)には、別途500円が必要(抹茶と菓子付)。
年中無休
午前8時半~午後17時(受付最終16時)
※季節により変動あり。
※摠見寺特別拝観は、午前8時半~午後15時まで(実施日のみ)
駐車場 無料
普通車 150 台・大型車10台
最後に「安土城郭資料館」へ

西洋好きのオシャレな「信長様」が見たら、「なんとダッセ~!」とダメ出しを食らわせそうな、「JR安土駅」南口に隣接する、白壁の古めかしい建物が「安土城郭資料館」だ。

一般的にはこの20分の1スケールで作られた、移動分割式の「安土城のひな形」が、いちばんの見どころと云われている。

確かに内部の天井絵や襖絵などの、絢爛豪華な様子も細かく再現されているのだが、実際のスケールを知る前にそれを見ても、今ひとつ感動は得られない。
結論から云うと、これを見る前に前述した「信長の館」でレプリカを目のあたりにしているからこその話になる。
それよりも筆者は、この『安土城と織田信長の時代』を絵巻のように再現した、「陶板壁画」に注目していただきたい。

右が「安土城」、左は「安土城下町」を描いたものだが、この「陶板壁画」は『狩野永徳が描いたとされる、安土城障壁画・屏風絵の世界』をもとに制作されたもので、オリジナルは「織田信長」がイエズス会に贈り、ローマに渡ったとされている。

事実上の天下人となった「信長」は、「安土城」を単なる軍事拠点ではなく、天下統一の象徴、権威の演出装置、外国人に見せる“日本の首都”と考え、それを世界に伝えようとしていたと考えられている。
「狩野永徳」は「信長」に重用された桃山時代最大級の絵師で、「安土城」では天主内部、障壁画、金碧画、城内装飾を担当したと伝わっているが、1582年の「本能寺の変」直後に「安土城」が焼失したことで、すべてが灰燼に帰してしまった。
ちなみに「陶板壁画」とは、陶器の板(陶板)に絵を焼き付けた巨大壁画のことで、紙や絹の屏風絵と違って、湿気に強いことから色褪せしにくく、長期間保存できる特徴がある。

その「陶板壁画」でとりわけ有名なのが、世界中の名画を展示する徳島県の鳴門にある「大塚国際美術館」だ。
ここへ足を運べば、そのクオリティーがよく分かるのだが、「安土城郭資料館」の作品もそれに負けないほどの質感がある。

さて。
「安土城郭資料館」では、2階にも「信長」や「安土城」に関する書籍を展示する「安土文庫」がある。

さらにくたびれたら、宣教師が「織田信長」に献上したとされるエスプレッソ(350円)とカプチーノ(300円)もいただける。
安土城郭資料館
〒521-1343
滋賀県近江八幡市安土町小中700
☎0748-46-5616
おとな200円
午前9時~午後5時(受付最終16時30分)
月曜 定休 年末年始 休館
なおここは、100名城のスタンプ設置場所にもなっている。

駐車場
「安土城郭資料館」から見える、安土駅南側に専用場駐車あり。
料金は無料。利用時間は9時~17時。
Ps
さらに時間があれば、「JR安土駅」の反対側(北口)にも足を運ぶといい。

そこには「信長」が好んだ『人間五十年〜』でお馴染みの、「敦盛」を舞っているようにも見える銅像が建っている。

そしてこちらが「観光案内所」。
どちらかといえば、こっちが「安土城郭資料館」でいいんじゃないのと思ったりするわけだが、最後に壁に描かれた「安土城」大手道の石段を見て、『よく頑張って本丸まで登ったもんだ!』と、自分を褒めて帰ろう(笑)。
安土の車中泊事情

近江八幡市にある「安土城跡」の周辺には、いくつか道の駅があるので、車中泊で困ることはない。
近いのは、約12キロ・クルマで30分のところにある「道の駅 せせらぎの里こうら」と、同じく約12キロ・25分のところにある「道の駅 竜王かがみの里」だ。

「道の駅 せせらぎの里こうら」は、大河ドラマ「豊臣兄弟」でも描かれた、「羽柴秀長」の家臣として「安土城」の築城に参加し、後に『築城の名手』と謳われる、「藤堂高虎」の生まれ故郷のすぐ近くにあるので、歴史ファンには楽しいところだ。
いっぽう「道の駅 竜王かがみの里」は、施設そのものは悪くないのだが、公式サイトに『24時間トイレに近い駅舎前のメインの駐車場が夜間閉鎖される』との記載が残っており、気にはなる人もあると思う。
また営業時間中に店内にも行きたい人には、約16キロ・25分のところにある「道の駅 東近江市あいとうマーガレットステーション」が、カントリー系の雑貨の品揃えが充実していてお勧めだ。
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