歴史に精通する、車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家がまとめた、2024年放送の大河ドラマ「光る君へ」に登場した、滋賀県大津市に残る源氏物語発祥の地「石山寺」の概要と車中泊に関する情報です。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド
この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
石山寺は紫式部が源氏物語の構想を練ったと伝わる、滋賀県の大津にある名刹

石山寺のDATA
石山寺
〒520-0861
滋賀県大津市石山寺1丁目1-1
☎077-537-0013
入山料600円
本堂内陣500円
セット券1200円
※入山+本堂内陣+豊浄殿などの特別拝観
8時~16時30分
駐車場あり(有料)
「石山寺」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2024.04.06
「石山寺」での現地調査は2024年4月が最終で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2026年2月に更新しています。
石山寺

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石山寺の歴史と概要

「石山寺」は奈良時代の747年に、「聖武天皇」の勅願により「良弁(ろうべん)僧正」が創建したと伝わる真言宗の古刹だ。
ということで、
「紫式部」との関わりの前に、まずは古刹ならではという話から始めよう。

「石山寺」の寺名は、境内にそびえる巨大な天然記念物の「硅灰石(けいかいせき)」に由来している。

「石山寺」の境内には、『天智天皇の石切り場』と呼ばれる、飛鳥・奈良時代の巨大な石切り場跡が残されており、「硅灰石」が露出する本堂周辺で採石された石材は、飛鳥の「川原寺」などの礎石に使われたと古文書に記されている。
奈良の都の「天智天皇」が、滋賀の大津を何ゆえご存知で?
と思う人も多いと思うが、「天智天皇」は「中大兄皇子」と呼ばれた645年に、「中臣鎌足」らと『乙巳の変』を起こして「蘇我氏」を討ち、天皇中心の中央集権国家を目指した政治改革『大化の改新』を主導した人物だ。

現在の「大阪城」の隣に「難波宮」を作ったのも彼だし、なんと663年の『白村江の戦い』での敗戦を受け、国土防衛の強化のために「大津宮」への遷都も行っている。
つまりわずか5年間だったとはいえ、この滋賀の大津が日本の都だった時期がある。
ちなみに現在は学校で、『大化の改新、ムシゴヒキ』とは教えない(笑)。
我々のお孫ちゃんたちは、ムシゴヒキこと645年は、「乙巳の変」が起こった年と習うので気をつけよう。
そして、もうひとつ興味深い話がある。
平安時代を通り越してしまうのだが、戦国時代が好きな人なら、「石山」と聞けば思い出すものがあるはずだ。

「石山」がつく寺院で有名なのは、「石山寺」より、これまた今の「大阪城」の地にあった「石山本願寺」だと思う。

「石山本願寺」は、室町時代の1496年に本願寺第8世の「蓮如」が建立した浄土真宗の寺院で、のちに「織田信長」と10年以上にわたる「石山合戦」を繰り広げた、要塞寺院として知られている。
「信長」の死後、「秀吉」の計らいで「本願寺」は現在の京都の「西本願寺」となり、現在は世界遺産にも登録されているのだが、「石山寺」にはその「蓮如」の生母を祀る「蓮如堂」が建てられている。

「石山寺」は真言宗なので宗派は異なるが、「石山観音の化身」であったという伝承が残る「蓮如」の生母との関わりから、両者は歴史的に通じている。
というように、「古刹」というのは丁寧に見ていけば、思いもよらないものとの関連があったりするからおもしろい。
公式サイトには、それがわかりやすく記されているので、行かれる際には目を通しておいて損はないと思う。
さて。
「石山寺」の本尊である「如意輪観音(にょいりんかんいん)」は、「安産」「縁結び」「福徳」の仏様として、平安貴族の女性たちから篤い信仰を集めていた。
当時の女房(宮中に仕える女性)たちにとって、御所での生活は息苦しいものだったようで、船や輿(こし)に乗って京の都から逢坂山を越え、琵琶湖の南をめざす「石山詣(いしやまもうで)」は、日常を離れて心身をリフレッシュする絶好の小旅行になっていたという。

そのような背景に加え、「源氏物語」に少なからず影響を与えたとされる「蜻蛉日記」の作者「藤原道綱の母」が「石山詣」を訪れていたことが、「紫式部」が足を運ぶきっかけになったと云われている。
「石山寺」と紫式部

1004年、女房として仕える中宮の「藤原彰子」から、新しい物語が読みたいという要望を受けた「紫式部」が、「石山寺」に7日間参籠し、琵琶湖に映る十五夜の名月から着想を得て、『今宵は十五夜なりけり』と起筆したのが、世にいう『源氏物語の始まり』の”定説”だ。

国宝に指定される本堂の一角には、「紫式部」が「源氏物語」を執筆していたとされる部屋が「源氏の間」として残されており、今も間近に眺めることができる。
もっとも…
現在の「源氏の間」は後世に整備されたもので、平安時代のままとは違うようだ。
そこで、『紫式部が石山寺で源氏物語を起草したのは本当か?』とAIにたずねた結果、以下のような回答が得られた。
●「紫式部」が「石山寺」を知っていた可能性はかなり高い
●実際に参詣した可能性あり
●「石山寺」で「源氏物語」を書き始めたというのは、伝承の域
●月を見て着想を得たというのは、後世の脚色の可能性大
まあ無難というか、筆者にも予想できた答えだったが(笑)、現代の歴史解釈には、総じて江戸時代に書かれた古文書が大きく反映されている。
しかしこれから100年200年先には、「大河ドラマ」がその古文書の代わりを果たしているかもしれない。

出典:NHK
そうなると、
『藤原道長が石山寺まで来て、紫式部を抱いたのは真実か?』
なんて議論が、真面目に行われる可能性は否定できない(笑)。
老婆心ながら、昨今話題の『大河ドラマはホームドラマ』という無責任な風潮が、未来のとんだ火種にならないことを祈りたいものだ。
いくらおもしろくても、何事にも節度というものがあるだろう。

ちなみに大河ドラマ「光る君へ」が放送されている2024年は、境内にある「世尊院」が、大河ドラマ館の会場に充てられ、展覧会「源氏物語 恋するもののあはれ展」も同時開催されていた。

なんだかんだ云いつつ、筆者は2010年放送の「龍馬伝」以降、すべての大河ドラマの「ドラマ館」に足を運んでいる(笑)。
「石山寺」のアクセスマップ
石山寺周辺の車中泊事情

まず道の駅では、「こんぜの里りっとう」が最寄りに見えるが、ここは山中にあって駐車場も傾斜しており、車中泊に適しているとは思えない。
そのため、「道の駅 アグリの郷栗東」か「道の駅 草津」のほうがまだいい。


それより筆者がお勧めするのは、コインシャワーがある名神高速道路の「大津SA・下り線」だ。

ただしここは、利用時に気をつけておかなければならないことがある。
「大津SA」は「大津インター」と隣接しており、「石山寺」から国道で約8キロ・15分ほどあれば行けるのだが、「大津SA」は「大津インター」から流入するとサービスエリアには行けず、直接本線に合流させられるため、駐車場で車中泊をすることができない。
そのため利用時は、320円支払って「瀬田西IC」から名神高速に乗り、「大津SA」に向かう必要がある。
少しお金はかかるものの、実際に行くのは簡単で、前述した道の駅に比べると設備は圧倒的にいい。
またSAからインター出口には行くことができるので、翌日は高速道路を走らなくても済む。
大河ドラマ「光る君へ」 ゆかりの地
「京都御所」はもちろん、「紫式部」の住居とされる「廬山寺」から「宇治」にいたる、ゆかりの各所をまとめてご紹介。
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