<鶴岡・酒田> 庄内車中泊旅行ガイド【クルマ旅のプロが解説】

鶴岡・酒田 庄内車中泊ガイド

25年のキャリアを誇る車中泊旅行家がまとめた、山形県の庄内エリアにある城下町「鶴岡」と、港町「酒田」の見どころと車中泊事情です。

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この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づき、全国各地の「クルマ旅にお勧めしたい観光地」を、「車中泊旅行者目線」からご紹介しています。

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~ここから本編が始まります。~

この地を理解するキーワードは「庄内藩」。
~江戸時代にそのもとで栄えた城下町が「鶴岡」で、港町が「酒田」~

鶴岡

「庄内」の筆者の歴訪記録

※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。

2010.08.26
2015.08.27

2024.10.16

「庄内」での現地調査は2024年10月が最終で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2025年10月に更新しています。

<鶴岡・酒田> 庄内車中泊旅行ガイド

相馬樓

庄内地方のロケーション

庄内地方の基盤を築いたのは
最上義光」

「庄内藩」の繁栄を支えたのは
「酒井氏」

庄内地方を愉しむ秘訣

東北独自の文化と出会える場所
「羽黒山」

江戸から来て庄内に根付いた文化と
出会える場所「鶴岡」

上方から来て庄内に根付いた文化と
出会える場所「酒田」

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庄内地方のロケーション

出典:農林水産省

山形県北西部に位置する「庄内地方」は、東は「出羽山地」を境に県の内陸部と、南は「朝日山地」を境に「新潟県」と、北は「鳥海山」を境に「秋田県」と接し、西側が日本海に開けている広大な平野地帯だ。

核となる「鶴岡」「酒田」の2つの都市に加え、「三川町」「庄内町」「遊佐町」の3つの町を有し、その面積は山形県の約1/4を占めている。

ところで。

東北地方から遠く離れた地域で暮らす人間でも、「庄内平野」という言葉を覚えている人は多いと思う。

出典:庄内町

それは小学生の時に、「庄内平野」を日本を代表する穀倉地帯として、社会科の授業で習っているからだ。

ザックリ云うと、山田県は全国で4番目に多いコメの生産県だが、そのうちの約50%が「庄内平野」で収穫されている。

また今で云うブランド米の先駆けにあたる、「ササニシキ」「コシヒカリ」のルーツとなった品種、「亀ノ尾」も「庄内」で生み出された。

庄内平野

そのスケールを体感するには、「庄内平野」の農道を、実際にクルマで走ってみるのがいちばんだろう(笑)。

そしてここからは、その「庄内地方」を現在の穀倉地帯へと導いた、”功労者”の話をしたいと思う。

ローマ同様『庄内は一日にして成らず』。

その発展の過程の中で、今の見どころが生まれている。

庄内地方の基盤を築いたのは「最上義光」

山形城 最上義光

この話は下の記事でも触れているのだが、戦国武将を絵に書いたような「最上義光(よしあき)」は、安土桃山時代に東北地方の大名を次々と打ち破り、居城のある現在の「山形市」から、「最上川」を辿るように領土を拡張していき、ついには「庄内地方」を押さえて日本海に到達する。

その直後に、一度は「庄内」を返上して「豊臣秀吉」に従うのだが、『関白秀次切腹事件』で愛想をつかし、「徳川家康」の配下となった。

1600年に「関ヶ原の戦い」で「徳川方」が勝利し、「北の関ヶ原」と呼ばれた「慶長出羽合戦」で功を挙げた「最上義光」は、翌年に「庄内地方」を含む57万石の領地を拝領する。

再びその手に戻った「庄内地方」は、内陸の山形城を本拠地にする「義光」にとって、稲作と最上川の水運、さらには日本海の海運を支える重要な領地で、義光はその整備に多大な時間と労力を費やしている。

最上川の三難所

とりわけ大きかったのは、『最上川の三難所』とされていた「碁点」「三ヶ瀬」「隼」を、大掛かりな工事によって開削し、最上川の舟運の憂いを取り除いたことだろう。

しかし「義光」の死後、「最上家」で内紛が勃発。1622年に藩内の混乱を収束できなかったことを理由に改易されてしまう。

その後「山形藩」の領地は4藩に分割され、「庄内」は”徳川四天王”のひとりである「酒井忠次」の孫「酒井忠勝」が14万石で拝領し、新たに「庄内藩」が成立した。

「庄内藩」の繁栄を支えたのは「酒井氏」

出典:NHK

2023年に放送されたNHKの大河ドラマ「どうする家康」で、「酒井忠次」役を演じていたのが「大森南朋」と聞けば、「ああ、あの人か」と思い出す人も多いと思う。

大河ドラマで描かれていたように、幼少期より「徳川家康」の父「松平広忠」に仕え、「家康」が「今川義元」の人質となった際には駿府に同行。

「家康」が「岡崎城主」に返り咲いた後も、生涯「家康」の忠臣として働き、数々の勲功を挙げている。

さて。

出典:鶴岡市

「忠勝」が「鶴ヶ岡城」を本拠地と定めて以降、代々の藩主は54年の歳月をかけて、簡素だった城を近世城郭に造り変え、城下町「鶴岡」を整備していく。

領民からの信頼も厚かった「酒井氏」は、幕末まで「庄内藩」を治めることになるのだが、「庄内藩」は”一国一城令”の下でも、海に開けた「酒田」を城下町とする、「亀ヶ崎城」の保有を認められていた。

その結果「鶴岡」は「庄内藩」の政庁、「酒田」は北前船の港町として、同じアイデンティティーのもとで、それぞれ独自の発展を遂げていくことになる。

保科正之

そしてそれが外様大名が多い東北の地で、「徳川家康」の孫で三代将軍「徳川家光」の異母弟、「保科正之」の入府で”親藩”となった「会津藩」を支える、『”譜代”の重鎮』としての役割を全うする”原動力”となった。

「庄内藩」は幕末の”尊王攘夷運動”が盛んだった時期に、江戸市中の取り締まりを担い、実戦経験を積んだ強力な藩として名を挙げている。

さらに「戊辰戦争」では官軍と戦い、連戦連勝しながらも「会津藩」の降伏で、『勝ったまま降伏した』という話は有名だ。

庄内地方を愉しむ秘訣

出典:毎日新聞

「庄内地方」の特徴を明快に云い当てているのは、歴史作家の「司馬遼太郎」だ。

彼は「庄内は、いわば東北・江戸・上方という3つの潮目になるという珍しい場所だけに、人智の点だけでいっても、その発達がきわだっている」と書き、庄内には”3つの文化”があると云っている。

ひとつは”出羽三山”に代表される山岳宗教等の、古代から東北に根付く独自の文化で、もうひとつは”初代庄内藩主”としてこの地に転封された、徳川譜代の「酒井氏」が持ち込んだ江戸の文化。そして最後が、北前船によって持ち込まれた、上方というか京の都の文化になる。

庄内から米を載せた廻り船は、戻りは”空船”でなく、”計り知れない文化”を載せてきたわけで、このことを理解して旅に出れば、間違いなく『庄内は10倍おもしろくなる』。

観光とは、云い替えれば『その地で育まれた文化』と出会うことで、それは、衣食住のあらゆる要素に共通している。

ここで一旦、コマーシャルを(笑)。

 

東北独自の文化と出会える場所「羽黒山」

羽黒山 蜂子社

”出羽三山”の山岳信仰のルーツは、「聖徳太子」の叔父にあたる「崇峻(すしゅん)天皇」の御子の「蜂子(はちこ)皇子」が、「蘇我氏」に追われて出羽国に逃れ、霊烏(れいう)の導きで「羽黒山」に登り、苦行の末に「羽黒権現」の示現を拝したことにあると伝えられている。

ということは、これも大和から伝わってきた文化ということになるのだが、日本には縄文時代から山を神聖なものとして崇拝してきた歴史があり、”出羽三山”でも古来の自然崇拝に、仏教・密教・陰陽道・道教などが融合して、独自の山岳信仰が形成されている。

”出羽三山”の信仰は、羽黒山を「現在」、月山を「過去」、湯殿山を「未来」に見立てる『生まれかわりの旅』で、羽黒修験道では「三関三渡(さんかんさんど)の行」と呼ばれ、江戸時代に庶民の間で広がった。

”出羽三山”は「日本遺産」に登録されており、以下のサイトに詳細が記されている。

さて。

ここから先は、「羽黒山」の話になる。

羽黒山 随神門

写真は「羽黒山」の参道入口にある「随神門」で、ここより内は「月山」を越えて「湯殿山」まで広がる、”出羽三山”の神域とされている。

羽黒山 五重塔

「隋神門」から山頂まで約1.7キロに渡って続く参道には、2446段の石段と杉並木が続き、途中に「国宝五重塔」がある。

羽黒山 三神合祭殿

そしてこちらが、標高414メートルの「羽黒山」山頂に鎮座する、三山の神を合祭した「出羽神社」の社殿「三神合祭殿」。

冬の「月山」と「湯殿山」は雪に埋もれてしまうため、三山の参拝と祭典はすべてここで執り行われる。

羽黒山の杉並木

なお、国の特別天然記念物に指定されている『羽黒山の杉並木』は、2009年(平成21年)に出版された、日本の観光地を案内する「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン・Guide vert(フランス語版)」で、『わざわざ訪れる価値がある』とされる3つ星の評価を獲得している。

マイカーでのアクセスは「羽黒山有料道路(普通車 往復400円)」を通って山を登り、無料の「出羽三山神社駐車場」に車を停め、そこから参道を歩く。

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「拡大地図を表示」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 高速道路か国道にするかを選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると表示されます。

江戸から来て庄内に根付いた文化と出会える場所「鶴岡」

まず現在の鶴岡市は、こちらのCMにあるように、出羽三山・加茂水族館・温泉地などの「自然・文化」と、ユネスコの食文化創造都市に認定されるほどの「食」を魅力に掲げた、観光PRを行っている。

ただ当サイトでは、ここまでの話の流れから、「庄内藩」の政庁としての「歴史」に関連する、3つのスポットを紹介しよう。

致道博物館

致道博物館

鶴岡の歴史や文化を紹介・展示しており、「鶴ヶ岡城」の三の丸、庄内藩主酒井家の御用屋敷だったところを博物館として公開し、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンでも、ひとつ星を獲得している。

おとな1,000円
9時〜17時(受付最終16時30分)
12月~2月は水曜日 定休

庄内藩校 致道館

庄内藩校 致道館

現存する東北唯一の藩校建築で、表御門・聖廟・講堂・御入間などが現在も残り、国指定史跡として一般公開されている。

「庄内藩」の士風の刷新と、優れた人材の育成を目的に、1805年(文化2年)に9代目藩主の「酒井忠徳」が創設。

「荻生 徂徠(おぎゅう そらい)」が唱えた儒学思想「徂徠学」を教学に、質実剛健な教育文化の風土を育む土壌となった。

見学無料
9時〜16時
水曜 定休

鶴岡市立藤沢周平記念館

鶴岡市立藤沢周平記念館

「たそがれ清兵衛」「武士の一分」「蝉しぐれ」等の人気作品で知られる時代小説家「藤沢周平」の記念館で、自筆原稿や創作資料と愛用品の展示に加え、東京にあった自宅書斎を再現している。

ちなみに作品の舞台として登場する「海坂藩(うなさかはん)」は、庄内藩をモデルにしている。

おとな320円
9時〜16時30分
水曜 定休

上方から来て庄内に根付いた文化と出会える場所「酒田」

酒田

江戸時代の初期に、「最上義光」によって整備された「最上川」の舟運を用い、米や内陸の紅花が集積されるようになったことで開けた町が酒田だ。

出典:Wikipedia

今でも古い和風建築が目立つ酒田の町は、その後さらに「北前船」の登場で、上方や江戸へ物資を輸送する寄港地として、大きな発展を遂げていった。

西廻り航路と北前船

酒田

江戸時代の初期は、日本海の港や北海道の港から津軽海峡を通って太平洋に出る「東廻り航路」で、江戸や大阪に米と魚や特産品などが運ばれていた。

しかし、「東廻り航路」は太平洋側を北へ向かう黒潮の流れに逆らって進む必要があるため、瀬戸内海を通って大阪、江戸へと向かう「西廻り航路」の方が、荷物を安く安全に運べることから主流となる。

その結果、酒田から佐渡・能登・下関などを経て大阪に至り、紀伊半島を迂回して江戸に向かう「西廻り航路」を通る船を「北前船」と呼ぶようになった。

「北前船」は航行する船主が寄港先で商品を売り買いすることで利益を上げていた。

当初は近江商人がその主導権を握っていたが、やがて船主が力をつけ、自らが主体となって商売を行うようになっていく。

東北の米を一手に握る酒田が、「西廻り航路」の”主役”となったことから、地元には豪商が次々に誕生し、町は「酒田三十六人衆」という自治組織により運営され、その繁栄ぶりは「西の堺、東の酒田」と呼ばれるほどの絶頂期を迎える。

しかし明治を迎えて、鉄道ができると舟運は衰退。

酒田港は1951年(昭和26年)に重要港湾に指定され、現在は東方水上シルクロードや釜山港とのコンテナ航路が開設され、アジアとの交易が進められている。

ということで、ここでは往時の繁栄ぶりを現代に伝えている、3つの観光スポットを紹介しよう。

山居倉庫

山居倉庫

1893年(明治26)年に建てられた米の保管倉庫群で、庄内米の積出港として賑わった酒田の歴史と栄華を物語る国指定史跡。

NHK朝の連続テレビ小説「おしん」にも登場し、幾つかのCMの舞台にも使われているので、見覚えのある人もあると思う。

10,800トン(18万俵)もの収容能力を誇る、”白壁土蔵づくり”の9棟からなる倉庫群は、夏の高温防止のために背後にケヤキ並木を配し、内部の湿気防止に二重屋根を採用するなど、自然を利用した先人の知恵が生かされた低温倉庫として、つい最近まで現役で使われてきたが、2022年9月に129年の米倉庫としての役割を終えている。

出典:山形新聞

なお2025年4月に、12号棟の「酒田夢の倶楽跡地」に、史跡山居倉庫の本質的価値や歴史を解説する「山居倉庫インフォメーションセンター」がオープン。

センター内には米流通の歴史や山居倉庫の建物についての説明、見どころを解説したパネルなどが展示されている。

入場は無料で、開館時間は9時から16時半までで、年末年始は休館となる。

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「拡大地図を表示」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 高速道路か国道にするかを選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると表示されます。

続いては、北前船の船主や、商人たちが利用した料亭をご紹介。

山王くらぶ

山王くらぶ

「山王くらぶ」は、1895年(明治28年)に建てられた、酒田を代表する規模と格式を持つ料亭で、1999年(平成11年)まで営業していたが、現在は酒田の伝統文化や歴史を、料亭ならではの建物とともに体験できる観光施設になっている。

山王くらぶ

館内では北前船で賑わった時代と、訪れた文人墨客を紹介している展示と、日本三大つるし飾りのひとつに挙げられている「傘福」や、人形作家「辻村寿三郎氏」の作品を見ることができる。

山王くらぶ

おとな410円
9時〜17時(受付最終16時30分)
火曜 定休

最後は豪商の屋敷だが、酒田の豪商で忘れてはならない存在が、日本一の大地主と呼ばれた「本間家」だ。

本間家旧本邸

出典:旅東北

1768年(明和5年)に、本間家三代当主「光丘」が、幕府の巡見使一行を迎えるための宿舎として新築し、荘内藩主「酒井家」に献上した後、拝領した。

築250年を超える武家造りと商家造りが一体となった珍しい建物で、本間家がその時代時代に応じて町とともに歩み、刻んできた歴史を感じることができる。

大人900円
9時30分~16時30分
※11月~2月は16時まで

ところで。

「庄内藩」といえば「戊辰戦争」における数々の奮戦ぶりが有名だが、新政府軍に対して有利に戦いを進めることができたのは、藩の財政を支えた「本間家」のおかげと云われている。

「本間家」からの献納によって、「庄内藩」は「スペンサー銃」などの最新兵器を装備し、訓練も行き届いた強力な部隊を有していた。

「会津藩」の降伏で、「庄内藩」は過酷な罰を覚悟したが、ここでも「本間家」から新政府に対して30万両とも云われる献金が功を奏し、戦後処理を担当した「西郷隆盛」の配慮もあって、わずか5万石の減封で事なきを得ている。

旧鐙屋

なお、「酒田三十六人衆」の筆頭格として町年寄役を勤め、その繁栄ぶりが「井原西鶴」の「日本永代蔵」にも紹介された、廻船問屋「鐙屋」の国指定史跡の屋敷(旧鐙屋)は、2020年10月から大規模改修のため休館となっている(耐震化と屋根の葺き替え作業などが完了するのは、2027年3月の予定)。

最後に、港町らしい海鮮料理がリーズナブルに味わえるグルメスポットを紹介して終わろう。

さかた海鮮市場/海鮮どんやとびしま

さかた海鮮市場

酒田港のすぐ近くにある。

1階の菅原鮮魚では、水揚げされたばかりの新鮮な地魚を持ち帰り用の箱詰めにしたり、調理方法を詳しく聞かせてもらえる。

その2階にあるのが「海鮮どんやとびしま」で、大漁旗が飾られた観光地によくある広い食堂だが、出される料理のボリュームと値段には目を見張る。刺身だけではなく、煮魚や焼き魚も食べられる。

食事処 海鮮どんやとびしま 舟盛膳

午後の部の人気メニューは、ボリューム感のある厚切りの刺身が約10種類味わえる、数量限定の「舟盛膳」1400円。

ただし、事前に整理券をもらわないとすぐに売り切れるのでご注意を。

☎0234-26-6111
朝の部:7時~9時
午後の部:11時~19時

 

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