歴史に精通する、車中泊旅行歴25年のクルマ旅旅行家がまとめた、伊達家と上杉家にゆかりの深い山形県「米沢」の見どころと車中泊事情です。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド
この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
米沢は「伊達」と「上杉」ゆかりの城下町。

「米沢」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2011.10.18
2012.04.24
2020.07.15
2021.04.12
2024.10.13
「米沢」での現地調査は2024年10月が最終で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2025年10月に更新しています。
米沢の見どころと車中泊事情

米沢のロケーション

福島県との県境に近い「米沢」の町は、「会津若松市」から国道121号を、真北に65キロほど進んだ内陸部にある。

国道とはいえ、江戸時代に「会津西街道」と呼ばれた121号は走りやすい道で、所要時間は1時間15分ほど。途中にはご当地ラーメンで有名な「喜多方」の町がある。
また「東北自動車道」から「福島ジャンクション」で分岐する、無料の「東北中央自動車道」ができてからは、高速道路でのアクセスが格段に向上しており、用途に応じて使い分けをするといい。
特に紅葉シーズンに「会津若松」から「裏磐梯」に立ち寄る場合は、このルートが役に立つ。

「米沢」からは、将棋の駒作りで有名な「天童温泉」、「芭蕉」の「奥の細道」ゆかりの「尾花沢」、さらに内陸部を北上すれば、焼きそばでB-1グランプリを獲得した秋田県の「横手」から、桜の武家屋敷でお馴染みの「角館」を経て、「乳頭温泉」「玉川温泉」を抜け、最後は青森県の「弘前」へと、東北内陸部の主だった観光地を国道づたいに辿っていくことができる。

出典:イヌトミィ
その意味からすると、「米沢」は「会津若松」から始まる「車中泊・東北内陸旅」の「宿場町」と呼ぶにふさわしい。
米沢の歴史

とっつきやすいところから始めると、「米沢」は独眼竜と呼ばれた「伊達政宗」が生まれた場所で、若き「政宗」はここから「会津」を攻めて一度は手中に収めるが、天下人となった「秀吉」に召し上げられ、宮城の「岩出山城」に転封される。

そこから「仙台」に進出し、陸奥の覇者となるのはもう少し先の話だ。

その後の「米沢」は、「秀吉」が120万石という破格の待遇で「会津」に迎え入れた、「上杉景勝」の家老「直江兼続」が治めていたが、「秀吉」がこの世を去り、本性を露わにした「家康」との対立を極めた「景勝」は、「関ヶ原の合戦」後にわずか30 万石に減封され、「会津」から「兼続」のいる「米沢」へと追いやられる。

ちなみに「上杉」と云えば、戦上手で”越後の虎”あるいは”越後の龍”とも呼ばれた、「上杉謙信」を知らない人はいまい。

「謙信」は「義」を重んじ、領土拡大を目論む「武田信玄」や「北条氏政」の壁となって、「越後国(現在の新潟県)」を支配したが、享年49歳で急死。
出家僧として妻を娶らず、身内どうしの争いを避けるために子供を作ろうとしなかったことが裏目に出て、その後の「上杉家」では養子同士の家督争いが勃発する。
その混乱を制して跡目を継いだのが、「兼続」が小姓として仕える、「謙信」の姉の長男「景勝」だった。
そしてこの『一連の上杉家の歴史』を、「直江兼続」を主人公に描いたのが、NHK大河ドラマ「天地人」だ。
NHK大河ドラマ「天地人」

2009年放送
わずか5歳で「上杉景勝」の家臣となった「直江兼続」が、「上杉謙信」の「義」の精神を受け継ぎ、仁愛の「愛」を貫いて、主君とともに激動の戦国時代を生き抜く生涯を描いた、大河ドラマの第48作。
「謙信」との師弟関係、主君「景勝」との信頼の絆、「石田三成」との友情、年上の女房「お船」との情愛など、人間味溢れる戦国武将の生き様が、現代人に「人としての有り様」を問いかける。
主な出演者:
妻夫木聡/北村一輝/常盤貴子/阿部寛/松方弘樹 ほか
全話のショートムービーはこちら。
主演の若き「妻夫木聡」も爽やかだったが、何と云っても子役で登場した”子ども店長”「加藤清史郎」君のインパクトがすごかった(笑)。
第1話で言い放った『儂(わし)はこんなところ来とうはなかった!』は、同年の新語・流行語大賞にノミネートされたほどで、その映像がこちらだ。
視聴者から再登場を要望する声が多かったため、「清史郎」君は兼続の子・竹松(直江景明)役で再出演しているのだが、それも含めて前作の「篤姫」と同様、若手俳優の積極的な起用とホームドラマ的な雰囲気などにより、最高視聴率26.0%、平均視聴率 21.2%という高い視聴率を記録したというのも頷けた。
米沢の見どころ

出典:道の駅米沢公式サイト
「米沢」では、「直江兼続」が着用していた「愛の兜」の本物が見られるだけに、「大河ドラマ」好きが素通りできないのは当然だと思うが(笑)、桜を含めた見どころが「上杉神社」のある「松が岬公園」一帯に集中しており、今は近くに充実した設備を誇る「道の駅 米沢」もできている。
なお「道の駅 米沢」については、後ほど改めて詳しく紹介する。

堀に囲まれた「米沢城」址を整備した「松が岬公園」は、市民の憩いの場であると同時に、城下町の歴史と文化の中心地にもなっている。

山形県屈指の桜の名所には、例年4月中下旬になると堀沿いに200本の桜が咲き誇る。

敷地には、ゆかりの武将の銅像と「謙信」公を祀る「上杉神社」と、宝物殿の「稽照殿(けいしょうでん)」がある。

ちなみに「天地人」の中で、「直江兼続」は戦場に「愛」の文字が飾られた兜をかぶって登場するが、その本物の「愛の兜」が「稽照殿」に保管されている。

出典:群馬県立歴史博物館(特別展)
稽照殿
一般 700円
9時30分~16時(受付最終15時45分)
3月下旬~11月25日
8月をのぞく第2水曜 定休

また「松が岬公園」の周りには、「上杉博物館」と、9代目藩主「上杉鷹山」を祀る摂社「松岬神社」がある。

「上杉博物館」の館内では、「上杉景勝」の「米沢」転封から、名君と慕われた「上杉鷹山」の財政改革へと続く、「米沢藩」の歴史が分かりやすく展示されている。
米沢市上杉博物館
おとな410円
9時~17時
第4水曜 定休

さて。
江戸時代の「上杉氏」は、所領を1/4まで減らされたにもかかわらず、家来をそのまま召し離さず、困窮に苦しみながらも、12代に渡って「米沢」の地を守り続け、やがて明治維新を迎えるのだが、

その間の最大ともいえる財政危機を立て直したのが、9代目の藩主となった「上杉鷹山(ようざん)」だ。
「鷹山」は「高鍋藩(現在の宮崎県)」の藩主「秋月種美(たねみつ)」の二男として江戸屋敷に生まれたが、祖母の「豊姫」が「米沢藩」出身という縁によって、10歳の時に「米沢藩主」の養子となっていた。

領地返上寸前だった「米沢藩」再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として、あの「ケネディー大統領」もリスペクトしていたという「鷹山」の、この名言を知らない日本人はいないと思う。
為せば成る 為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり
米沢の車中泊事情

「松が岬公園」の「おまつり広場駐車場」は、無料で敷地の中にトイレがある。

しかし現在は夜間(午前8時から午後10時まで)の駐車は「条例上禁止」の表示があるので、車中泊は事実上できない。

お勧めは「松が岬公園」からクルマで10分ほどのところに、2018年にオープンした「道の駅 米沢」だ。
施設は驚くほど充実しており、館内の休憩スペースも24時間利用できる。
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