歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、岡山県にある日本100名城で、現存12天守にも名を連ねる「備中松山城」を、トリビアを交えて詳しく紹介しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
「備中松山城」は、幻想的で人を寄せ付けない雰囲気を放つ難攻不落の「要塞」。

備中松山城 DATA
備中松山城
〒716-0004
岡山県高梁市内山下1
☎0866-22-1487
天守入場料:大人500円
4月~9月
9時~17時30分(受付最終17時)
10月~3月
9時~16時30分(受付最終16時)
12月29日~1月3日 休城
城見橋公園駐車場(5合目)110台
ふいご峠駐車場(8合目)14台
「備中松山城 」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2016.12.03
「備中松山城 」での現地調査は2016年12月が最終で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2025年12月に更新しています。
備中松山城

「備中松山城 」はなぜ有名?

大方の答えは、この絶景が見られるから。
確かにそれも正解のひとつだろう。
ただ「備中松山城 」本来の魅力というより、ロケーションに依存している話なので、ここではあえて”後回し”にしたい。
ゆえに別のページで、詳しい現地の様子を紹介しているわけだが、もしそちらの情報をお望みであれば、「雲海展望台」から先にご覧いただいても構わない。
ということで、本論に進もう。

「司馬遼太郎」の名作「坂の上の雲」でも広く知られるようになった、愛媛県の「道後温泉」から近い「松山城」との混同を避けるため、慣習的に「備中」という”冠”が付けられているこの城は、「現存12天守」のひとつであると同時に、天守が残る唯一の山城ということで日本100名城にも選出された、国指定の重要文化財だ。
1941年(昭和16年)に一度国宝指定されながら、1950年(昭和25年)の文化財保護法制定により、「高知城」などと同じく重要文化財へ格下げになった過去を持つ。
ただそれは、現存する城に国宝が多すぎるという理由から、選定基準がより厳しくなっただけで、「備中松山城」のどこかが変わったからというわけではなかった。

ゆえに専門家やマニアは、登城しにくい険しい山道の奥にあり、城が要塞であったことをリアルに現代に伝えている「備中松山城」を高く評価している。
そして2016年には、そこにユニークなトリビアが加わった。

なんとNHK大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像に、「備中松山城」がガッツリ登場することに。
その様子が分かる動画を見つけてきたので紹介しておこう。
ただし「ニコニコ動画」なので、うっとおしい字幕が流れる(笑)。

「真田丸」ではこの正面の石垣の下を、滝のごとく水が流れていた。
凄いね、今時のCGは!(笑)。
「備中松山城 」の歴史と概要

「備中松山城」のルーツは、鎌倉時代の1240年(延応2年)に、現在の高梁市有漢町にあたる「有漢郷(うかんごう)」の地頭に任ぜられた「秋庭三郎重信」が、大松山に砦を築いたことにある。
戦国時代を迎えると、城の中心は小松山の峰に移り、備中の国人の中から大名化しつつあった「三村元親」の城となったが、最後は毛利軍8万による兵糧攻めで落城した。
1575年(天正3)年に「毛利輝元」の手に渡った「備中松山城」は、以降「毛利氏」の東方拠点となり、侵攻してくる「織田信長」との勢力争いが繰り広げられた。

その「毛利氏」が「関ヶ原の戦い」で破れて萩に退き、江戸時代になってからも、幕府から備中国奉行として「小堀正次・政一(遠州)」が赴任して修改築が行われるなど、「備中松山城」は西国支配の要衝としての役割を担ってきた。

その後は「池田氏」「水谷氏」の居城となり、現在も残る近代城郭が完成したのは「水野勝宗」が城主となった時と云われ、本丸には天守とその北隣の二重櫓、土塀が現存するほか、五の平櫓や六の平櫓が復元されている。
さて。
「備中松山城」に、誰もが知る著名人が登場するのはその後だ。
「水谷氏」は三代で跡継ぎがなくなり断絶するが、次に「備中松山城」を預かったのが、「忠臣蔵」で有名な播州赤穂の「浅野内匠頭」だった。
そして忠臣の「大石内蔵助」が無事に城の引き継ぎを終え、その後約1年間、城代として「備中松山城」に滞在している。

出典:備中松山城
麓から城へと登る道には「大石内蔵助腰掛石」と呼ばれる石があり、その場所で休憩したと伝えられている。
「備中松山城 」のめぐり方

「備中松山城」へのマイカーアクセスは、”二段構え”になっており、訪ねる日によって違ってくる。

「備中松山城」がある小松山には、5合目に110台を収容できる「城見橋駐車場」と八合目に14台が停められる「ふいご峠駐車場」があり、平日・通常時はこの「ふいご峠駐車場」まで行くことができる。

ただし土日祝や繁忙期は、下の広い「城見橋駐車場」にクルマを停め、シャトルバスに乗り換える必要がある。

「めんどくせぇ~」と最初は思うが、車窓に映る道をこの見れば、納得せざるを得まい(笑)。
ただ一方通行にはなっているので、対向できずに大渋滞になる心配はない。
シャトルバスの、運行日と運行予定表は以下の通り。
●料金
往復おとな500円
●運行区間
城見橋駐車場~ふいご峠駐車場
●運行時刻
約15分間隔のピストン運行(毎時00分、15分、30分、45分)
●備中松山城の開城時間と始発・最終便
4月~9月
9時~17時30分(入城受付最終17時)
始発8時45分
上り最終16時30分・下り最終17時45分
10月~3月
9時~16時30分(入城受付最終16時)
始発8時45分
上り最終15時30分・下り最終16時45分
●問い合わせ先
☎0866-21-0461(高梁市観光協会)

ふいご峠からは徒歩で中太鼓櫓跡、大河ドラマ「真田丸」のオープニング映像で使われた大手門跡などを見ながら、約20分で本丸の天守へ到着する。

登城道は遊歩道として整備はされているが、石段と土の道が続くので、歩きやすい靴で出かけよう。
「備中松山城 」の車中泊事情

最寄りの車中泊スポットは、「城見橋公園」から約12キロ・20分ほどのところにある「道の駅 かよう」になる。

なお道の駅が満車の時は、近くにある「楢井ダム公園」の無料駐車場でも車中泊が可能だ。
車中泊事情については「備中松山城 雲海展望台」の記事に、もう少し詳しく記載しているので、そちらを参考にしていただくほうがいいと思う。
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