歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、日本100名城で大和朝廷が築城したと伝わる古代の山城「鬼ノ城」を、史実に基づき分かりやすく解説しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
「鬼ノ城(きのじょう)」の価値は、桃太郎伝説とはまったく別のところにある。

鬼ノ城 DATA
鬼城山ビジターセンター
〒719-1105
岡山県総社市黒尾1101-2
☎0866-99-8566
無料
9時~17時(受付最終16時30分)
月曜定休、12月29日~1月3日 休館
駐車場無料 普通車70台
「鬼ノ城」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2016.12.03
2025.12.28
「鬼ノ城」での現地調査は2025年12月が最新です。
鬼ノ城

「鬼ノ城 」築城の経緯

写真を一目見ただけでもその異質さが分かる「鬼ノ城」は、戦国時代から1000年近く時を遡った、7世紀の中頃から後半に築城されたとされる古代の山城だ。

山あり谷ありの広大な敷地を持ち、後世に”こじつけられた”「桃太郎伝説」の鬼退治の舞台にされたことから、すっかりそちらのイメージに染まっているが、残念ながら『そういう事実はまったくない』。
そう断言する理由は明快で、「桃太郎伝説」のモデルとされる「吉備の乱」が起こった5世紀後半には、まだ「鬼ノ城」は築城されていなかった。
「桃太郎伝説」の話には、以下の記事で詳しく触れているが、古代に史実が伝説化され、それが室町時代におとぎ話に変わり、江戸時代になってようやく現在のストーリーに落ち着いたようだ。
ということでその話はスルーして、
まずはお城のプロフェッショナルたちが、『なにゆえここを日本100名城に選んだのか』という話から始めよう。

結論から云うと、「鬼ノ城」は西暦663年に起こった「白村江(はくすきのえ)の戦い」に大敗した「大和朝廷」が、唐や新羅の襲来を恐れて、西日本各地に築いた「防衛施設」のひとつになる。

同時期に築かれた、誰もが知る有名な防衛施設といえば「太宰府」だ。
そして築城を命じたのは、「大化の改新(乙巳の変)」で有名な、「中大兄皇子」こと「天智天皇」である。
こうなると、歴史にさほど興味のない人でも、少しは興味を覚えるのでは。
白村江の戦いとは

「ヤマト王権」の時代から密接な同盟関係にあった「百済」が、唐・新羅連合軍に滅ぼされたことから、その救援という同盟義務と、唐の日本侵攻を防ぐために派兵した国家防衛戦争が「白村江の戦い」だ。
しかし結果は大敗に終わり、「大和朝廷」は多数の兵船と将兵を失っただけでなく、朝鮮半島における影響力をも失い、逆に唐・新羅連合軍の侵攻に備えるため、早急に北九州から瀬戸内沿岸、畿内にいたる国土防衛施設を築く必要に迫られた。
「鬼ノ城」はその一環として、7世紀半ばに築城された「朝鮮式山城」のひとつと考えられている。
ただ発掘調査により、当初は軍事施設として機能したが、侵攻される心配がなくなった8世紀には、備蓄施設へと転化したことが今は明らかになっている。
「鬼ノ城 」はなぜ有名?

「鬼ノ城」は「日本書紀」などの史書に記載がない”謎の城”で、いつ・誰が・何のために作ったのかという、明確な記録が残されているわけではない。

しかし1978年(昭和53年)以降の発掘調査により、城の実態(城壁、城門、石垣)が明らかになったことで、1986年(昭和61年)に国の史跡に指定された。

また中世の城郭とは異なる古代山城の遺構は、国内でも例が少なく、歴史的に貴重な遺構であることから、日本100名城と日本遺産『「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま』の構成文化財にも選ばれている。
現在は、西門や城壁の一部が復元されており、自由に見学することが可能だ。
なお気になる伝説との関連は、後世の文献である「鬼ノ城縁起」などに登場する。
それによると
「異国の鬼神が吉備国にやって来た。彼は百済の王子で名を温羅(うら)という。彼はやがて備中国の新山(にいやま)に居城を構え、しばしば西国から都へ送る物資を奪ったり、婦女子を掠奪したので、人々は恐れおののいて「鬼ノ城」と呼び、都へ行ってその暴状を訴えた」。
これが「温羅伝承」と呼ばれる話で、「桃太郎伝説」のルーツと云われている。
その「温羅伝承」は、5世紀後半に「ヤマト王権」が派遣した「吉備津彦命」が、「吉備国」を支配していた「温羅」を討伐した「吉備の反乱」を元に描かれているわけだが、長くなるので「吉備の反乱」が生じた経緯に関心があれば、その詳細を記した以下の記事でご覧いただきたい。
「鬼ノ城」の楽しみ方と見どころ

「鬼ノ城」はそれなりの知識を持って臨まないと、広大なその「遺構」を見て周っても、”いい運動”にしかならない(笑)。

それより訪ねるべきは、無料の「鬼城山ビジターセンター」だ。
駐車場からいきなり西門に向かうより、先にここで予習をしてからのほうが間違いなくいいと思う。

鬼城山ビジターセンター
☎0866-99-8566
無料
9時~17時(受付最終16時30分)
月曜定休、12月29日~1月3日 休館
というのは、

「鬼ノ城」がある「鬼城山」は、すり鉢を伏せたような形の山で、斜面は急峻だが頂部は平坦になっており、山の八合目から九合目にかけて、城壁が約2.8キロにわたってめぐらされている。

その城壁に囲まれた「鬼ノ城」の城内は、東京ドームが約6個収まる広大な面積で、4つの谷を含み、出入口となる城門が4ヶ所にある。

城壁は一段一列に並べ置いた列石の上に、土を少しづつ入れてつき固めた版築土塁で、平均幅約7メートル、推定高は約6メートルに及ぶ。

さらに要所には堅固な高い石垣を築いており、その威圧感は天然要害の地であることと合わせて、今もなお圧倒的な迫力を放っている。
「鬼ノ城 」のアクセスと駐車場

「鬼ノ城」は、吉備路の中心とも呼べる「吉備津神社」から約14キロ・30分ほどのところにあるのだが、鬼城山の山道に入ったところからが大変だ。

適度に対向するための路側帯は設けられているのだが、運が悪いと、この狭い坂道をバックで端に寄せなければならないことになる。
また重量のあるキャンピングカーは、登り道の途中で渋滞に遭うと、都度都度坂道発進が必要な場面も出てくる。
それでもキャブコンのクレソンが駐車場まで来ていたので、行けないことはないようだが、できるだけ帰り客の多い時間帯は避けたほうがいいと思う。

駐車場は無料で、「鬼城山ビジターセンター」のすぐ下にある。
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