経験豊かな「車中泊旅行家」が、松山市の郊外にある砥部焼の産地と歴史を紹介しています。
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この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づき、全国各地の「クルマ旅にお勧めしたい観光地」を、「車中泊旅行者目線」からご紹介しています。

~ここから本編が始まります。~
厚みのある白磁に描かれた、薄い藍色の「呉須絵」が美しい「砥部焼」は、伊予の伝統工芸品

砥部焼の特徴

「道後ハイカラ通り」でも見かける「砥部焼(とべやき)」は、愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器で、愛媛県指定無形文化財に指定されている。

特徴は、やや厚手の白磁に描かれた「呉須」と呼ばれる薄藍色の手書きの図案。
また、夫婦喧嘩で投げつけあっても割れなかったという逸話から、別名「喧嘩器」とも呼ばれているそうだ。
今でも多くが手作りのため、一大産地や有名産地にはなっていないが、素朴で独特の風合いが、「質実剛健・質素倹約」を重んじた時代に培われてきた、伝統工芸らしさを醸し出しているようだ。
砥部焼の歴史

出典:砥部焼協同組合
砥部町は奈良時代から知られた「砥石」の産地で、「正倉院」を建てる時に使用されたという「砥石」が、町の名前の由来になったといわれている。
約250年の歴史を持つ伝統工芸品の「砥部焼」は、大洲藩・九代藩主「加藤泰候(かとう やすとき)」の時代に、藩の財政を立て直すため、「砥石」くずを使った磁器づくりを始めたことに端を発する。

命じられた「杉野丈助(すぎの じょうすけ)」が、砥部の五本松に「登り窯」を据え、苦労を重ねた末の1777年(安政6年)に、ようやく白地に藍色の焼き物作りに成功した。
日本の陶磁器発祥地、佐賀県の有田に遅れること約150年後のことだった。

後背の山地から良質の陶石が産出されたこと、焼き物に必要な薪が近くの山で豊富に採れたこと、そして傾斜地に流れる渓流や小川が、水車を据えるのに適しており、原料の砥石を砕き陶土にするのが容易であったことなどの好条件が揃い、「砥部焼」はその後大洲藩の庇護のもとで大きな発展を遂げる。
さらに明治期に入ると、廃藩置県によって工芸技術者の行き来が盛んになり、それまで各藩が抱え込み、門外不出とされた陶磁器作りの技術が流出する。
その結果、「砥部」にも「瀬戸」や「唐津」、あるいは「京都」といった当時の先進地の情報がもたらされ、量産が可能となった。
砥部焼観光センター炎の里

国号33号線沿いにある「砥部焼観光センター炎の里」に行けば、数百点にもおよぶランナップの中から、気に入った砥部焼を購入できるだけでなく、その製造工程のすべてが見学できる。
陶器ではなく陶磁器を作るところは少ないので、興味があればぜひ訪ねてみよう。
砥部焼観光センター炎の里
〒791-2122
愛媛県伊予郡砥部町千足359
☎089-962-2070
9時~17時
年末年始(12月31日・1月1日)のみ休館
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