25年のキャリアを誇る車中泊旅行家がまとめた、しまなみ海道の広島県側のゲートウェイにあたる、「尾道」の見どころと車中泊に関する情報です。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊旅行ガイド
この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づき、全国各地の「クルマ旅にお勧めしたい観光地」を、「車中泊旅行者目線」からご紹介しています。

~ここから本編が始まります。~
注目すべきは、尾道のロケーションと歴史。

「尾道」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2009年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2009.11.21
2012.03.16
2016.12.05
2025.04.20
※「尾道」での現地調査は2025年4月が最新です。
尾道 車中泊旅行ガイド【目次】
尾道のロケーション

この高速道路マップで分かるように、「尾道」は近畿と九州を結ぶ「E2(山陽道)」と、四国と山陰を結ぶE76(しまなみ海道)・E54(尾道道・松江道)の交差点に位置し、陸上交通の要になっているのだが、とりわけ注目すべきは、「しまなみ海道」の存在だと思う。
上の記事でも書いているが、「本州四国連絡橋」の完成により、現在は瀬戸内海を「湖」のように捉え、四国を含めた「瀬戸内沿岸」を旅することが容易な時代だ。
つまり、
神戸・三宮(兵庫)⇒ 倉敷(岡山)⇒ 尾道(広島)⇒ 松山(愛媛)⇒ 高松(香川)⇒ 鳴門(徳島)⇒ 淡路島(兵庫)⇒ 神戸・三宮(兵庫)
という、昭和には想像もできなかった『ぐるっと瀬戸内・クルマ旅』が楽しめる。

しかも中央に「瀬戸大橋」があるおかげで、日程のタイトな現役世代は、それを2度に分けて周ることも可能だ。
そうなると瀬戸内は、関西屈指の「ロード・トリップ」コースになる。
この視点に立って初めて、「尾道」がクルマ旅では無視できない町であることに気づき、「どんなところなのかな」という興味を抱く人もあると思う。
実際に筆者も、その中のひとりだった。

さて。
今の「尾道」は、「寺の町」「坂の町」「映画の町」「文学の町」さらには「猫の町」「絵の町」…と、まさに『キャッチフレーズの乱発状態』になっている。

確かにそれらはどれも間違いではないのだが、逆に「尾道の実像」を分かりにくくしている気がしてならない。
そう感じる理由は、表面的かつ短絡的な内容の動画やブログが、ネット上に好き勝手に発信されていることにあると思う。
そういった互いの関連性を持たない情報を、ツアー時に旅行会社が用意してくれるスケジュールのように、1本の線につなぎ合わせるのは難しい。
特に「尾道」では… だ。

実は平安時代に港として開けた「尾道」は、「日本遺産」にも登録されている歴史と独自性の高い文化を持つ町で、それが今も住む人々の暮らしに根付いている。
そしてその姿を『尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市』という観点から、うまくまとめているのが「日本遺産」だ。
以下の短い動画からはその概要が伺えるのだが、さすがは文化庁のエリートが携わっているだけあって、要点が的確だ(笑)。
というわけで、ここからは「日本遺産」登録のバックボーンとなった尾道の歴史と、具体的な見どころへと話を進めていこう。
尾道の歴史と概要

尾道の原点は港町
まず「尾道」の歴史は、平安時代の1169年に、「後白河法皇」が大田庄の年貢米積み出しのために蔵屋敷を建て、港に指定したことに始まるとされている。
その「後白河法皇」へ大田庄を寄進したのは「平 重衡(たいらのしげひら)」で、後ろで手を引いていたのは父である「平清盛」だった。
この頃の「清盛」はまさに絶頂期を迎えており、蜜月関係にあった「後白河法皇」への献身は、「清盛」が思い描く政権運営をスムーズに計らうための、必要な一手だったのかもしれない。

出典:NHK
2012年に放送された、NHKの大河ドラマ「平清盛」で描かれていた通り、瀬戸内海は「清盛」の父「忠盛」の時代に、海賊討伐で功績を挙げ、平家が貴族社会に進出するきっかけを築いた因縁の地だ。

その後「忠盛」の家督を継いだ「清盛」は、日宋貿易の重要性を見抜き、「宋」から「福原(今の神戸港)」へと至る瀬戸内海航路を切り開いているが、その際に潮の流れが早く、岩礁もあることから開削が難しいとされていたのが、「尾道」の少し西に位置する「音戸の瀬戸」だ。

有名な「日招き伝説」は、その難工事の際に生まれたものだが、苦労の成果は後年の「尾道」の発展と無関係ではないだろう。
箱庭的景観は、発展の証

出典:北前亭
大型船が入港できる港町となった「尾道」は、室町時代は対明貿易の中継地、江戸時代には北前船の西廻り航路の寄港地として栄え、さらに島根県にある「石見銀山」からの銀を運ぶ役割も担ったことで、ますます発展を遂げていく。
その間に多くの海運業者や商人たちがこの地で起業し、その成功者の中からいわゆる「豪商」が生まれた。
彼らはその財を、惜しみなくお寺の建立や町の整備などに投資したが、そんな尾道の経済力に注目した将軍家や備後守護も、自分たちの勢力下に尾道を置こうともくろみ、こぞって寺院に寄進を行ったという。

その時代背景が、南は尾道水道、北は尾道三山の山麓にある神社仏閣の寸前まで民家が立ち並ぶ、複雑に入り組んだ路地と坂道を形成し、しいては今日の「坂のまち」「箱庭的都市」と呼ばれる謂れとなった。
尾道の見どころと観光の秘訣

以上の歴史を踏まえれば、「尾道」らしさが残る場所は、港の周辺と寺社が集まる山麓であることは察しがつく。
さらに『尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市』となれば、それを高台から眺望できるところがあるはずだ。
それを上のマップに当てはめると、「なるほど、ここか」という場所が見つかった。

出典:中日新聞
それが「千光寺公園」の頂上部にあるこの無料の展望台だ。
画像を持ち合わせていないのは、2022年3月にリニューアルされたから。
2025年に尾道を訪ねた時はそのことを知らず、ここまでは足を運ばなかった。

ちなみにこちらが、筆者の知るリニューアル前の展望台。もうあと10年も経てば、写真に値打ちが出るかもしれないね(笑)。

どちらにしても、おそらく見える景色はそれほど大きくは変わらない。
大事なのは、この環境のもとで約850年前の平安時代から令和の現在に至るまで、脈々と人々の暮らしが営まれ、時代に合わせて尾道固有の文化が受け継がれ、育まれてきたことに想いを馳せることだろう。
まさにこれこそが、日本語で「持続可能」を意味する「Sustainable(サステナブル)」の典型的な事例だ。
国連のSDGsは、もっと素敵な世界をイメージさせるが、その本質はこのように地味で、けして華やかなものではないと思う。
そして町もそのことをよく心得ているから、環境を壊す過度な開発を控えてきた。
筆者はそれを肌で感じることが、現代人の「尾道」観光の極みだと思うのだが…
さて、ここからは尾道観光の秘訣になる。

まず展望台がある「千光寺公園」までは、ロープウェイが通じているので、登りはそれを利用するほうがいい。
所要時間は約3分。2025年現在のおとなの片道運賃は500円だ。
筆者がそれを勧める理由は幾つかあるが、いちばんは「尾道」は「鞆の浦」と抱き合わせてワンデイで観光するのが効率的なので、ここで必要以上に体力と時間をロスしないようにするためだ。

なお帰りは途中の「千光寺」まで、数多くの作家や詩人の碑がある「文学のこみち」を歩いて下る。

そしてこちらが、下り道の中間あたりにある「千光寺」。

少し下に建つ「みはらし亭」付近からも「箱庭の景観」を眺めることができる。

なお「千光寺」の公式サイトに書かれた由緒はかなり怪しく、ウェキペディアも額面通りには受け取っていない(笑)。
「千光寺」からは道が2手に別れ、近頃うわさの「猫の細道」を通ることもできる。

ただここは、猫好きにしか勧めない。

猫に関心のない人は、一直線にアーケードがある「尾道本通り商店街」に向かって、この石段を降りていくほうが楽だ(笑)。

約1.2キロにわたって続く「尾道本通り商店街」は、日本有数の長さを誇るアーケード・ストリートで、「(林)芙美子通り」「土堂中商店街」「本町センター街」「絵のまち通り」「尾道通り」の5つの商店街から構成されている。
中でもその東端に位置し、ロープウエイ乗り場や尾道市役所に近接する「尾道通り」は、古くは尾道を代表する豪商の商店や家屋が軒を連ねた通りで、江戸時代には本陣を有するエリアだったという。
つまり、このあたりが「商都 尾道」のルーツになるのだろう。

いっぽうこちらは、「尾道本通り商店街」の中で一際異彩を放っていた、かつての銭湯をリノベーションした「大和湯」という名の雑貨屋だ。

出典:尾道商店街
2025年の現在も「本町センター街」の中で営業はしているが、2021年5月に業態転換を行い、現在は小籠包や餃子を中心にした町中華の食堂になっている。
最後に尾道の港エリアを紹介しよう。

現在の尾道港界隈は、落ち着いた佇まいの垢抜けしたプロムナードになっている。

その途中には、約150メートルにわたって遊歩道の壁面に、絵画コンクール「絵のまち尾道四季展」のグランプリ作品(レプリカ)を展示した、無料の「浜辺の美術館」と呼ばれる一画もある。

なお並行して走る「海岸通り」は、尾道のメインストリートのようで、ここに尾道ラーメンの人気店「朱中華そば店」と「尾道ラーメン壱番館」がある。
尾道観光時のベスト駐車場

さて。
ここまで辛抱強くご覧いただいた方が、途中から気になっていたのは駐車場のことだと思う。
ご覧いただいた通り、尾道の観光は町歩きになるのでクルマは使えない。
だがプロの車中泊旅行家が、それを考慮せずに町歩きのガイドをするはずはなく(笑)、もちろん抜かりなく極上の駐車場情報も用意している。

尾道の町歩きにジャストフィットするのは、この「尾道市役所 有料駐車場」だ。
名前は「尾道市役所 有料駐車場」となっているが、実際は『尾道市役所の横に設けられた有料の観光駐車場』と思っていい。

サイトによっては「尾道市役所庁舎駐車場」とも表記されているが、同じ場所を指しており、海岸通りに面した尾道市役所の真横にあるので迷うことはない。
地下と平面に分かれているが、平面は24時間出入りが可能。駐車台数は地下が56台、平面は179台で料金はいずれも同じ。もちろん土日祝も利用可能だ。
駐車料金は、最初の30分は無料で1時間300円、その後は20分ごとに100円となっており、最大料金設定はない。

ここにクルマを入庫できれば、これまで紹介したすべての観光スポットに歩いて行くことができるのだが、難点がまったくないわけではない。

それは車高制限が2.5メートルであること。
料金精算機の屋根の出っ張りは短いので、高さは回避できるかもしれないが、車幅の問題でジルクラスのキャブコンの入庫は厳しいかもしれない。
これから大きなキャンピングカーを買おうとお思いの方は、観光地では必ずと云っていいほど、この問題にぶち当たるということを覚えておくといい(笑)。
なおこの件については、「キャンピングカー倶楽部」のようなサークルのほうが、的確な情報を得られると思うので、そちらを頼りにしていただきたい。
ちなみに、尾道のその他の市営駐車場の情報はこちらで確認できる。
尾道の車中泊事情

最後は「尾道」の車中泊事情についてだが、結論から云うと、市街地周辺には道の駅がなく、他にもお勧めできそうな場所は見当たらなかった。
というより、尾道では車中泊をする必要性を感じない。

前述したが、「尾道」は半日あれば主な観光スポットを周ることができるので、「鞆の浦」と抱き合わせるのが効率的だ。
その場合、駐車場の混み具合を考慮すると、朝から「鞆の浦」、午後から「尾道」のほうがスムーズに行けると思う。

こちらが、尾道周辺の道の駅のマップ。
先ほど記したように朝から「鞆の浦」を観光するなら、前泊は「道の駅アリストぬまくま」がいいのだが、ここはトイレにウォシュレットがないのと、近くに日帰り入浴施設が見当たらないのが難点だ。
なお「尾道」を見終えた後に車中泊をする場合は、設備の整った「道の駅 みはら明神の里」がお勧めだ。
念の為、「尾道」観光の車中泊に使えそうな道の駅の詳細情報をリンクしておこう。
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