「月山富田城(日本100名城)」の概要と歴史及び、駐車場ガイド【クルマ旅のプロが解説】

月山富田城 日本100名城

歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、日本100名城の「月山富田城」の概要と歴史及び、駐車場を詳しくご紹介。

「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

巌流島

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

車中泊で史跡めぐり【クルマ旅のプロが解説】
車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、クルマで日本の歴史舞台を旅したい人に向けての情報を発信しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。


 

~ここから本編が始まります。~

”戦国時代最強の山城”の呼び声高い、「月山富田城」には2つの楽しみ方がある。

出典:しまね観光ナビ

月山富田城 DATA

月山富田城
〒692-0403
島根県安来市広瀬町富田
☎0854-32-2767(安来市立歴史資料館)
城跡は常時開放

安来市立歴史資料館
おとな210円
9時30分~17時
火曜 定休

「月山富田城」の筆者の歴訪記録

※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。

2015.05.02
2023.05.05
2025.09.15

「月山富田城」での現地調査は2025年9月が最新です。

「月山富田城」の概要と歴史&駐車場

月山富田城

月山富田城 人気の理由

月山富田城の歴史

登城前に行きたい「歴史資料館」

松江城築城までの経緯

月山富田城の駐車場&アクセスマップ

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月山富田城 人気の理由

月山富田城

安来市広瀬町に残る「月山富田城跡」には、今でも全国各地から、年間2万人が訪れるという。

そこでまずは、その人気の理由に迫ろう思うのだが、ズバリそれは、以下の2点を併せ持っているからだろう。

❶「山城」という、『地の利を活かした要害』としてのクオリティーが極めて高い名城であったこと。

日本には、戦後に再建されたり公園整備された城が多く、建造物としての元々の姿を、「現存12天守」以外で目にすることができるのは、「月山富田城」のような「山城跡」ぐらいしか思い浮かばない。

月山富田城

しかし山城跡は、多分に学術的というかマニアックで、まず一般の観光客がガイドなしに理解するのは難しいと思う。

道の駅 広瀬・富田城

ただ「月山富田城」は、それをNHKがテレビ番組として特集しており、ベストとも呼べる”教材”が実在している。

ちなみに筆者はこの番組を自宅で見たが、これだけのクオリティーを持つ動画を、自治体の予算で作るのは至難の技(笑)。

ましてや個人が、YouTubeで対抗できることはありえない。

ゆえに❶については、再放送を見てから現地に行くのがお勧めだが、月額990円で過去の番組が見られるNHKオンディマンドでも、2025年9月時点では、放送予定が見当たらなかった。

ただ、代わりに「歴史探偵」で放送された『戦国の風雲児 尼子一族と山中鹿介』が見つかったので、そちらをご覧になってもいいと思う。

月山富田城

現在の城跡には当時の建物は残っていないが、山の上を整地して石垣を積み上げ、その上に建っていたとされる「山中御殿平」や、兵士が勢揃いする広場として使われた「千畳平」の跡は見ることができる。

月山富田城

なお麓の資料館から山頂の本丸跡までは、片道およそ1時間のハイキングコースが整備されている。

安来市では、2014年から7年がかりで行った「月山富田城跡」の石垣や土塁などの保全整備事業を完了しており、樹木を伐採したことで、以前よりも森に埋もれていた山城の姿が見えやすくなった。

月山富田城

急勾配の箇所があるので楽ではないが、本丸まで登れば、”難攻不落”といわれた理由がよく分かる。

なお、それらの見どころは、こちらのサイトが詳しく紹介している。

また現地では有料ガイドツアーや、スマホを利用する音声ガイドも行われているので、❶に興味のある人はそれを利用されるといいだろう。

そしてもうひとつの理由は、

❷戦国時代に下剋上で成り上がった「尼子氏」が、中国地方の名門「大内氏」そして「毛利氏」と激戦を繰り返した歴史が、ドラマチックに語り継がれてきたこと。

銅像の「尼子経久」を筆頭に、最後の当主となった「尼子義久」と、その忠臣「山中鹿介」など、「月山富田城」に足を運ぶ人の多くは、❶よりも、彼らが暮らし、戦ったこの地に想いを寄せて来るのだろう。

これから話す「月山富田城」の歴史は、彼らが逞しく生きた証そのものだ。

月山富田城の歴史

道の駅 広瀬・富田城

「月山富田城」は平安時代末期の1156年から59年頃に、平家の武将「平景清」が築城したと伝えられているが、難攻不落の名城として知られるようになったのは、15世紀に「尼子(あまご)経久」が入城してからになる。

尼子氏

「尼子氏」は、室町時代から戦国時代にかけて、出雲国を中心に山陰地方で勢力を振るった戦国大名の一族。

「京極氏」の守護代として「近江国」から「出雲国」に入るが、1508年に「京極政経」が亡くなると、下剋上によって「尼子経久」が守護職の座に就き、最盛期には山陰山陽11ヵ国に影響力を持つ大大名へと登り詰め、周防国(現山口県)の「大内氏」と拮抗するほどの存在となった。

そのため、山陰支配の要であった「月山富田城」は、「大内氏」とその親戚で、次に中国地方の覇者となる「毛利氏」から狙われ続けることになる。

月山富田城

「尼子氏」が、急峻な地形を活かして防御拠点を各所に設置するなど、「月山富田城」の防御をアップデートしていたのは、他でもなく彼らの侵攻に対する備えであり、それが後年になって実を結ぶ。

勢いに乗る「経久」の孫「晴久」は、1540年に「大内氏」との領地の境にあった「毛利元就」の「郡山城」を攻めるが、「大内氏」「毛利氏」の連合軍に敗れて敗走。

これにより「尼子氏」の山陽方面への影響力は衰えた。

1541年に「経久」が亡くなると、その翌年に今度は「大内氏」「毛利氏」が出雲国に攻め入り、「月山富田城」を攻撃したが、「大内氏」に味方していた国衆が「尼子氏」側に寝返ったこともあり、なんとか撃退に成功する。

「大内義隆」は「尼子氏」に敗れた後、信頼していた家臣の「陶晴賢(すえ はるかた)によって自害に追い込まれ、「大内氏」は断絶。

毛利元就

しかし「大内氏」への人質として、「義隆」の婿養子になっていた「毛利隆元」が、父「元就」と協力して「陶晴賢」を成敗すると、「毛利元就」はこの内乱を契機に、1557年に「大内氏」をも滅ぼし、「周防国」を領地に加えて、中国地方最大の大名へと飛躍を遂げる。

石見銀山

いっぽう「晴久」は、その機に銀山と港を支配し、古式製法「たたら製鉄」で財をなして、勢力の立て直しに成功した。

1560年に「晴久」が亡くなると、嫡男「義久」が後継ぎとなり、宿敵の「毛利元就」と講和を結ぶ。

しかし1565年、講和を破って「毛利元就」が出雲国に侵攻。

今度は力攻めではなく兵糧攻めに遭い、1年半の籠城戦の末に敗れた「尼子氏」はついに滅亡。

その後、「毛利氏」は山陰を平定して、名実ともに中国地方の覇者となった。

出典:NHK

この時代を詳しく描いたのが、1997年に放送された36作目にあたるNHK大河ドラマ「毛利元就」だ。

とりわけ、若き「元就」を翻弄しつつ、その才を買う「尼子経久」を演じた「緒形拳」のカッコ良さは際立っていて、今でも鮮明に覚えている。

城を追われた「尼子氏」は、その後、出家していた遺子「勝久」を還俗させて「月山富田城」の奪回を期すが、2度にわたる「毛利軍」との戦に敗れて勢いを失っていく。

しかし最後は、「織田信長」の中国攻めに乗じて「羽柴秀吉」の傘下に入り、播磨国(兵庫県)にある毛利方の「上月(こうづき)城」を、一度は落として奪取する。

だが「毛利元就」の息子の「吉川元春」「小早川隆景」率いる「毛利軍」に包囲され、援軍無きまま「勝久」は籠城して切腹、「尼子氏」再建を願って最後まで戦い続けた「山中鹿介」は捉えられ、周防に引き上げる途中で謀殺された。

出典:NHK

この一連の流れは、岡田准一が主役を演じた、2014年放送の大河ドラマ第53作「軍師官兵衛」の16.17話で詳しく描かれていたので、覚えている人も多いのでは。

通称「山中鹿介」こと「山中幸盛(ゆきもり)」には、「月山富田城」が落城した際に、「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話が残るが、その武将らしき生き様で、今なお高い人気を誇っている。

山中鹿介の墓

こちらの写真は、岡山県高梁(たかはし)市の「観泉寺」に葬られた「山中鹿介」の”胴墓”で、筆者は雲海に天守が浮かぶ「備中松山城」に行った際にお参りしてきた。

なお「鹿介」の首は、首実検のため将軍・足利義昭の待っていた広島県福山市の「鞆の浦」まで運ばれ、その地に埋葬されているとのこと。

「鞆の浦」には、過去4度足を運んでいるが、さすがにそれには気づけなかった。

登城前に行きたい「歴史資料館」

安来市立歴史資料館

ここまでの一連の流れを、パネルで分かりやすく解説しているのが、「月山富田城」の麓にある「安来市立歴史資料館」だ。

安来市立歴史資料館

正直云って、入館料の210円は展示に対して妥当な気はするが、「本丸」まで行くにしても行かないにしても、ここを見ずして帰るのはもったいないと思う。

安来市立歴史資料館
入場料210円
10時~17時
火曜定休

ただ、より詳しくこの地の歴史が分かるのは、後述する「松江歴史館」のほうだ。

松江城築城までの経緯

萩城

「尼子一族」との決着をつけ、名実ともに「中国地方」の盟主となった「毛利氏」だったが、「関ケ原の合戦」で西軍総大将を引き受けたことが仇となって、「徳川家康」に疎まれ、江戸時代には「萩」へと追われる。

逆境を跳ねのけ、「毛利氏=長州藩」が次に歴史の舞台に登場するのは、それから約250年後の「幕末」、大河ドラマで云えば、「龍馬伝」と「吉田松陰」を描いた「花燃ゆ」の時代になる。

いっぽう「出雲国」に話を戻すと、

堀尾吉春像 松江

「関ケ原の合戦」後は、徳川幕府の下で「堀尾吉春」が「出雲国」に入り、「月山富田城」は総石垣造りの近代城郭に大改修されたが、1611年に跡を継いだ「忠晴」が平城の「松江城」に移ったため、「月山富田城」は廃城となった。

「堀尾氏」の後、「京極氏」を挟んで「出雲国」の領主になったのは、信州「松本城」から異封されてきた、「徳川家康」の孫にあたる「松平直政」だ。

真田幸村の軍扇

「直政」は、「大阪冬の陣」で大坂城の出丸だった「真田丸」に一番槍で立ち向かい、敵将の「真田幸村」から”軍扇”を投げ渡わたされた猛者で、その”軍扇”のレプリカを「松江歴史館」では見ることができる。

松江城

そしてその時代に完成しているのが、現在我々が目にしている国宝「松江城」だ。

つまり「月山富田城」から続けていくと、戦国時代から江戸時代までの日本の元々の城の姿を見ることができる。

というより、「大河ドラマ」を紡いでいくと、ちゃんと話が繋がっていくからおもしろい(笑)。

出雲そば あらきや

さらにその「直政」が、松本から連れてきたそば職人が、「出雲そば」を生む。

小泉八雲

これらの連続性も、安来から松江の旅をおもしろくしてくれる要素であり、2025年9月末からは、いよいよ「松江城」の城下町に居を構えた「小泉八雲」の朝ドラが始まる。

「月山富田城」の話だからと、そこで話を終えてしまうと、「旅」はか細い内容となって幅が広がらない。とりわけ、自由気ままに行動できる車中泊のクルマ旅には、こういうコンテンツが相応しいと思う。

月山富田城の駐車場&アクセスマップ

道の駅 広瀬・富田城

月山富田城の駐車場は、「安来市立歴史資料館」前にある「道の駅 広瀬・富田城」を兼ねている。

ゆえに無料なのだが、正しくは「道の駅 広瀬・富田城」の駐車場にクルマを置いて、見学に行ってもかまわないということなのだろう(笑)。

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「拡大地図を表示」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 高速道路か国道にするかを選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると表示されます。

 

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