「クルマ旅専門家」・稲垣朝則が、20年以上かけて味わってきた全国のソウルフード&ドリンクを、そのレシピと老舗・行列店を交えてご紹介します。
中高年の「日本酒あるある」
辛口・甘口から始まって、吟醸・大吟醸・純米大吟醸、生酒にひやおろし、さらに生酛・山廃…
確かにどれも一度は耳にしたことがあるが、その意味までよくわからないのは筆者も同じだ(笑)。
似たようなものに「温泉」があると思うが、実はいずれも初心者レベルから脱却するだけでいいなら、さほど難しい話じゃない。きちんと「ツボ」を押さえた資料を読めば、クイクイと身に沁み込んでいくものだ。
そのためには理屈から入るのではなく、自分の体験や体感に照らし合わせることから始めよう。
「辛口信奉」のカラクリ
日本酒を少し掘り下げると、興味深い話にぶつかった。
普通に考えれば、米から造る日本酒が「甘い」のは当然だ。
ゆえに明治時代まではお酒の世界に「辛口」という表現はなく、近年になって日本酒業界が、便宜上「甘口」の反対語として使いはじめた業界用語のようなものだという。
その「甘口の基準」とされてきたのが「三倍増醸酒」だ。
「三倍増醸酒」とは
太平洋戦争前後の米不足の時代に、醸造した日本酒に2倍の醸造アルコールを加え、結果的に3倍の量の酒を造ったことからそう名付けられた、甘くてベタついたお酒のこと。
最初は仕方なく造られた酒だったらしいが、利益率が良いため、戦後どころか平成の2006年まで造られていたというから驚きだ。
当然質が悪いので、飲めば悪酔いもしやすい。
実際にそれが原因で、日本酒を敬遠したり、飲むにしても醸造アルコール入りは一切ダメという人が多数いたそうだ。
そして筆者もその中のひとり。
思えば大学生だった当時に居酒屋で飲まされていたのは、この「三倍増醸酒」だったに違いない。飲めば確実に二日酔いしたという記憶があって、就職後も長い間、好んで日本酒を口にすることはなかった。筆者と同じ「三丁目の夕日世代」には、同じような人もおられるのでは?
だが2006年の法律改正により、「三倍増醸酒」は市場から姿を消す。
辛口登場
代わりに脚光を浴びたのが、「三倍増醸酒」が蔓延した時代でも、昔ながらの酒造りを守り通した正直な蔵の酒。いわゆる「地酒」である。
甘みを醸す添加物が混入されていないのだから、「三倍増醸酒」に比べれば味わいを「辛い」と表現するしかない(笑)。つまり簡単に云うと、もともと辛口とは「甘すぎないお酒」という意味で使われ始めたことになる。
「辛口」というキャッチフレーズが受けるとわかると、業界もテレビコマーシャルで煽る煽る(笑)。その結果、この頃に「辛口=上質で美味しいお酒」という「辛口信奉」が定着する。
黄桜酒造が正直な蔵かどうかは知らないが(笑)、当時は確かにこういうコマーシャルが流れていた。いやいや懐かしいわ~、財前部長!
旅人にとって大事なのは
甘い辛いではなく、好きな日本酒の「具体的な味」
筆者を含めて… 旅先で初体験の酒を舐めると、ついつい「辛いな甘いな」と宣ってしまう親父はたくさんいると思う。
だが、たぶんその半分は「当たってない」(笑)。
余興なのでそれを楽しむこと自体に異議はないが、水・米・麹・杜氏など、酒造りには様々な味に影響する要因があり、飲み手の舌も、体調や合わせて食べる肴でも違ってくる。
実は、日本酒には「日本酒度」という「甘口」「辛口」を客観的に数値で判断できる指標があるので、それを見れば確実に分かるわけだが、ドライに云ってしまえば
「それが、どしたん?」
ってことだろう。
我々の本音はお酒を鑑定したいわけではなく、自分が旨いと感じる「好みにあった日本酒」と出会い、いい肴と一緒に、気持ちよく酔っ払いたいわけだから…
それには日本酒の「どういう味わい」が自分の好みなのかを知ることが、何よりも大事になる。「好みの味わい」に確信が持てれば、酒蔵でも居酒屋でも「当たりくじ」を引く確率は飛躍的に高まるはずだ。
店側も、版で押したような「おいしい辛口の酒」という注文よりは、「フルーティでワインのようなお酒」、あるいは「清涼感を感じるすっきりしたお酒」、はたまた「濃い目でコクがあるお酒」という「味わいのリクエスト」を期待している。製造・販売にかかわらず、喜んで飲んでもらってこその酒屋家業だ。
なお総じて日本酒は、糖分が多く酸味が少ないと甘く感じる。
せっかくなので、ここで日本酒度についても簡単に触れておこう。
「日本酒度」とは
「日本酒度」は、お酒の中にどれくらいの糖分が入っているかを示しており、平均的な日本酒度は0.0~+5.0とされる。一般的にはマイナス表示は甘口、+5よりも数値が大きい場合は、辛口の酒と判断される。
日本酒の種類とグレード
さて。それにしても、ひとつの酒蔵になぜにこれほど酒の種類があるんだろう。と思ったことはないだろうか?
それが日本酒を買いづらくしている要因だと筆者は思うのだが、日本酒は使う原料によって、「純米系」と「本醸造系」の大きく2つに分かれている。
「純米系」はその名の通り、米、米麹のみを原料とする酒で、「本醸造系」は米、米麹に加えて、規定量内の醸造アルコールを使用する。
醸造アルコールは、適切に使えば香りが高く味わいがスッキリする特徴がある。純米酒は基本的に甘口に仕上がるため、あえて醸造系の味を好むファンも少なくない。
さて、この2つの系統に輪をかけるように、種類を増やす要因となっているのが、酒米の「精米歩合」だ。
精米歩合とは
玄米の状態から酒米を磨き、実際に仕込みに使う部分の割合を、パーセンテージで示したもの。精米歩合70%と表示されていれば、30%を捨てて残りの70%を使っているという意味になる。
米の表層部分には、たんぱく質や脂質、でんぷんなどの栄養素が多く含まれているが、それがお酒になると雑味に変わり、香りを壊す要因にもなる。ゆえに酒造りでは、米の表層部を磨いて雑味を取り除く必要があるわけだ。
精米率が60%以上の酒は吟醸酒、50%を超えると大吟醸酒と呼ばれるが、大吟醸酒は、時間をかけて精米されるだけに値段も高い。
それを米だけで作り上げる「純米大吟醸酒」が、どの酒蔵でも「看板商品」になっているわけだが、写真は純米大吟醸酒の頂点に君臨するとも云われる、獺祭二割三分。実に酒米の77%を捨てて造られるという「大贅沢品」だけに、家内と二人で、わずか30分ほどのうちにボトルが空いた(大笑)。
最後に。
このほかにも、製造工程の違いから名前がつけられた酒の種類もあるのだが、このレベルまで分かっていれば、十分好みの酒には巡り会える。
余った脳の引き出しには、違う話を詰め込もう(笑)。
なお、酒造りのことは月桂冠が作成したこの動画を見るとよくわかる。これまでご覧頂いた内容も解説されているので、時間があればどうぞ。