宇佐神宮の歴史・ミステリー・車中泊ガイド【クルマ旅のプロが解説】 2023年2月更新

宇佐神宮

【2023年2月更新】
車中泊旅行歴25年の歴史に精通するクルマ旅専門家がまとめた、大分県にある「宇佐神宮」の歴史とミステリー及び、車中泊に関する記述です。

「正真正銘のプロ」がお届けする車中泊・歴史旅行ガイド
この記事は車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、日本全国で1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、「車中泊ならではの歴史旅」という観点から作成しています。
車中泊で史跡めぐり【クルマ旅のプロが解説】
車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、クルマで日本の歴史舞台を旅したい人に向けての情報を発信しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。

宇佐神宮は卑弥呼の古墳の上に建っている?

宇佐神宮

宇佐神宮 DATA

宇佐神宮
〒872-0102
大分県宇佐市南宇佐2859
☎0978-37-0001

参拝時間
5時30分~19時(4月~9月)、6時~19時(10月~3月)
参拝無料

駐車場
1.宇佐八幡駐車場(210台)
普通車 12時間400円
2.宇佐神宮表参道駐車場(200台)
普通車 12時間400円
3.外苑駐車場(150台)
普通車 12時間300円

「宇佐神宮」の筆者の歴訪記録

※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。

2017.05.05
2022.12.30

※「宇佐神宮」での現地調査は2022年12月が最新になります。

宇佐神宮の歴史・ミステリー・車中泊ガイド

宇佐神宮

あまりにも多面的で情報量の多い「宇佐神宮」は、最初によく情報を整理しないと、史実と伝承、さらに後世の作り話が混同し、最後はもう、どうでもよくなってしまう(笑)。

ということで、ここでは史実から正確に順を追って紹介していこう。すると、驚くほど大胆不敵な推理が成り立ってくる。

史実1
宇佐神宮は、全国に約4万4千社ある八幡宮の総本社

史実2
宇佐神宮は、伊勢神宮と並ぶ「二所宗廟」のひとつ

史実3
東大寺の大仏建立に寄与

史実4
宇佐八幡宮神託事件の舞台

 

ミステリー1
なぜ、奈良から伊勢神宮ではなく宇佐神宮へ?

ミステリー2
「八幡神」の正体は?

ミステリー3
最大の謎は、神殿中央の二之御殿に祀られた「比売大神」の正体

大胆不敵なる推理
宇佐神宮は卑弥呼の古墳の上に建っている

 

宇佐神宮の車中泊事情

宇佐神宮 アクセスマップ

史実1
宇佐神宮は、全国に約4万4千社ある八幡宮の総本社

宇佐神宮

「宇佐神宮」に祀られているのは、武運を司る「八幡神」で、日本が貴族社会から武家社会に移ると同時に、全国の武家から信仰されるようになった神様だ。

鶴ケ岡八幡宮

中でも鎌倉幕府を開いた源頼朝が「八幡神」を篤く信仰し、鶴岡八幡宮を創建して源氏の氏神にした話は有名だろう。

日本には現在、約11万もの神社があるといわれているが、「八幡宮」はそのうちの約4万4千を占めている。

いっぽう「天照大神」を祀る神社を総じて「神明神社」と呼ぶが、その日本各地にある数は約5千。

ちなみにセブンイレブンの店舗数は、2023年1月現在で2万1千323軒。

その倍以上の数が各地にあるというのだから、「八幡神」は間違いなく日本で一番人気の神様ということになる(笑)。

史実2
宇佐神宮は、伊勢神宮と並ぶ「二所宗廟」のひとつ

伊勢神宮

二所宗廟(にしょそうびょう)とは、皇室が先祖に対して祭祀を行う二つの廟のことで、本来は「伊勢神宮」とこの「宇佐神宮」のことを指している。

史実3
東大寺の大仏建立に寄与

東大寺

日本最大の仏像で知られる奈良の大仏様の鋳造は、聖武天皇が疫病や社会不安から国を鎮護するための国家的大事業として、東大寺の建立を発願したことに端を発する。

735年(天平7年)に、日本では天然痘(疱瘡)が大流行し、当時の総人口の25~35%に相当する人々の命が失われていた。

奈良の大仏

「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」という正式な名を持つ奈良の大仏様は、745年(天平17年)に鋳造が開始され、752年(天平勝宝4年)に開眼供養会が行われたが、その鋳造には銅499.0トン、すず8.5トン、金0.4トン、水銀2.5トンもの金属が使われたという記録が残されている。

この国を挙げての一大プロジェクトには、約260万人が全国から招集されたと云われているが、途中で大仏様に塗る金箔が不足し、計画は頓挫寸前に追い込まれた。

その窮地に一役買ったのが宇佐神宮だ。

朝廷が宇佐神宮にて占いを行なうと、八幡神から「国内から必ず黄金が出る」という神託(お告げ)があり、実際に陸奥(現在の青森県~福島県)国から大量の金が発掘され、無事に大仏は開眼を迎えた。

史実4 宇佐八幡宮神託事件の舞台

宇佐八幡宮神託事件

それからしばらくした769年(神護景雲3年)、奈良の都で称徳天皇の寵愛を受けた弓削道鏡が、天皇を謀って皇位を手中に収めようとする「宇佐八幡宮神託事件」が勃発する。

称徳天皇は、夢で八幡神から「宇佐神宮に和気広虫(わけのひろむし)を派遣せよ」と求められ、代わりにその弟の和気清麻呂(きよまろ)を派遣する。

そこで清麿は信託が偽りであることを暴き、道鏡の企みを退けた。

宇佐神宮

もちろん、本当に神様の声が聞こえたかどうかまでは定かじゃないが(笑)、清麿がはるばる宇佐神宮まで足を運んだのは史実のようだ。

鹿児島県の霧島には、その和気清麿ゆかりの史跡がある。

ミステリー1
なぜ奈良から伊勢神宮ではなく宇佐神宮へ?

平城京

誰もがその疑問を抱くのは当然だろう。

国家的事業や皇位継承問題という朝廷の一大事に、最高の権威を持つうえに大和にも近い伊勢神宮を無視して、九州の宇佐神宮に頼るというのは腑に落ちない。

ということは…

現在は伊勢神宮が最高格だが、この時代までは、朝廷にとって宇佐神宮のほうが重要だったのではないか?

つまり天皇家にとっての真の「宗廟」(先祖神の墓所)は、宇佐神宮だったと考えるほうがスムーズだ。

しかしそれは宇佐神宮に、天皇にとって「天照大神よりも優先すべきご先祖様」が祀られていることをも意味してしまう。

ミステリー2 八幡神の正体は?

宇佐神宮

じゃあ、それが「八幡神」なのか?

神話の世界に暮らす神様なれど、天照大神には親もあれば兄弟、子供、さらに孫までいるわけで、それこそ人間のように「氏素性」がはっきりしている(笑)。

だが調べてみると、「八幡神」は「記紀(古事記・日本書紀)」にも出てこない。

ついでに書くと、卑弥呼も邪馬台国も、実は「記紀」には記されていない。

ご承知の通り、「古事記」と「日本書紀」は東大寺ができた頃に編纂された日本の歴史書だが、中身は史実通りとは限らない。

話が長くなるので、興味のある人は以下の記事を参照してもらえば、そのあたりの事情はよくわかると思う。

宇佐神宮の由緒は、ここがおかしい

宇佐神宮

宇佐神宮の公式サイトには、「八幡神」に関する以下の記述が載っている。

御祭神である八幡大神さまは応神天皇のご神霊で、571年(欽明天皇の時代)に初めて宇佐の地にご示顕になったといわれます。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国づくりをされた方です。725年(神亀2年)、現在の地に御殿を造立し、八幡神をお祀りされました。

これが宇佐神宮の創建です。

ここでは「ご神霊」という曖昧な言葉でお茶を濁しているが、現地の説明ボードには応仁天皇と明記されている。

応仁天皇(おうじんてんのう)

仲哀天皇と神功皇后の間に生まれた第四皇子で、第15代天皇。「日本書紀」での名は誉田天皇(ほむたのすめらみこと)。

実在すれば4世紀後半〜5世紀初頭ごろの大王と推定されるが、新王朝の初代とする説が強くあり、今の天皇家とのつながりがあるのかどうかは定かでない。

おいおい! 俄然雲行きが怪しくなってきた(笑)。

この記事では、応神天皇がどういう素性の人であるかが一番大事ではないので、ややこしいところの説明はスパッと省略して、現在の歴史学に照らし合わせた結果だけを掲載しよう。

「八幡神」は、「日本書紀」の続編にあたる「続日本紀」で、初めて「広幡乃八幡大神(ヒロハタノヤハタノオオカミ)」という名前で登場するが、そこには応神天皇のこと何も書かれておらず、少なくとも奈良時代中期までは、応神天皇とは無関係の神だったようだ。

本来の八幡神は、宇佐の豪族たちによって信仰されていた土着神だった可能性が高く、「豊前国風土記」の記載を根拠に、朝鮮半島にあった「新羅」に由来する神だという説もある。

ということは、

朝廷が信託を求めた神様は、本当は「八幡神」ではないのでは?

という新たな疑問が湧いてくる。

そして、それを決定づける明らかな証拠が、宇佐神宮には存在している。

ミステリー3
最大の謎は、神殿中央の二之御殿に祀られた「比売大神」の正体

宇佐神宮

宇佐神宮の国宝の本殿には、以下の三柱が御祭神として鎮座している。

一之御殿:八幡大神(はちまんおおかみ)

二之御殿:比売大神(ひめのおおかみ)

三之御殿:神功皇后(じんぐうこうごう)

宇佐神宮

だが驚いたことに、そのセンターである「二之御殿」を飾っているのは、もっとも無名の比売大神だ。

常識から見ても、写真の真ん中に鎮座するのが主祭神であることは確かだと思うが、そうなると今度は「比売大神」のことが知りたくなる(笑)。

比売大神

まず、「比売大神」は固有名詞ではなく、「女神」を一般的に表した言葉だ。

すなわち「比売(ヒメ)」とは「姫」のことで、「比売大神」は神社によって異なり、主祭神と関係の深い女神(つまり妻や娘)を指すことが多い。

ちなみに宇佐神宮の「比売大神」は、神社本庁によれば「宗像三女神」ということになっている。

「宗像三女神」とは、『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』に祀られた女神様のことで、「天照大御神」と「スサノオノミコト」の誓約(うけい)によって生まれたとされている。

誓約とは、いわゆる男女の交わりから生まれたのではなく、宗教的儀式によって誕生したという意味だ。

だがそれにも確固たる裏付けは見当たらず、応仁天皇と同じく「後世の後付け」と見る歴史学者は多い。

しかし、いずれにしても…

「八幡神」よりも高い格式を持つ女神で思い当たるのは、ただひとりしかいない。

想像通りそれは「天照大御神」様。

「宗像三女神」という紛らわしい媒介を使わずとも、「比売大神」=「天照大御神」と云い切ってしまえば、少なくとも宇佐神宮の神様の序列における矛盾は生じない。

なのになぜ、そうしなかったのだろうか。

考えられるのは、「比売大神」が「天照大御神」ではないか、そうであっても明記できない理由があるかのどちらかだ。

おそらく宇佐神宮には、”今の天皇家が知られたくない秘密”が隠されている。

宇佐神宮

さて。

ここまでは、ほぼ史実に近い話をしてきたが、最後はそれを踏み台に奇想天外とも思える結論に誘おう。

大胆不敵なる推理
宇佐神宮は卑弥呼の古墳の上に建っている

宇佐神宮

これまでの話から逸れるが、実は宇佐神宮には「古墳の上に作られた」という伝説が残されている。

実際に「八幡宇佐宮御託宣集」には「宇佐廟」と書かれており、また「延喜式」神名帳にも「廟神社」という名で紹介されているという。

そして極めつけは、宇佐神宮の「本殿」の地下から、巨大な石棺(石のひつぎ)が2度にわたって発見されているという事実だ。

この棺は未だ専門家チームによる調査が行われていないようだが、もし盗掘されていなければ、世紀の大発見になる可能性は否定できまい。

そもそも「廟(びょう)」とは「墓」の古い呼び名で、前述したように宇佐神宮は、皇室が先祖に対して祭祀を行う二所宗廟(にしょそうびょう)のひとつに数えられている。

つまりそうとう高貴な身分を持つ皇室の誰かが、そこに埋葬されているのは、まず間違いない。

問題はその古墳の主だが、

「天照大御神」であれば面白いし明快だが、それはそれで「神様なのに天照大御神は死ぬのか?」などと、ややこしい話が飛び交うことになる(笑)。

というか、伊勢神宮との序列も変わり、宮内庁はパニックに陥るだろう。

まさに「どうする、ひろのみや!」(爆)

だがもし主が、「邪馬台国」の女王「卑弥呼」だったとしたら、どうなる。

吉野ヶ里歴史公園

ずいぶん飛躍した話にも思えるが、「邪馬台国」の女王であった「卑弥呼」は、「天照大御神」の別名である「日孁(ひるめ)」と名前が似ている、ともに独身だった、さらにシャーマン(宗教的職能者)で、実在したと予測される年代が重なる等々、共通点が多いとされており、同一人物との見方をする研究者は少なくない。

吉野ヶ里歴史公園

この話を始めると、否応なしに「卑弥呼」が治める「邪馬台国」はどこにあったのか?という、日本最大のミステリーとぶつかるわけだが、これは九州と奈良に行けば、もう理屈ではなく「肌」で、九州だったに違いないと分かるはずだ(笑)。

あとは九州のどこにあったのかという話だが、「邪馬台国」はおそらく九州の大和(現在の吉野ヶ里付近)から、比較的短時間のうちに奈良の大和(現在の桜井市付近)に移動をしており、一時期、宇佐の近くに拠点を置いていたとしても、それほどおかしいとは思わない。

高千穂

それに「卑弥呼」が「天照大御神」のモデルだとしたら、宇佐神宮の謎どころか、「天孫降臨」の高千穂の謎にも光が射す。

事実はいずれ分かることだと思うが、筆者はかなり信憑性を感じる話だと思った。

宇佐神宮の車中泊事情

そこまであんたが云うんなら、ひとつ行ってみたろか…

この記事をここまで、挫折することなく読み通してくれた、コアな筆者のファンの貴方には、プラスアルファな宇佐の楽しみ方を付け加えておこう(笑)。

別府温泉

京阪神から来る車中泊の旅人なら、別府温泉から「宇佐神宮」を目指す人が多いと思うが、別府界隈には道の駅がなく、安心して車中泊ができるのは、東九州自動車道の「別府湾サービスエリア」になる。

中津城

いっぽう、門司方面から南下してくる場合は、大河ドラマ「軍師官兵衛」でジャニーズの岡田くんが見事に好演を果たした、黒田官兵衛ゆかりの中津城の近くに3つの道の駅がある。

その中で車中泊に適しているのは、県境を超えた福岡県の「道の駅 しんよしとみ」で、ここの駐車場がいちばん平坦で静かだと思う。

ちなみに中津と宇佐は、お互いに「からあげ」のメッカで張り合っている。

来々軒

せっかくなので、宇佐の元祖と呼ばれる「来々軒」で、アツアツの「からあげ」を買って、エネルギーを補給していこう。

宇佐神宮 アクセスマップ

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「拡大地図を表示」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 高速道路か国道にするかを選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると表示されます。

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