歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、日本100名城の「犬山城」の概要と、駐車場及び車中泊事情を詳しく紹介しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
犬山城は、築城当時のままの姿を現代に伝える『わずか3%しかない”奇跡の城”』のひとつ。

犬山城 DATA
犬山城
〒484-0082
犬山市犬山北古券65番地2
☎0568-61-1711
観覧料金 550円
明治村 共通券 2850円(通常3050円)
9時~17時 (受付最終16時30分)
12/29~12/31のみ休館
「犬山城」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2014.05.25
2021.11.06
「犬山城」での現地調査は2021年11月が最新で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2025年8月に作成しています。
「犬山城」の歴史と見どころ&駐車場・車中泊情報

犬山城のトリビア
「半沢直樹」のおかげで大繁盛!
犬山城が日本100名城である理由

「犬山城」は国宝指定された5つの天守のうちのひとつで、もちろん日本100名城にも選出されている。
だが、城や歴史に興味のない人で、そのことを知る人は稀だろう。
ちなみに「犬山城」以外の国宝指定されている城は、松江城(島根県)・姫路城(兵庫県)・彦根城(滋賀県)・松本城(長野県)の4つで、いずれも「城郭」を有する名城で、「徳川家康」とのゆかりを持つ武将が、歴代城主にその名を連ねている。
実は「犬山城」にもっとも長く君臨した城主「成瀬」氏も、「徳川家」とのゆかりを持っているのだが、他に比べると知名度は低く、また城を舞台にした大きなエピソードにも欠けているのだから是非もない。
それでもあえて、『どのガイドにも記されている犬山城の見どころ』を挙げるなら、

やはり「唐破風(からはふ)」と呼ばれる弓なりにカーブを描いた屋根と、釣り鐘のような形をした「華頭窓(かとうまど)」を持つ、現存する中で最古とされる木造天守ということになるだろう。
「名城」と呼ばれる城を見たことがない人なら、それで喜んでくれるかもしれない。
しかし、大半の「犬山城」を訪れる人は、その逆ではあるまいか。

インバウンドでも、日本の城と云えば「姫路城」と答えるように、むしろ歴史に興味がない人ほど、「名城」にしか足を運んでいないのが現実で、多くは既にその見事な連立天守を体験済みだと思う。
こんな立派な城を知っている人に、その櫓ほどのサイズしかない天守の『重箱の隅をつつくような魅力』を語ったところで、響くと思う方がどうかしている(笑)。
この記事はそのいい例だと思うが、筆者にはピンと来るものがなかった。
つまるところ「犬山城」の魅力は、築城以降、幾多の困難を乗り越え、今日まで存在し続けている一点にあると云っても過言ではない。
云い換えれば、ゆえに国宝、ゆえに日本100名城ということだ。
そしてそれは「犬山城」に「唐破風」があろうがなかろうが、関係のない話だろう。
つまりはナマで城を見たとて、本来の価値は分かり得ない…

「な~んだ」と思うかもしれないが、現在の日本には『天守が生まれた時代』から、変わらずその姿を維持できているものが、たったの5城しか残されていない。
日本史を遡れば約3000、江戸時代の「一国一城令」を経た明治維新の時点で、日本には193の城が存在していたとされている。

その後、明治政府の廃城令で破却された天守もあるし、そこでは生き残ったものの、太平洋戦争中に空襲で焼失したりして、実に97%以上もの城が、何らかの理由で当時の姿を失った。

ちなみに、昭和以降にコンクリート等で再建された城は、「再建天守」あるいは「模擬天守」と呼ばれ、江戸時代以前に築かれ、現在まで大きな改築や復元をせずに残っている「現存12天守」とは、明確に区別されている。
つまり建造物としては、これほど立派な「再建天守」の「名古屋城」より、ちっぽけな「犬山城」のほうが価値があるというわけだ。
その「現存12天守」は、さらに「国宝5城」と「重要文化財7城」に分かれている。

現在「重要文化財7城」に属する写真の「高知城」は、一度は国宝指定を受けたのだが、1950年(昭和25年)に施行された「文化財保護法」で基準が変わり、建物の完成が『日本の城郭様式が定まった』とされる江戸前期か、それ以前という新たな条件を満たすことができずに、「国宝」から「国重要文化財」に格下げされた経緯を持っている。

いっぽう、一時期ニュースで話題になったが、1950年にその格下げ措置を受けた「松江城」では、50年以上を経て新たな歴史的証拠が見つかり、2015年に国宝に再認定されている。
城が「国宝」に認定されるというのは、ただ古ければいいというものではなく、想像以上に難しいということだ。
ここまで解説すると、
ようやく「犬山城」が、マスコミが好んで使いそうな『奇跡の城』と呼ぶにふさわしいことが分かってくる(笑)。
そしてそこから話を組み立てれば、少しはプレゼンも違ってくるはずだ。
城というのは、見かけのカッコよさとは違うところに、本当の価値が隠れている。

実は「犬山城」は、日本で最後まで個人が所有していた城でもある。
ご多分に漏れず、「犬山城」も明治の廃城令を受け、天守を除いて櫓・城門などのほとんどが取り壊された。
さらに1891年(明治24年)の濃尾地震で、天守の東南角の付櫓も崩落する。
だが1895年(明治28年)に愛知県は、その修復を条件に、旧犬山藩主「成瀬正肥」に天守を無償で譲渡している。
2004年に「成瀬家」が運営する「財団法人犬山城白帝文庫」に、その所有権は移されたが、無償譲渡というか「返還」いや「奪還」以降、今日にいたるまでの130年間、もっと云えば、1617年に徳川2代将軍「秀忠」から、「成瀬正成」が「犬山城」を拝領した時まで遡れば、実に400年以上にわたってその保守管理を担い続けてきたのが、「成瀬家」ということになる。
よほどの財力がなければ、したくてもできない話だけに、その自負も強くて当然だ。
犬山城の歴史

最上階から、木曽川流域に広がる濃尾平野を一望できる、三重四階の望楼型天守を誇る「犬山城」は、室町時代の1537年(天文6年)に、それまであった砦を「織田信長」の叔父「信康」が改修したことが始まりとされている。

現在のかたちに造営されたのは、江戸時代を迎えた1617年(元和3年)頃に、「徳川家康」の小姓から側近となり、付家老として初代尾張藩主「徳川義直」に附属したのち、2代将軍「徳川秀忠」から「犬山城」を拝領した「成瀬正成」の時代だ。

出典:犬山城白帝文庫
「成瀬家」は、三河国足助庄成瀬郷(現在の愛知県豊田市)出身で、「松平」氏に歴代仕えてきた家柄だ。
「成瀬一斎(正一)」は「徳川家康」に仕えて伏見奉行などをつとめ、その長男「正成」は幼くして「家康」の小姓に召し出されている。
この後「成瀬家」は、9代にわたって尾張藩付家老・犬山城主をつとめ、1868年(慶応4年)に、犬山藩が成立して尾張藩から独立すると、9代藩主「成瀬正(まさみつ)」が犬山藩主となった。
しかし1869年(明治2年)6月に版籍奉還が行われると、「正肥」は犬山藩知事に任じられ、同4年7月の廃藩置県で役職を免じられた。
その後「正肥」は東京に移り住むが、犬山との繋がりが切れることはなく、1891年(明治24年)の濃尾地震をきっかけに、再び犬山城主に返り咲く。
まるで映画になりそうな展開だ。
なお「成瀬」家の歴代当主ほか、詳しい情報は以下のサイトでご覧いただける。
犬山城のトリビア
「半沢直樹」のおかげで大繁盛!

さて。
真面目で堅苦しい話ばかりでは、行く気も削がれると思うので、ひとつ「犬山城」のトリビアを紹介しておこう。
駐車場から「犬山城」に通じる道の途中に、「三光稲荷神社」がある。

ちょっと話は古いが(笑)、その一画にどういうわけか、あのTBSドラマ「半左直樹」の主役の名刺が大きく貼られていた。

聞くところによると、「三光稲荷神社」の末社である「銭洗稲荷神社」には、境内の「銭洗池」でお金や宝くじを洗うと、何倍にもなるという言い伝えがあるという。
なるほど、それで「倍返しだ!」の「半沢直樹」に結びつくのか(笑)。
しかもここで「倍」になるのは、「仕返し」ではなく「お金」なので、確かに焦げ付く融資の回収に苦しんだ「半沢直樹」が、泣いて喜びそうな御利益でもある。
おかげで話題を呼び、長らく陰に隠れた存在だった神社が、“倍返し”とばかりに脚光を浴びたというから笑ってしまった。
ここまで鮮やかに「こじつけ」られると、悪い気はしない。よく閃いたものだ。
旅行者には、明治村とのセット券がお勧め

さて。
もうお気づきのように、「犬山城」の見学時間は、普通の観光客なら「銭洗稲荷神社」でお金を洗ったとしても、1時間程度で済むだろう。
ということは「犬山城」だけのために、はるばる足を運ぶのはためらわれると思う。

だが「犬山城」には、8キロほど離れたところにある「博物館 明治村」とのセット券があり、筆者はそれをお勧めする。
こちらは明治建築を保存展示している『大人向けの本格的なテーマパーク』で、本気で周れば1日あっても足りないくらい、見どころが揃っている。
犬山城の駐車場&アクセスマップ

出典:犬山観光ナビ
犬山城には第1、第2、第3の3つの市営駐車場が用意されている。
ガイドによっては、「キャッスルパーキング」あるいは「観光駐車場」とも記しているが、いずれも同じ駐車場を指している。

その中で犬山城にもっとも近いのが、この犬山城前観光案内所がある「犬山城第1駐車場」だ。
なお「第3駐車場」は犬山市役所の横にあり、犬山城まで歩いて20分ほどかかるため。実質的には第1か第2の利用になると思うし、そこに入庫できない場合は、天守の前には長蛇の行列ができているに違いない(笑)。
犬山城第1駐車場 140台
普通車300円(1時間)
特定日は500円(1時間)
1日最大1800円(当日0時-24時)
特定日は3000円
※24時を過ぎると料金加算
入庫8時30分~21時(土日祝は8時開場)
出庫24時間可能
犬山城第2駐車場 123台
料金ほか詳細は第1駐車場と同じ
犬山城第3駐車場 150台
普通車200円(1時間)
24時間
犬山城観光にお勧めの車中泊スポット

「犬山城第1駐車場」にはトイレもあり、車中泊ができないわけではないと思うが、そこまでする必要性は感じない。
前述したように「お城めぐり」というより、愛知・岐阜の観光目的で犬山を訪れている人には、ここは「明治村」との抱合せがいいと思う。

周辺にはご覧のように数件の道の駅があるので、一見すると困ることはなさそうに思えるのだが、『ところがどっこい!』そうでもない(笑)。
「道の駅 志野・織部」と「道の駅 土岐美濃焼街道」の駐車場には傾斜があり、「道の駅 可児ッテ」は朝早くから農産物直売所に、地元の農家が軽トラで次々に納品にやってくるため騒々しいなど、車中泊の好適度はいずれもけして高くない。

その中で唯一、”満点”に近い評価をあげられるのが、「明治村」から一般道で約20キロ・クルマで30分足らずのところにあり、日帰り入浴施設を併設している「道の駅 みのかも」だ。
詳細情報を以下の記事にまとめているので、ぜひ参考にしていただきたい。
ちなみに筆者は、2025年8月現在、岐阜県にある55件の道の駅のうちの51件に足を運び、その車中泊好適度をプロの目線から独自に評価し、以下の記事で公表している。
お城も語れるほうだが、道の駅はもっと語れる(大笑)。
















