25年のキャリアを誇る車中泊旅行家がまとめた、「平賀源内」のプロフィールと、屋島の近くにある「平賀源内記念館」の概要です。
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この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
「平賀源内」は才能豊かな人物だったが、運には恵まれなかった。

平賀源内記念館 DATA
平賀源内記念館
〒769-2101
さぬき市志度587-1
☎087-894-1684
おとな500円
9時~17時
月曜 定休
筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2025.02.09
「平賀源内記念館」での現地調査は2025年2月が最新です。
平賀源内のプロフィールと「平賀源内記念館」の概要


出典:NHK
”江戸時代の奇才”と称される「平賀源内」は、有名なエレキテルの復元のほかにも、本草学の専門書や小説、さらには戯作浄瑠璃や西洋画を発表したり、源内焼を広めたりと、多岐にわたる業績を残した人物だ。

香川県の「屋島」にほど近い「讃岐志度浦」に生まれた「平賀源内」は、少年時代から本草学と儒学に興味を抱き、その勉学に励んでいたが、父の仕事を引き継いで高松藩の蔵番となる。

出典:NHK
高松藩では、同じく本草学・物産学を好み、のちに”高松藩中興の祖”と呼ばれる第5代藩主「松平頼恭(よりたか)」の重用を受けて、長崎に遊学するなど、そのもとで頭角を現した。

出典:NHK
その時代に「源内」が関わったとされるのが、「頼恭」の命によって魚類などを描いた、この「衆鱗図」と云われている。
江戸時代に、写真のようなアジの光沢を、ここまでリアルに再現する技術を持っていたのは驚きだが、それを可能にしたのは、やはり大名マネーだったようで、それは現代のCGと変わらない(笑)。
画像はNHKの歴史番組「英雄たちの選択」の放送から転用しているが、「平賀源内」は番組に出演していた各方面の識者からの評価も高く、番組ではマルチクリエイターと呼ばれていた。
しかし高松藩の器に収まり切れなかった「源内」は、「松平頼恭」に暇乞いをして浪人となり、江戸に出て本草家「田村元雄」のもとに入門する。
そこで現在の展示会にあたる「薬品会」を成功させ、本草学者としての名声を高めるとともに、プロデューサーとしての才能を発揮するが、暮らしぶりは貧しく、一度帰郷して再び高松藩主「松平頼恭」の元に高待遇で戻っている。

しかし夢を捨てきれない「源内」は、その後再び浪人となり江戸に出る。
「源内」は持ち前の才能を発揮して多方面に活躍の場を広げ、時の老中「田沼意次」から庇護を受けて、2度目の長崎遊学を実現する。
そして得た知識をもとに、火浣布(不燃布)の開発や秩父の鉱山採掘、さらには陶器や毛織物の製造といった、「田沼」の殖産興業政策に関わっていった。
しかし、晩年につまづく。
ただその詳細には諸説あるようで、「鉱山開発」が思うように進まない中、大名屋敷の修理を請け負った際に、酔って修理計画書を盗まれたと勘違いし、大工の棟梁2人を殺傷して投獄されたまま亡くなったとも、後年に逃げ延びて、書類としては死亡のままで「田沼意次」ないしは故郷高松藩の庇護下に置かれて、天寿をまっとうしたとも伝えられているが、いずれも詳細は不明のようだ。

「平賀源内」が残した発明品や著作を、保管展示している「平賀源内記念館」は、それまで資料を展示していた「平賀源内先生遺品館」が手狭であったため、近隣にあった旧銀行の建物をリノベーションすると同時に改名して、2009年3月に移転・新装オープンしている。
基本的に館内は撮影禁止。

出典:NHK
ただ筆者が訪ねた日は、『役所の広報ではないかな?』と思う方がおられ、筆者がNHK大河ドラマの「べらぼう」を観て大阪から来たことを伝えると、個別の展示物以外の館内撮影を快く了承してくれた。

「平賀源内記念館」は全国各地で活躍した源内の業績を、場所ごとに辿ることができるレイアウトになっており、まったく「平賀源内」を知らない人よりは、『耕書堂と聞いて、ああ蔦重か』と分かる程度に、「源内先生」を認知している人向きのミュージアムだと感じた。
もっとも…
”普通の観光客”が、「平賀源内記念館」を訪ねること自体がレアだと思うので(笑)、それでいいと筆者も思う。
その具体的な展示内容は、公式サイトのこのページを見ればよくわかる。

ちなみにこちらが、エレキテルで電気を起こす体験ができるマシン。
ハンドルを回しながらアンテナの先に蛍光灯の端子を近づけると、灯りがチカチカして電流が流れているのが分かる仕組みだ。
ところでエレキテルが、江戸時代には「健康医療機器」として使われていたことをご存知だろうか…

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
実用面ではさほど評価されなかったようだが、そもそも「エレキテル」は、「源内」が二度目の長崎遊学時に、和蘭通詞が所蔵していた壊れた摩擦起電機に興味を持ち、それを江戸に持ち帰ったあと、約6年の歳月をかけて修復に成功したもの。
「源内先生」はそれをきっかけにして、1776年(安永5年)に国産の「エレキテル」を数台創り出したが、それは発明というよりは「再生」に近いものだった。
しかしこの時代に電気が作れても、残念なことに”使い道”がなかった。
そこで人に当てて、痛いところを痺れさせ、あたかも痛みが消えたかのように錯覚させることを思いつくわけだが、その発想こそが天才的(笑)。
それは「平賀源内」の才能を世に広めた「土用丑の日、うなぎの日」と同じで、『嘘とは云えないものの、確実に本当かどうかも分からない(笑)』という、なんとも絶妙に人の心理を動かす独特の感性によるものだろう。
ちなみに「平賀源内」は、ベストセラー小説となった「根南志具佐(ねなしぐさ)」や「神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)」といった娯楽文学も残している。

出典:うどん県旅ネット
最後になるが、「平賀源内記念館」は約550メートル西にあって、銅像・薬草園などが残る旧邸を別館としており、全体としてはその2か所で構成されている。
ただ残念ながら、筆者には別館にまで足を運んでいる時間の余裕がなかったので、実際にそちらまでは見ていない。

「平賀源内記念館」に隣接しており、無料で13台が停められる。
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