歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、日本100名城の「大洲城」の歴史と城下町の見どころ、及び駐車場・車中泊事情を詳しく紹介しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
大洲では、お城だけでなく城下町めぐりも楽しめる。

大洲城 DATA
大洲城(おおずじょう)
〒795-0012
愛媛県大洲市大洲903
☎0893-24-1146(大洲城管理事務所)
観覧料金 550円
大洲城・臥龍山荘 共通券 880円
9時~17時 (受付最終16時30分)
年中無休
「大洲城」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2019.02.05
「大洲城」での現地調査は2019年2月が最新で、この記事は友人知人から得た情報及び、ネット上で確認できた情報を加筆し、2025年3月に作成しています。
「大洲城」の歴史と城下町の見どころ&駐車場・車中泊情報

大洲城の歴史

出典:大洲市立博物館
かつての「大洲」は、港を意味する「津」を用いて、「大津」と称されていた。
この地における城の創建は、鎌倉時代末期の1331年に、守護として国入りした「宇都宮豊房」が地蔵ヶ嶽に築いた「大津城」が最初で、戦国時代末期までの237年間にわたり、「伊予宇都宮氏」はそこを居城に「大津」を支配してきた。
しかし1568年に「伊予宇都宮氏」は「河野・毛利」連合軍に敗れ、城は敵方の「河野氏」の家臣「大野氏」の手にわたった。
1585年、今度は「羽柴秀吉」が四国平定に乗り出し、「大野氏」は「秀吉」方の「小早川・吉川」連合軍に敗北する。

「小早川隆景」は、伊予35万石を拝領して現在の「道後温泉」近くにある「湯築城」を居城とし、「大津城」を枝城とした。
その後「小早川隆景」は九州に転封となり、1587年に「戸田勝隆」が宇和・喜多郡16万石に封ぜられ、「大津城」を居城とするが、1595年の「文禄の役」のさなかに朝鮮半島で病死する。

その後を受けて入城したのが、築城の名手で名高い「藤堂高虎」だ。
しかし「高虎」は1598年に「秀吉」がこの世を去ると、「加藤清正」や「黒田長政」らとともに、「豊臣」を見限って「徳川」へと流れ、1600年の「関ヶ原の戦い」で武功をあげる。
そして1602年には、20万石の加増を受けて現在の「今治城」へと転封されたため、「大津」では城下町の基礎を整備しただけで、現在復元されている「大洲城天守」の造営は、その後に来た「脇坂安治」が行ったようだ。
またこの時代に地名も「大洲」に改称されたと云われている。

1617年に「加藤貞泰」が城主となった頃の「大洲城」は、本丸の中心に多門櫓でつながれた台所櫓と高欄櫓の左右の二重櫓を従えた、四重四階の天守がそびえていた。
以降、「大洲城下町」は「加藤氏」の治世のもとで、「伊予大洲藩」の政治・経済の中心地として繁栄を遂げ、幕末を迎える。
しかし明治に入ると、城内の建物は天守と一部の櫓を除いて取壊され、残っていた天守も、老朽化により1888年には解体されてしまった。

それから時を経た2004年(平成16年)、古写真や「天守雛形」と呼ばれる江戸期の木組み模型などの資料をもとに、四層四階の複連結式天守は、当時の姿を取り戻す。
その経緯から完成にいたる記録とエピソードが、公式サイトに詳しく綴られているので、ぜひあわせてご覧いただきたい。
今の日本の法律では、「大洲城」が国宝指定されることはありえないが、当時の工法を用いるなどして、その名の通り木造で忠実に再現された「木造復元天守」は、2025年3月現在、全国にわずか5件しない。
大洲城の城下町

さて。
「伊予の小京都」と呼ばれ、江戸時代から明治時代にかけての家並み、町並みがそのまま残る大洲の城下町は、どこか懐かしくて趣のある落ち着いた景色の中に身を置くことができる、お勧めの場所だ。
それでいて、京都の祇園界隈や金沢のように、人で溢れかえっていないのがいい。
イチオシは、臥龍山荘

肱川(ひじかわ)流域随一の景勝地「臥龍淵(がりゅうぶち)」を臨む、三千坪の敷地に建つのが「臥龍山荘」だ。

「臥龍淵」の美しさに惚れ込んだ地元の名士「河内寅次郎」が、茶の湯の文化を守るために10年かけて築いたこの山荘は、

日本の数寄屋建築の傑作として、国の重要文化財に指定され、2011年にはミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星を獲得している。

臥龍淵の崖にせり出し、全体を船に見立てた懸造(かけづくり)の「不老庵」からは、「臥龍淵」が眼下に見える。

出典:四国地方整備局
観覧料
おとな¥550
※臥龍山荘・大洲城 共通券 おとな¥880
営業時間
9時~17時 (受付最終16時30分)
年中無休
城下町にはその他にも、「おおず赤煉瓦館」や「思ひ出倉庫」といった観光施設が点在しており、「大洲城」を含めたすべてを歩いて見て周れる。

最後は、お約束のロケ地の話を(笑)。

まず「おはなはん」だが、これは1966年4月4日から1967年4月1日まで放送された NHKの「連続テレビ小説」第6作目で、1959年生まれの筆者も当時は7歳だったため、かすかに覚えているだけだが、NHKのこちらのサイトで、懐かしいBGMと映像が楽しめる。
そしてもうひとつがこちら。

さすがにこれは平成の1991年に放送されているので、記憶にある人は多いと思う。

「東京ラブストーリー」は、柴門ふみの同名漫画を原作にした恋愛ドラマで、東京を舞台に恋愛に不器用な若者たちの葛藤や成長を描いたヒット作で、平均視聴率22.9%、最高視聴率は32.9%を記録した。
ちなみに今でも、Amazonプライムで見ることが可能。

主なキャストは以下の通り。
赤名リカ:鈴木保奈美/永尾完治:織田裕二/関口さとみ:有森也実/三上健一:江口洋介/和賀夏樹:西岡徳馬/渡辺:中山秀征/石井:伊藤美紀
ドラマは見ていなくても、小田和正が歌った主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」を知らない人はいないのでは。

なお「大洲」の城下町は、最終回の第11話の中で使われている。
中でもハイライトシーンはこれだろう。
リカが、完治が小学生の時に学校の柱に書いた落書きの横に添え書きをするため、ひとり誰にも云わずに松山を訪れる。
完治はリカが松山に行きたがっていた話を思い出し、リカを追って松山に飛び、無事に再会を果たすのだが…

ふたりはハッピーエンドを迎えなかった。
なお大洲市も、ロケ地を動画で紹介しているので、よろしければ参考に。
ただしふたりが落書きをした小学校は廃校になっているため、今は存在しない。
大洲城の駐車場&アクセスマップ
公式サイトでは「市営第一観光駐車場」を推奨している。画像がないのは残念だが、入口にゲートはなく平面で無料。
市営第一観光駐車場
普通車47台
無料
24時間開放・年中無休
ただ、筆者が初めての人にお勧めするのは、観光案内所・食事処・売店・トイレがあり、大洲観光の総合窓口になっている「大洲まちの駅あさもや」だ。
こちらも無料で、「大洲城」には少し遠くなるが、城下町を散策するなら「おはなはん通り」や「臥龍山荘」にも近く、ここで観光マップをもらうといい。

なお大洲の城下町には、近くに日帰り温泉があるので、車中泊をしようと思えばできるが、そうする理由が見当たらない。
筆者のお勧めは、約15キロ・20分のところにある「道の駅 八幡浜みなっと」だ。
旅行者のための「お城めぐり入門講座」
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