25年のキャリアを誇る車中泊旅行家がまとめた、「道の駅 藍ランドうだつ」の車中泊に関する情報です。
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~ここから本編が始まります。~
「道の駅 藍ランドうだつ」は、重伝建「うだつの町並み」に隣接する、ちょっと風変わりな道の駅

道の駅 藍ランドうだつ DATA
道の駅 藍ランドうだつ
〒779-3610
徳島県美馬市脇町大字脇町55
☎0883-53-2333
9時~17時
年末年始以外は無休
「道の駅 藍ランドうだつ」の登録日
※これを知ることで、施設の古さやリニューアルの有無などがわかります。
登録回/第18回
登録日/2002年8月13日
「道の駅 藍ランドうだつ」の筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2014.11.24
2018.10.08
2025.02.11
※「道の駅 藍ランドうだつ」での現地調査は2025年2月が最新です。
道の駅 藍ランドうだつ
「道の駅 藍ランドうだつ」のロケーション

「道の駅 藍ランドうだつ」は、清流「吉野川」に沿って走る徳島県道12号・鳴門池田線が通る美馬市脇町にあるのだが、

江戸時代の繁栄ぶりを現代に伝える「脇町うだつの町並み」と、当時の吉野川の船着場を再現した「舟着場公園」が隣接しており、その一画に豪商「吉田家」の藍蔵を物販飲食施設にリノベーションした、「道の駅 藍ランドうだつ」の駅舎が建っている。

そのため駅舎と少し離れた駐車場は、エリア全体の観光駐車場も兼ねている。

ここで鍵となるのは、「脇町うだつの町並み」と特産品の「藍染」だが、両者の間には江戸時代どころか、室町時代にまで遡る深い関係がある。
しかし筆者がざっと見たかぎり、それを記している「道の駅 藍ランドうだつ」の紹介サイトは見当たらなかった。
だがその話なくして、この地の本当のおもしろさは伝わらない。
これが大事!
脇町うだつの町並みの歴史
~なぜ、脇町が長者の象徴である「卯建(うだつ)」の上がる、商家の町になったのか…~

立役者は、阿波出身の戦国武将「三好長慶(ながよし)・1522年~1564年」だ。
室町幕府を支える有力大名「細川氏」の重臣として畿内で力を蓄え、やがて主君の「細川氏」を倒し、さらに室町将軍を都から追放して、「織田信長」よりひと足先に”天下人”となったことで知られている。
「三好長慶」の勢力圏は、最盛期には山城・大和・摂津・河内・和泉の五畿内、さらに阿波・淡路・讃岐・丹波・丹後・播磨東部にまで及んだ。

その中で「長慶」の資金源となり、政権を支えた産業が故郷の「藍染」だった。
当時の「藍染」は、武士の装束として用いられていた。

出典:藍色工房
その謂れは藍染が”「勝色(かちいろ)」”と呼ばれ、戦の勝利の験担ぎに、武士たちが着用していたことにある。

出典:AI/TOKUSHIMA
原料となる「藍」の生産地・集散地として栄えた「脇(町)」は、1533年(天文2年)に「三好長慶」が「脇城(現在の脇市街地の北側の城山)」を築き、その城下町として開けた歴史を持っている。

これで脇町と藍染の関係が明らかになったわけだが、卯建があがるようになるのは、もう少し後の話だ。
ちなみに「卯建」とは、火事発生時に隣家への延焼を抑えるために、建物の二階部分に設けられた防火壁のこと。
卯建を作るには莫大な費用がかかることから、いつしか富や地位の象徴になった。
出世時によく使われる『うだつが上がる・上がらない』ということわざは、そこから生まれたと云われている。

さて。
江戸時代に入ると、庶民も木綿の着物を着るようになった。
その結果「藍染」の需要が急増し、「脇」は江戸期から明治中期まで”「藍」の町”として隆盛を続け、財をなした商人たちは、立派な卯建をあげた屋敷や蔵を、南町通りに連ねるようになる。
その背景には、「脇」が水陸の交通の要衝に立地していたことも挙げられる。

「脇」は吉野川の水運に加え、鳴門へ続く「撫養(むや)街道」と、高松に通じる「讃岐(さぬき)街道」の陸路の接点にあたっており、「藍」だけでなく四国一円の物資の集散地でもあった。
しかし、明治後期からの新たな化学染料の台頭で、「藍」の生産が衰退し、「脇」は繭の集散地へと舵を切る。
周辺には製糸工場が建ち、町中では呉服商が活況を呈したが、その好景気も長くは続かず、大正3年に吉野川の対岸に鉄道が開通して水運が廃れると、「脇」は時代の流れから完全に孤立してしまった。
しかし幸か不幸か…

基幹産業を失った「脇町」は戦禍を免れ、今ではかつて商人たちがあげた自慢の卯建が象徴的な、”町屋と蔵が残るノスタルジックなストリート”として、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている。
話が長くなったので、そろそろ道の駅の話に移ろう。
「脇町うだつの町並み」の続きはこちらのサイトで(笑)。
「道の駅 藍ランドうだつ」の施設

これが「道の駅 藍ランドうだつ」の航空写真だが、冒頭で記したように、車中泊旅行者の視点に立つと、実態は「脇町うだつの町並み」と「舟着き場公園」の無料観光駐車場に近いものだ。

駐車場は概ねフラットで、生け垣で適度にセパレートされており、一般的な道の駅よりは多少プライバシーを保ちやすい。

上の写真の駐車場のいちばん奥に見えているのが24時間トイレ。
前には徳島らしく、地元企業「大塚製薬」のポカリスエットの自販機があった。
しかし缶・ペットボトル用のゴミ箱は見当たらず、どうやら「道の駅 藍ランドうだつ」では、車中泊旅行者だろうが、インバウンドだろうが、一切のゴミを引き取るつもりはないようだ。
とどのつまり徳島では、
金設けはするが手間のかかるゴミは取らない=ロスなく儲かる=卯建があがる
せっかくの重伝建も、こんなふうに思われたら台無しだろう(笑)。
こういう些細なことから評判が落ちていくことを、徳島県は学ぶ必要がある。

まあトイレにウォシュレットが完備しているのが、せめてもの救いかな(笑)。

いっぽう物販飲食施設を伴ったいわゆる”駅舎”は、駐車場から離れた「舟着き場公園」と「脇町うだつの町並み」の接点にあたる場所にある。

こちらがその、豪商・吉田家の蔵を改装した「道の駅 藍ランドうだつ」の駅舎。
左に隠れて見えるのがメイン施設の「藍蔵」、中央が「観光案内所」、その右が「藍染工房」で、いちばん右の建物がランチとスイーツが食せる「うだつ茶房」だ。

土産品と飲食を提供する「藍蔵」。

店内には、徳島特産の土産品に加え、藍パウダー配合のお茶や飴などの食品と、伝統の「藍染」製品が数多く並んでいる。

「藍染」も、こういうリーズナブルなアイテムがあると手が出しやすい。

「藍蔵」の2階でもランチが食べられる。

いっぽうこちらは徳島県のブランド地鶏「阿波尾鶏(あわおどり)」を使った「うだつ茶房」のランチ。

筆者は写真の「おろしたっぷりさっぱりポン酢ソース」、家内は下の「手作りタルタルソースチキン南蛮」を注文した。

ボリュームもそこそこあって味も良かったが、「チキン南蛮」はともかく、まさか「さっぱりおろしポン酢」までモモではなく胸肉だとは思わなかった。
メニューに部位まで書いてあれば頼まなかっただけに、やや悔いは残ったが、この値段を見て気づかなかった筆者も悪い(笑)。

「藍染工房」では体験もできる。藍染の原液は発酵して作るため、ちょっと匂いが気にはなったが、時間があればぜひ。

最後に疲れた時は、観光案内所に行けば無料で休むことができる。
「道の駅 藍ランドうだつ」の車中泊好適度
「道の駅 藍ランドうだつ」のゴミに対する対応
可燃ゴミ:館内・館外にも見当たらず。
缶・ビン・ペットボトル:24時間トイレ横の自動販売機に設置。
なお、車中泊の旅行中に発生するゴミは「家庭ゴミ」ではない。
しかるに「家庭ゴミの持込み禁止」は地域住民に向けた正しい勧告ではあるが、車中泊の旅行中に発生するゴミは該当しない。
こう説明すれば分かりやすいと思う。

近くのスーパーで買ってきた「弁当」は、道の駅についた時点では「ゴミ」ではなく「食品」だ。
しかしそれを道の駅で食べると、残った容器はゴミになる。

ということは、正確には「道の駅で発生したゴミ」であって、
道の駅のスタッフが、出勤前にコンビニで買ってきた弁当を昼食に食べた後、その容器を事務所のゴミ箱に捨てるのと同じ話で、誰が食べたかは関係ない。
すなわち、「事業ゴミ」として道の駅が処分するのが筋ということになる。

明日自宅に帰る車中泊の旅行者が、それを「持ち帰り」するのは自由だが、それは「マナー」と呼ぶものではなく、あくまでも「道の駅の負担を軽減してあげるための協力」であって、基本は堂々と捨てさせてもらってかまわない。
車中泊旅行中のゴミの処分については、以下にもっと詳しい記事を掲載しているので、時間があればぜひ。上に記した話が「自分勝手」かどうかは、法律に照らし合わせれば一目瞭然だ(笑)。
「道の駅 藍ランドうだつ」の最寄りの温泉&周辺の買い物施設
土柱ランド新温泉
道の駅から約9キロ・15分
おとな600円
☎0883-35-3431
平日 16時30分~22時 (受付最終 21時30分)
土日祝は11時~
不定休
コンビニ
ミニストップまで約250メートル、ほかセブンイレブン、ローソンも近い。
スーパーマーケット
「キョーエイ 脇町ミライズ店」まで約300メートル
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