伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう) 本当の由緒と見どころ【クルマ旅のプロが解説】

伊弉諾神宮 由緒と見どころ

25年のキャリアを誇る車中泊旅行家が、淡路島に残る日本最古の神社とされる「伊弉諾神宮」の由緒と見どころを、分かりやすくご紹介

「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

巌流島

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

車中泊で史跡めぐり【クルマ旅のプロが解説】
車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、クルマで日本の歴史舞台を旅したい人に向けての情報を発信しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。



~ここから本編が始まります。~

「伊弉諾尊神社」ではなく「神宮」。世に云われている由緒はどこまでホント?

伊弉諾神宮 本殿

伊弉諾神宮 DATA

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)
※公式サイトなし
〒656-1521
兵庫県淡路市多賀740
☎0799-80-5001
終日参拝は可能
※社務所は8時30分~17時

※創建の時期は不明

「伊弉諾神宮」の筆者の歴訪記録

※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。

2012.03.04
2025.11.07

※伊弉諾神宮での現地調査は2025年11月が最新です。

伊弉諾神宮 由緒と見どころ

伊弉諾神宮

伊弉諾神宮の由緒

伊弉諾神宮の見どころ

伊弉諾神宮のロケーション

伊弉諾神宮のアクセスマップ

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伊弉諾神宮の由緒

伊弉諾神宮

「伊弉諾神宮」は、日本の国生み・神生みの大業を成し遂げた「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」と「伊弉冉尊(いざなみのみこと)」の二神を祀る、『古事記・日本書紀に記載がある中では、日本でもっとも古い神宮』と云われている。

古文書によると、国産み・神産みを終えた「伊弉諾尊」は、多賀の地の幽宮(かくりのみや、終焉の御住居)に鎮まった。

そして没後、そこに御神陵が営まれ「神宮」として創建されたのが「伊弉諾神宮」の起源になる。

国生み神話

伊弉諾神宮

「記紀」によれば、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」と「伊弉冊尊(いざなみのみこと)」が、天上の「天の浮橋」に立って、「天の沼(ぬぼこ)」で「青海原(あおうなばら)」をかきまわし、その矛を引き上げた時に、先から滴り落ちる潮(しお)が凝り固まってひとつの島になった。

その時にできた島が「自凝島(おのころじま)」で、それが後に「淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)」こと、現在の淡路島になったという。

二神はその島に降り立ち、夫婦の契りを結んで国生みを行った結果、さらに四国・隠岐・九州・壱岐・対馬・佐渡・本州が生まれ、「大八洲(おおやしま)」と呼ばれる古代日本の国土が誕生した。

伊弉諾神宮

ちなみに、よくここは「神社」と間違えられるが、「神社」は神様が降臨してくるところで、用が済めばお帰りになられる。

いっぽう「神宮」は、神様が常駐しているところを指している。

なるほど、確かに筋は通っている(笑)。

そして『神様好きの日本人』には、ここまでの話で十分かもしれない。

ここで

『神様なのに、死んじゃうの?』
てなことを云い出すと、まとまる話もこじれるわけだが(笑)、ご周知の通り「古事記」「日本書紀」は奈良時代に作られているので、それ以前の話は朝廷の都合のいいように書き換えられている。

というわけで、ここでは誰もが頷く説得力のある話を少し記そう。

伊勢神宮

そもそも「日本」の国土を創り、さらに「天照大神」のご両親を祀る神社なら、「伊弉諾神宮」のほうが「伊勢神宮」より社格が上であるのが当然だと思うが、実際はそうではない。

それは2019年に行なわれた、天皇交代の儀式を見れば疑いようもない話だ。

すなわち、日本建国のすべてを知る宮内庁は、「伊弉諾神宮」を重要視していないということになる。

学識者の間にも、「伊弉諾尊」を皇祖神である「天照大神」の親とする信仰が宮廷に古くからあったとは云えず、2神が組み込まれたのは7世紀中頃以降とする説がある。

そして筆者もそう思う。

どう考えても、功績がここまではっきりしているのに、「伊弉諾尊」を皇祖神にしないのは不自然だ。

にもかかわらず、これだけの社が残されているのはなぜなんだろう? 

「伊弉諾神宮」の”キモ”はそこにある。

真相は、「伊弉諾尊」とは別の『古代の淡路島で島民から慕われていた、王のような人物』の古墳に建っていた小さな社を、畿内の統一を果たした「ヤマト王権」が、自分たちの神話にあわせて豪奢なものに仕立て直したというところだと思う。

分かりやすく云うと、以前からあった島民の信仰を”横取り”したわけだが、さすがに『縁もゆかりもない人の社』をそうするはずはない。

ということは逆に云うと、当時の「ヤマト王権」が一目置くほどの”人物”が、淡路島にいたということなる。

これは淡路島が、古代から平安時代まで、皇室や朝廷に海産物などの食料を献上していた「御食国(みけつくに)」であったことと、なにか関連があるのかもしれないと思って調べてみると、”案の定”と思えるヒントが、なんと「うずの丘大鳴門橋記念館」で見つかった。

淡路島 海人

さらに掘り下げていくと、5世紀頃の淡路島を支配していたのは、「ヤマト王権」を構成した豪族のひとつとされる海人の「葛城氏(かつらぎうじ)」で、「ヤマト王権」の祭祀「大嘗祭(だいじょうさい)」における「由加物(ゆかもの:神饌)」の貢上(くじょう)を支える重要な役割を担っていた。

しかし「葛城氏」は海人としての主張を保つなど、「ヤマト王権」の中枢的な存在であった「倭国」の王族に対し、一定の対立関係を保つ側面もあったことから、5世紀後半に「倭国」の「雄略天皇」によって滅ぼされてしまったという。

花の窟

続いて「伊弉冊尊(いざなみのみこと)」について。

彼女は火神「軻遇突智尊(かぐつちのみこと)」を産んだ後に、灼かれて亡くなったとされ、葬られた御陵が三重県にある「花の窟(いわや)」とされている。

ちなみに世界遺産に登録されている「花の窟」は、『日本最古の神社』だと云う。

夫の「伊弉諾尊」は”神宮”で、妻の「伊弉冊尊」が”神社”というのは、前述した話と矛盾するし、現代で云えば男尊女卑の”差別”にあたるのでは?(笑)。

こうして見ていくと、日本の史実を「天孫族」の都合のいいように、無理やり書き換えている「古事記」の神話が支離滅裂で、矛盾が目立つ話が多いのは明らかだ。

編纂者の「稗田 阿礼(ひえだのあれ)」も、まさか後の世にそれが解き明かされるなんて思いもしていなかったに違いないが(笑)、捏造を指示した張本人とも云える「天智天皇」の娘で、「天武天皇」の后でもあった当時の最高権力者「持統天皇」と、その側近たちの日本史における功罪は実におもしろい。

その”代表傑作”が「天孫降臨」だ。

この「神話」には、「天照大神」にあやかって、天皇の座を孫に継承することを正当化したい「持統天皇」と、「持統天皇」の父「天智天皇(中大兄皇子)」とともに、”乙巳の変(大化の改新)”を成し遂げた「中臣鎌足」の次男で、明日香で依然として力を持つ昔からの豪族の勢力を削ぎ落としたい、「藤原不比等(ふびら)」の思惑が色濃く反映していると噂されている。

事実、これにより「持統天皇」は今日まで続く『天皇の世襲制』を確立し、それをサポートした「藤原不比等」は、2024年に放送されたNHKの大河ドラマ「光る君へ」で描かれた、平安時代まで続く”摂関政治”の基礎を築いている。

まさに『大化の改新リターンズ』(笑)。

「伊弉諾神宮」は日本の信仰には知られざる歴史があることに気づかせてくれる、いいきっかけになる場所のひとつだ。

ついでに、

もうひとつの「国生み神話」の伝承地と伝わる、「自凝島(おのころ)島神社」についてもふれておこう。

おのころ島神社

こちらの神社は、古代の「御原入江(おはらいりえ)」の中に浮かんでいた、”国生みの聖地”と伝えられる丘に建つが、創建の時期は「伊弉諾神宮」と同じく不明だ。

「御原入江」は古代の淡路島にあったとされる広大な入江で、当時の海岸線は現在よりも内陸深くまで入り込んでいたらしいが、現在の「おのころ島神社」がある場所は、海岸から4~5キロほど離れているため、その面影はない。

ちなみに、”日本三大鳥居”のひとつに数えられている、高さ21.7メートルの大鳥居は、1982年に建立されたもの。

つまり、有名になったのはバブルの頃。

さらに神社としての格付けは、「伊弉諾神宮」が淡路国の「一宮」であるのに対し、「おのころ島神社」は、官幣社などの特定の社格に分類されない「無格社」となっている点も見逃せない。

そもそも「国生み神話」自体が信憑性に大きく欠けているわけで、リアルな古代の地形に即しているとはいえ、それに関連する場所というのは『ほぼ間違いなく後付け・こじ付け』と云ってもいい。

それではロマンがなくなるという人もあるだろうが、最初からなかったものにロマンを感じようとすることそのものが、昔の誰かの”思うツボ”(笑)。

ギリシャ神話の「トロイの木馬」とは根っこが違う。

なお「おのころ島神社」は、「伊弉諾神宮」から20キロ以上離れた「南あわじ」エリアにあり、場所から考えても、両者に直接的な因果関係はなさそうだ。

伊弉諾神宮の見どころ

伊弉諾神宮

「伊弉諾神宮」では、「表神門」をくぐると「拝殿」があり、そのすぐ奥に「本殿」が鎮座している。

伊弉諾神宮

「本殿」は神陵の墳丘を覆うように二重の基壇を構えた、檜皮葺三間社流造向拝付で、棟に千木・鰹木を置き、前方の「幣殿」と連結した造りになっている。

明治9~12年の造営では、十間ほど前方の既存地に再建されたが、同14年に後背の神陵地を造成して、かつての御神陵があった場所へ戻された。

夫婦の大楠

「伊弉諾神宮」で歴史を感じさせてくれるのは、樹齢900年を越すとされ、兵庫県の天然記念物に指定されている、こちらの「夫婦の大楠(めおとのおおくす)」だ。

元は二株だったものが、結合して一株に成長したという珍樹で、天地創造の神である「伊弉諾(男神)」「伊弉冉(女神)」の二神が宿る御神木として信仰されている。

伊弉諾神宮 陽の道しるべ

そのくらいなら可愛いもんだが(笑)、問題は古代の歴史と現代をつなぐ目的で2010年に設置されたこの「陽の道しるべ」で、これについては、筆者は間違いなく後付けだと思っている。

伊弉諾神宮

記されたレイラインは、古代の人々が全国各地に残る神宮・神社を、特定のコンセプトに基づいて意図的に配置したという説に基づいているようだが、それなら先にこのレイラインがあって、その線上にあえて登場しているお宮が建てられたということになる。

筆者は対馬の「海神神社」以外にはすべて足を運んでいるが、現地でそういう話はただの一度も見聞きしたことがない。

それにそもそも「伊弉諾神宮」は、天孫族が選んだ場所に建てられているわけではないのだから、こういうストーリーが成り立つはずがない。

おそらく考古学者の多くは、まともにとりあげていないのでは(笑)。

結論として、

「伊弉諾神宮」は、『古代に淡路島を治めていた「葛城氏」の首領が祀られてきた古い歴史を有するお社』で、本来は「日本神話」と無関係だ。

伊弉諾神宮のロケーション

淡路島おもしろマップ

「伊弉諾神宮」は、今をときめく「淡路西海岸」に近い「多賀の浜海水浴場」から内陸方面に2キロほど入ったところにある。

ファッショナブルな「幸せのパンケーキ」でリゾート気分を味わった後、パワースポットの恩恵に授かりたい今どきの若者には、まさにピッタリなロケーションかもしれない。

多賀の浜

いっぽうそれに抵抗感がある人には、海人が古代に躍動した明石海峡の美しい海辺を無料で散歩できる「多賀の浜」がお勧めだと思う。

最後に。

筆者は、今では名前も分からない淡路島土着のヒーローに敬意を払い、その魂が宿るこの地を参拝することに異論はない。

しかし権威や人気欲しさから生まれた後付けの作り話や、今どきの「パワースポットごっこ」に同調するのは気が進まないので、この記事を書いた。

伊弉諾神宮のアクセスマップ

伊弉諾神宮

駐車場は2ヶ所あり、こちらは「一の鳥居」のすぐ横にある第一駐車場だが、入口は狭くて、平日でもクルマは多い。

伊弉諾神宮 第二駐車場

サイズの大きなキャンピングカーは、「一の鳥居」まで徒歩約3分で行ける、こちらの第二駐車場のほうが停めやすいだろう。

マップをグーグルナビに切り替える方法
スマートフォンでご覧の方は、「拡大地図を表示」をタップし、画面が切り替わったら下の「ナビ開始」をタップするとナビゲーションが始まります。 高速道路か国道にするかを選びたい場合は、「ナビ開始」ボタンの左にある「経路」をタップすると表示されます。


 

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