松山市内に残る「坂の上の雲」の主人公ゆかりの地 まとめ

坂の上の雲

愛媛県の松山市内に残る、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公にゆかりの深い場所を、歴史に明るく経験豊かな「車中泊旅行家」が紹介しています。

「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

巌流島
この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

車中泊で史跡めぐり【クルマ旅のプロが解説】
車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、クルマで日本の歴史舞台を旅したい人に向けての情報を発信しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。


 

~ここから本編が始まります。~

「坂の上の雲」は、松山出身の軍人「秋山兄弟」と幼馴染みの「正岡子規」を主人公に、明治時代の日本を描いた史実に基づく長編歴史小説

秋山兄弟生誕地

坂の上の雲とは

坂の上の雲ミュージアム

秋山兄弟生誕地

正岡子規ゆかりの地「子規堂」

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坂の上の雲とは

出典:NHK

※この項は以下の記事の重複になるので、既にご覧の方は坂の上の雲ミュージアムからご覧ください。

出典:NHK

日本が近代国家へと歩み始めた明治時代。松山に3人の男がいた。

後に「連合艦隊参謀」として、無敵と飛ばれたロシアの「バルチック艦隊」を撃破し、「日本海海戦」を勝利に導いた「秋山真之(さねゆき)」、その兄で同じくロシアの「コサック部隊」を打ち破って「日露戦争」の勝利に貢献し、後に「日本騎兵の父」と呼ばれる「秋山好古(よしふる)」、そして俳句の「中興の祖」となった「正岡子規」。

彼らはただ前のみを見つめ、明治と言う時代の坂を上ってゆく…

出典:産経新聞

歴史作家「司馬遼太郎」の代表作のひとつである「坂の上の雲」は、1968年(昭和43年)から1972年(昭和47年)にかけて「産経新聞」に連載され、その後単行版全6巻(文藝春秋、初版1969年~1972年)、文庫版全8巻(文春文庫、初版1978年、島田謹二解説)で刊行された。

しかし日本人の多くが、「坂の上の雲」を知ったきっかけはテレビだろう。

2009年11月29日から2011年12月25日まで足掛け3年にわたり、NHK「スペシャルドラマ」として放送された「坂の上の雲」は、3部構成の全13話。

NHKの「プロジェクトJAPAN」の一環に位置づけられ、国内では、愛媛・長野・茨城・奈良・福島・愛知・神奈川・静岡・広島・岡山・滋賀・熊本など、さらに海外は日露戦争の舞台となった中国やロシア、さらにはアメリカ、イギリス等で3年に及ぶロケが行われた。

出典:NHK

また、戦闘シーンは、CG(コンピューター・グラフィックス)をフル活用し、映画さながらのリアリティーを実現している。

配役は、主役の本木雅弘(秋山真之)、阿部寛(秋山好古)、香川照之(正岡子規)のほか、西田敏行、石坂浩二、高橋英樹、渡哲也、伊東四朗、加藤剛、小澤征悦、竹下景子、松たか子、菅野美穂などの豪華キャストをラインナップ。

もちろん制作費は大河ドラマを上回るケタ違いの規模であった。

坂の上の雲ミュージアム

坂の上の雲ミュージアム

このミュージアムは、歴史作家「司馬遼太郎」の長編大作「坂の上の雲」をテーマに、松山のまち全体を屋根のない博物館とする『「坂の上の雲」フィールドミュージアム構想』の中核施設として2007年に開館した。

坂の上の雲ミュージアム

建物は「安藤忠雄氏」の設計で、東大阪市にある「司馬遼太郎記念館」を彷彿させるコンクリート造りになっている。

ただ、ここは「どうしても行ってみたい人」向きの施設だろう。

そのあらすじを知っていないと、たぶんまったくおもしろくないと思う(笑)。

坂の上の雲ミュージアム

中には主人公の「秋山兄弟」と「正岡子規」、そして彼らが生きた明治時代に関する資料などが展示されている。

展示の多くはパネルだが、館内は広く見やすい構造だ。

坂の上の雲ミュージアム

なお、4Fではテーマを変えた企画展が催される。できれば、その内容を事前に公式サイトで調べていこう。

坂の上の雲ミュージアム
〒791-0001
松山市一番町三丁目20番地

☎089-915-2600
おとな400円
9時~18時30分(受付最終18時)
月曜休館

坂の上の雲ミュージアム 駐車場

ただし車中泊の旅人にとって、注意すべきはアクセスだ。

「坂の上の雲ミュージアム」は大通りには面しておらず、松山地方検察庁の横の路地から少し入り込んだところにある。しかも一般来館者用の駐車場は設けられていない。

そのためクルマは周辺のコインパーキングを利用するしかないが、「松山城駐車場(喜与町駐車場)」から約650メートル、歩いて10分ほどなので、「松山城」と合わせて行くのが、旅行者には分かりやすくていいかもしれない。

普通車の料金は2時間まで420円、以降30分100円で、12台が停められる。

秋山兄弟生誕地

秋山兄弟生誕地

日露戦争で多大な功績を残し、「司馬遼太郎」の小説「坂の上の雲」の登場人物でもある、「秋山好古(よしふる)」と「秋山真之(さねゆき)」の生家が、2005年に復元された。

秋山兄弟生誕地

秋山家は江戸末期の天保年間から現在の場所に家を構えていたが、それは藁葺屋根に木造平屋建ての、典型的な下級武士の家屋だったという。

2005年の復元に際しては、当時の家屋の設計図がなかったため、好古の家族をはじめ、秋山家の子孫や親戚から当時の様子を伝聞し、それと古い写真を参考にながら建築が行われた。

秋山兄弟生誕地

なお生家建物の位置は、庭に2人の銅像があるため、当時より北側に寄せている。

現地にはボランティアスタッフが常駐しており、案内・解説をしてもらえる。

秋山兄弟生誕地
〒790-0801
松山市歩行町2-3-6
☎ 089-943-2747
(公益財団法人 常盤同郷会本部地)
おとな300円

10時~17時(受付最終16時40分)
月曜定休

駐車場: 近隣100円パーキングあり

正岡子規ゆかりの地「子規堂」

子規堂

「子規堂」は、「正岡子規」の文学仲間であった正宗寺(しょうじゅうじ)の住職「仏海禅師」が、「子規」の業績を記念し、彼が17歳まで過ごした住居を境内に復元した文学資料館で、どちらかといえば、「子規」と親交があった人達による私立の色彩が強い。

最初の「子規堂」は大正15年に「柳原極堂」らによって建てられたが、昭和8年に焼失している。その後再建された建物も昭和20年の空襲で焼失し、現在の建物は3代目にあたるという。

子規堂

堂内には「子規」の愛用品や遺品、写真、原稿など約100点が展示されており、中には「夏目漱石」や「秋山真之」から送られた手紙も保管されている。

子規堂

また「子規」が庭園を眺めつつ、勉学に打ち込んだとされる当時の机もある。

子規堂

 さらに「子規堂」の正面には、子規の「旅立ち」の記念碑のほか、「子規堂」前の広場の一画には、「夏目漱石」の胸像、当時運行されていた「坊っちゃん列車」の客車、俳句ポスト、「子規」とベースボールの碑などもある。

子規堂
〒790-0023
松山市末広町16-3
☎:089-945-0400(正宗寺)
おとな50円
9時~17時・無休
駐車場あり(20台)

アンドモア

夏目漱石

ここからは3人の主人公に、「秋山真之」と「正岡子規」の東大予備門時代の学友で、松山に英語教員として赴任する「夏目漱石」が加わる。

子規記念博物館

子規記念博物館

「子規堂」からは離れるが、「道後温泉」にほど近い「道後公園」の一画に、松山市立「子規記念博物館」がある。

「子規記念博物館」は、「正岡子規」に加えて「夏目漱石」やこの地にゆかりの深い文人たちの業績を集大成した文学系の博物館で、1981年4月に開館し、現在収蔵している実物資料や書籍はおよそ6万点といわれている。

またこの博物館には、「子規」と「漱石」にゆかりの深い展示物がある。

愚陀仏庵

それが3階にある、この「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」だ。

写真の座敷は、1895年(明治28年)に松山中学英語教員として赴任した「夏目漱石」の下宿住居を再現したもの。

「愚陀仏」は「漱石」の俳号だが、その名付け親は正岡子規」だ。

「子規」は日清戦争従軍後に喀血し、療養で松山へ帰郷するが、その際にはここに52日間滞在して多くの句を書き残している。

なお新たに再建計画が発表された「愚陀佛庵」については、以下の記事でも詳しく触れている。

松山中学校跡

松山中学跡

現在のNTT愛媛支店のビルの前に、「正岡子規」と「秋山真之」が学び、「夏目漱石」が教鞭を執った「松山中学校跡」の碑が、ひっそりと建っている。

松山市内にある「坂の上の雲」と「坊っちゃん」ゆかりの地としては、ここがマニアック度ではたぶん一番だと思う(笑)。

またここには、「子規」と「真之」が通った「勝山小学校」もあった。

「子規」たちは最初「末広学校」に通っていたが、師範学校の前身である「教員伝習所」の付属小学校として、「勝山小学校」というものができた。

『勝山では新しい教育をする』というのが評判になり、「子規」は入学して一年たらずで「勝山小学校」に転校し、同じ時期に「真之」も移ってきた。

番町小学校 松山

後に「勝山小学校」は「巽学校・智環学校」と合併し、現在は「松山市立番町小学校」として、その歴史を継承している。

さて。

ここで気になるのは、なぜ筆者がこんな地元の人間しか知らないような場所を、訪ねることができたのか?

その答えがこちら。

松山中学跡

松山に限らず、筆者は初めて訪ねる観光地の取材時には、地元のボランティアが行っている観光ガイドをよく利用している。

もちろんプロではないので、100%満足できないガイドさんにも遭遇するが、そういう時は「質疑応答」方式にすればいい。

そうすればこちらの習熟度に合わせた話をしてくれるので、お互いにとって有意義な時間が過ごせる。

 

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