歴史が好きで経験豊かな「車中泊旅行家」が、日本100名城の「高松城」と、大名庭園「栗林公園」の歴史と見どころ及び駐車場・車中泊事情を詳しく紹介しています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊歴史旅行ガイド

この記事は、1999年から車中泊に関連する書籍を既に10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「車中泊旅行家・稲垣朝則」が、独自の取材に基づきまとめた、『一度は訪ねてみたい日本の歴史舞台』をクルマで旅するためのガイドです。

~ここから本編が始まります。~
高松城より有名なのは「栗林公園」

高松城&栗林公園 DATA
高松城(史跡高松城跡 玉藻公園)
〒760-0030
香川県高松市玉藻町2-1
☎087-851-1521(玉藻公園管理事務所)
●入園料
おとな 200円
●開門時間
西門:日の出~日没まで
※月によって異なる
東門:8時30分~17時
※4~9月は7時~18時
駐車場
57台・無料
栗林公園
※高松城から約3キロ・クルマで10分
〒760-0073
香川県高松市栗林町一丁目20-16
●入園料
おとな 410円
高松城の入場券を見せると320円に割引。
元日と開園記念日(3月16日)は、入園料無料。
●開門時間
7時~17時(季節により異なる)
県営駐車場
東門駐車場 30台
北門前駐車場 32台
乗用車 100円/25分
筆者の歴訪記録
※記録が残る2008年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2012.03.17
2025.02.09
「高松城」での現地調査は2025年2月が最新です。
「高松城」と「栗林公園」の歴史と見どころ

高松城の歴史

「玉藻城」の異名を持つ「高松城」は、「豊臣秀吉」による四国制圧後の、1587年(天正15年)に「讃岐国」12万6千200石の領主に封ぜられた「生駒親正(いこまちかまさ)」が、転封の翌年に当時「野原」と呼ばれた港町に築城を開始し、1590年に完成したとされている。

海に面した「高松城」は、築城の名手で名高い「藤堂高虎」が築いた「今治城」と、同じく城造りの達人で大河ドラマでも描かれた、「黒田官兵衛」の居城「中津城」とともに「日本三大水城」と呼ばれる名城だ。
- 今治城
- 中津城
ちなみに初代城主の「生駒親正」は、「織田信長」の従兄弟にあたる武将で、1582年(天正10年)の「信長」死後は「秀吉」の家臣となり、山崎の戦い、賤ヶ岳の戦い、小田原征伐、文禄の役などに出陣して活躍した。
「親正」は、「高松城」築城後に領地の西の抑えとして「丸亀城」も築城し、丸亀では築城に伴い城下町も整備しているので、興味があればそちらの記事もご覧いただきたい。
その「生駒氏」の治世は4代54年に渡って続いたが、お家騒動がきっかけで「出羽国矢島藩」1万石に退き、江戸時代の初期に「徳川家康」の孫で、あの「徳川光圀」の兄にあたる「松平賴重(よりしげ)」が「常陸国」から12万石で入城。
以降228年間に渡り、「高松城」は「松平氏」の居城として栄えていく。
「松平氏」の転封以降、「高松城」は整備が進み、1669年に天守が完成した。

小倉城 2017.12月撮影
完成した天守は、福岡県にある「小倉城」を模した3層5階のもので、現存天守である「高知城」天守や「松山城」天守の大きさを凌ぎ、四国最大のものだったという。
その証拠がこちら。
写真は1882年(明治15年)に撮影された「高松城」の天守で、イギリスのケンブリッジ大学に保管されているそうだ。
江戸時代の「高松城」は
讃州さぬきは
高松さまの城が見えます
波の上
と和歌にも詠まれ、「月見櫓」に連なる「水手御問」から、殿様が舟に乗って参勤交代に向かったという逸話が残る。
しかし、明治の版籍奉還に伴い「高松城」は廃城となり、1884年には老朽化によって天守も解体された。

出典:さぬき歴史文化探訪ナビ
そのため残ったのは、「三重櫓」などの一部の建物と、石垣や堀などの遺構だけだったが、戦後を迎えた「高松城」は、1955年に国の史跡に指定され、同年に「高松市立玉藻公園」として一般公開が開始される。
さらに2006年には「日本100名城」に選定され、戦争中に焼失した「桜御門」の復元が2022年に完成し、着々と観光スポットとしての整備が進められている。
なお、「高松城」の城跡公園が「玉藻公園」と名付けられているのは、万葉集で「柿本人麻呂」が讃岐国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことに因み、「高松城」周辺の海域が「玉藻の浦」と呼ばれていたことに由来している。
高松城の見どころ

出典:玉藻公園
こちらが高松城跡のレイアウト図で、駐車場が「東門」の隣にあるので、そちらから入場することになる。
復元された桜御門

「東門」の近くに位置する「桜御門」は、江戸時代前期に描かれた「高松城下図屏風」の中にその姿が確認でき、築城後の早い段階からあった門とされている。

実は1944年には国宝に指定されることが内定していたが、空襲で消失。
それから約80年の歳月を経て、2022年に復元が完了し、迫力ある姿が蘇った。

2025年2月に訪ねた時は、無料で中も開放していた。
鞘橋と天守台

本丸へは、二の丸から架けられた「鞘橋(さやばし)」が唯一の経路で、本丸東端に前述した天守が建っていた。

築城当時の「鞘橋」は欄干だけの屋根のない橋で、かつては「らんかん橋」と呼ばれていたようで、屋根は江戸時代中期までに取り付けられたと考えられている。

「鞘橋」からよく見ると、堀の中を名物のクロダイが泳いでいることも。

「鞘橋」の先が「本丸跡」だ。
「本丸」は「天守」などが所在するお城の中心となる曲輪で、現在は天守台に付随する曲輪部分を「本丸」と呼ぶことが多い。
ここには生駒氏から松平氏の初期に、御殿があったことが絵図から分かっている。

天守が解体された後、天守台も2007年(平成19年)からの石垣修理工事に伴い解体されたが、2013年(平成25年)に修理が完了し、現在は新たな高松城の見学スポットになっている。

展望デッキからは、堀が瀬戸内海まで通じていたことがよく分かる。
披雲閣

「披雲閣」は、江戸時代の高松藩の政務場所であり、藩主の住居だった建物。
現存する「披雲閣」は江戸時代の半分ほどの規模で、1917年(大正6年)に再建されている。
現在は茶会や華展などに利用され、イベント時のみ利用者に開放される。

いっぽうこちらの建物と庭園は、松平家12代当主「松平頼壽」の別邸だったもので、香川県の迎賓館的な役割も担っていた。
高松城無料ガイド

「高松城跡」では、「西門」近くの緑色のテントで待機している「高松市観光ボランティアガイド」が、無料で園内を案内してくれる。
この日は時間の都合でお願いできなかったが、筆者はお城では、無料ガイドを可能なかぎり利用している。なにより、いろいろ質問ができるのがいいね。
●利用可能時間
午前10時から午後3時
●所要時間
1時間~2時間程度
予約は利用日の一週間前までに連絡を。
問い合わせ先
☎087-839-2416
高松市観光ボランティアガイド協会事務局(高松市役所観光交流課内)
メール kankou@city.takamatsu.lg.jp
内濠遊覧和船「玉藻丸」

出典:うどん県旅ネット
「高松城」の堀には、今も瀬戸内海の水が引かれており、内濠遊覧和船「玉藻丸」は、約370年前の江戸時代の古図に描かれた舟に見立てた小舟の上から、堀の魚へのえさやりが楽しめ、間近で天守台の迫力を感じながら、船頭の楽しい話が聞けるとあって好評だ。
●料金
おとな500円
●実施期間
3月1日~11月30日(12月~3月は休業)
9時~17時の30分おきに運行(12~13時を除く)
※3、10、11月は16時までの運行
高松藩出身の、誰もが知るあの人

それは、これを日本で初めて作った人物といえば、もうお分かりだろう。

出典:NHK
香川県の「屋島」にほど近い「讃岐志度浦」に生まれた「平賀源内」は、少年時代から本草学と儒学に興味を抱き、その勉学に励んでいたが、父の仕事を引き継いで高松藩の蔵番となる。

出典:NHK
高松藩では、同じく本草学・物産学を好み、のちに”高松藩中興の祖”と呼ばれる第5代藩主「松平頼恭(よりたか)」の重用を受けて、長崎に遊学するなど、そのもとで頭角を現していく。

出典:NHK
その時代に「源内」が関わったとされるのが、「頼恭」の命によって魚類などを描いた、この「衆鱗図」と云われている。
江戸時代に、写真のようなアジの光沢を、ここまでリアルに再現する技術を持っていたのは驚きだが、それを可能にしたのは、やはり大名マネーだったようで、それは現代のCGと変わらない(笑)。
画像はNHKの歴史番組「英雄たちの選択」の放送から転用しているが、「平賀源内」は番組に出演していた各方面の識者からの評価も高く、番組ではマルチクリエイターと呼ばれていた。
その後「源内」は職を辞して高松藩を去り、江戸で波乱万丈の人生を送るのだが、「平賀源内」自身の詳しい話は、「平賀源内記念館」の記事で詳しくまとめている。

出典:NHK
折しも2025年は、大河ドラマ「べらぼう」に「平賀源内」が登場したことで、大いに脚光を浴びているようだ。

「志度」にある「平賀源内記念館」は、高松城から約13キロ・クルマで30分ほどのところにあるので、興味があれば足を運んでみるといい。
高松城の駐車場とアクセスマップ

高松城の駐車場は、「東門」の隣に用意されている。
正式名は、玉藻公園専用駐車場
料金無料・57台
4月〜9月:7時〜18時
10月〜3月:8時30分〜17時

1669年(寛文9年)の天守が完成した後「頼重」は隠居するが、そのための別邸として城の南西に造築されたのが「栗林公園」で、現在の「高松城跡」から約3キロ離れた場所にある。
ただ東京ドーム16個分の敷地に、6つの池と16の築山を持つこの広大な大名庭園を、たった一代で築いたわけではない。

「栗林公園」の歴史を辿ると、16世紀後半までは地元の豪族「佐藤氏」の小さな庭にすぎなかったが、江戸時代の初め頃にこの地を治めた「生駒氏」の治水工事により、広大な庭園の基礎が築かれたようだ。

とはいえ、大名庭園としての本格的な整備は、高松藩初代藩主「松平頼重」以降とされており、完成したのは、100年以上経た1745年、5代藩主「頼恭(よりたか)」の時代で、以来、歴代藩主が修築を重ね、明治維新に至るまでの228年間、「高松松平家」の下屋敷として使用されてきた。

さて。
明治の終わりに発行された高等小学読本によると、「栗林公園」は「日本三名園」とされる「水戸の偕楽園」、「金沢の兼六園」、「岡山の後楽園」よりも「木や石に風雅な趣がある」と記されているらしい。
- 水戸 偕楽園
- 金沢 兼六園
- 岡山 後楽園
そして、その4つの大名庭園をすべて観てきた筆者も実はそう思っている。
とりわけ見どころが集中する南湖は、周遊和船(おとな1回620円)に乗って船頭のガイドを聞きながら、絶景ポイントをめぐることができることで人気がある。
周遊和船の詳細はこちらで。
栗林公園のスマートな周り方
国の特別名勝に指定されている文化財庭園の中で、最大の広さを持つ栗林公園は、『一歩一景「お庭の国宝」』と呼ばれており、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンでは、「わざわざ旅行する価値がある」を意味する三つ星★★★として紹介されている。

また「栗林公園の松」と「掬月亭」は二つ星★★、「偃月橋」と「飛来峰」は一つ星★で、すべてあわせると「栗林公園」はなんと九つ星になるという。
そんな「栗林公園」の詳細は、公式サイトよりこちらのサイトのほうが断然よくわかる(笑)。
また現地では、こういう細かな見どころが多い史跡では、ガイドを活用するのがいちばんいい。嬉しいことに「栗林公園」も「高松城」と同じく無料だ。
ただし、1日に一度だけなので時間調整が必要になる。
定時ガイド
●実施日
毎週日曜日
※お盆の時期・年末の日曜日を除く
●集合時間
10時30分
●集合場所
栗林公園東門 入園券売場前
●コース
東門-鶴亀松-箱松-旧日暮亭-桶樋滝-掬月亭-楓岸-飛来峰-芙蓉峰-鴨引き堀-東門
●所要時間
約60分
●参加費
無料
●予約
不要
※コースは季節の見どころにより変更する場合あり。
予約ガイド
予約は1週間前まで可能。
予約には、来園日時・ガイド時間・人数・お客様名・連絡先等が必ず必要で、日程が決まれば、☎087-833-7411(栗林公園観光事務所)まで連絡を(英語、韓国語、中国語のガイドについても可能)。
当日申し込みは、東門入園券売場横のガイド詰所で待機しているガイドまで。ガイド可能時間は9時~16時。モデルコースの案内所要時間は約60分。
高松城と栗林公園周辺の車中泊事情

「高松城」と「栗林公園」の周辺には、2つの道の駅と2つのRVパークがある。
「栗林公園」から約11キロ・20分のところにある「道の駅 源平の里むれ」は、規模も大きく「屋島」にも近い好立地にある。
いっぽう同じく「栗林公園」から約12.5キロ・20分のところにある「道の駅 香南楽湯」は、日帰り温泉が併設しており人気は高いが、車中泊ができる駐車場が狭く、大型車両のレーンにも近い。
RVパークについては、筆者はいずれも利用経験はないが、それぞれ個性的な施設みたいなので、公式サイトを掲載しておこう。
「高松城」と「栗林公園」をしっかり見て回れば、半日がかりになるので中高年はくたびれると思う。
そのため、RVパークでゆっくり休むのはいいかもしれない。
高松・屋島 車中泊旅行ガイド
旅行者のための「お城めぐり入門講座」
車中泊でクルマ旅 総合案内
クルマ旅を愉しむための車中泊入門
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