幕末の志士、坂本龍馬のプロフィールと年表

坂本龍馬
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この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、現地取材を元に「車中泊ならではの旅」という観点から作成しています。
※ただし取材から時間が経過し、当時と状況が異なる場合がありますことをご容赦ください。
クルマ旅専門家・稲垣朝則の主な著書
車中泊の第一人者と呼ばれる稲垣朝則が、これまで執筆してきた書籍・雑誌と出演したTV番組等の紹介です。

誕生日が命日となった、享年33歳の生涯。

坂本 龍馬(さかもと りょうま)
天保6年11月15日ー慶応3年11月15日

高知の下士に生まれ、脱藩した後は志士として活動。
日本で最初の商社であり、政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力するなど、倒幕および明治維新に大きな影響を与えた。しかし大政奉還後まもなく、京都の近江屋で刺客に襲われ、享年33歳の生涯を閉じる。

坂本龍馬の本

司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」に描かれて以降、そのドラマティックな生き様から、幕末の風雲児として根強い人気を誇ってきた坂本龍馬が、2010年の大河ドラマ「龍馬伝」により、若い世代でもその名を知らない人はいないほどの大ブレイクを果たす。

ここでは改めて、その生い立ちと足跡を辿ってみよう。

坂本龍馬誕生地

1835年(天保5年) 11月15日
坂本長兵衛(のち八平)の次男として高知城下に誕生。

1846年(弘化3年) 12歳
小高坂の楠山庄助塾に入門。まもなく退塾。母幸、四十九歳で死去。

1853年(嘉永6年) 19歳
剣術修行のため、溝淵広之丞と江戸へ出立。4月、北辰一刀流千葉定吉道場に入門。
12月、佐久間象山塾に入門。西洋砲術を学ぶ。

1854年(安政元年) 20歳
 6月、江戸から帰郷。河田小龍に会い、啓発される。

坂本家墓所

1855年(安政2年) 21歳
12月、父八平、五十九歳で死去。
1856年(安政3年) 22歳
8月、再び剣術修行を名目に江戸へ出立。
1858年(安政5年) 24歳
1月、「北辰一刀流長刀兵法目録」を授与される
9月、土佐へ帰着。
1861年(文久元年) 27歳
8月、武市瑞山、土佐勤王党結成。
9月、龍馬、これへ加盟。

薩長土連合密議之處

1862年(文久2年) 28歳
1月、長州萩に久坂玄瑞を訪ねる。

3月、沢村惣之丞と共に脱藩。
10月、勝海舟をたずね、その門人となる。
1863年(文久3年)
29歳 2月、勝海舟の尽力により、龍馬らの脱藩罪を許される。
神戸海軍塾(勝の私塾)開設、中心的役割を担う。

海軍操練所跡

1864年(元冶元年) 30歳
神戸海軍操練所が開設される。
2月、国元召喚の延期が認められず再脱藩。
6月、池田屋事件勃発。
8月、西郷吉之助と面談する。
1865年(慶応元年) 31歳
3月、神戸海軍操練所が廃止される。
閏5月、桂小五郎らと面談。
長崎に「亀山社中」を設立。

薩長同盟縁之地

1866年(慶応2年) 32歳
1月21日、薩長同盟成立。

寺田屋で幕吏の襲撃を受け怪我するも脱出。
伏見薩摩藩邸に匿われる。
2月、お龍を正式に妻とす。
2月、桂小五郎からの手紙に薩長同盟の裏書きをする。
3月5日、大阪を出帆、鹿児島に新婚旅行。
5月、ワイルウェフ号、五島列島中通島潮合崎に座礁 。

龍馬談判の町家いろは

1867年(慶応3年) 33歳
4月、中岡慎太郎と共に脱藩罪を赦免される。
社中を海援隊に改編し、海援隊長に就く。
いろは丸、和歌山藩船明光丸と衝突し沈没。
5月、いろは丸事件を有利に解決。
6月、後藤象二郎、長岡謙吉らと夕顔丸で長崎を出航。
「船中八策」成る。
9月、6年ぶりに土佐へ帰国
10月3日、土佐藩、大政奉還建白書を幕府へ提出。
11月15日、京都近江屋で中岡慎太郎と共に暗殺される。

霊山護国神社の龍馬祭

京都・霊山護国神社の龍馬祭は、毎年命日の11月15日に冥福を祈って開催される。

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坂本龍馬の旅

※このコンテンツは現在書きかけ中で、高知・下関・長崎・鞆の浦についても掲載の予定です。

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