「クルマ旅専門家」・稲垣朝則が、20年以上かけて味わってきた全国のソウルフード&ドリンクを、そのレシピと老舗・行列店を交えてご紹介します。
「稲庭うどん」は、秋田県が誇る正真正銘の伝統食
稲庭うどん【目次】
稲庭うどんとは
「稲庭うどん」は秋田県南部の湯沢市稲庭町に伝わる、手延べ製法の干しうどんで、日本三大うどんのひとつに数えられ、2007年には農林水産省から「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれている。
ひねりながら練るという、そうめんづくりに近い製法から生まれる、少し黄色味かかった「稲庭うどん」の麺は、関西人に馴染みの深い「讃岐うどん」に比べると細く、中は中空で断面は平べったい。
また滑らかな食感の秘密は、打ち粉にデンプンを使っていることに起因している。
だが「稲庭うどん」で注目すべきは、それ以上に興味深い歴史だろう。
約350年の歴史を誇る「稲庭うどん」のルーツは、江戸時代初期に稲庭地区小沢に住んでいた佐藤市兵衛が、地元産の小麦粉を使って干しうどんを製造したのが始まりだが、「練る」・「綯う(なう)」・「つぶす」・「伸ばす」の、現在に近い工程を編み出したのは、血縁関係のない稲庭吉左衛門といわれている。
独特の製法で作られた「稲庭うどん」は、おいしい・珍しいだけでなく、乾麺であることから贈答品としても使用され、領主に献上されるだけでなく、将軍家や他国の大名にも送られるほどになり、秋田藩の名産品として珍重されたという。
その「門外不出」とされた一子相伝の製造方法を、宗家稲庭吉左エ門から製法断絶防止の為に伝授されたのが、佐藤養助(養子=稲庭吉左エ門の四男)で、次のマイスターという意味で「二代目佐藤養助」と呼ばれている。
1972年(昭和47年)に佐藤養助店の七代目は、再び一子相伝の秘法を家人以外の職人に公開し、今度は家業から産業への発展を目指す。
1976年(昭和51年)に稲庭うどん協議会、2001年(平成13年)には秋田県稲庭うどん協同組合が発足。
製造量が大幅に増えたことにより、「稲庭うどん」は一般市民が口にする機会が増え、知名度も大きく向上した。
今は秋田県内のサービスエリアや道の駅に行けば、「乾麺」は簡単に手に入る。
角館にある人気のお店は「ふきや」
さて。これまでの説明で「稲庭うどん」には、「オリジナル」と「普及版」があることが伝わったと思うが、角館では人気の比内地鶏親子丼とのセットメニューを掲げる店も目立つ。
ただ親子丼とのセットは空腹を満たすのにはいいと思うが、味が濃いため、せっかくの「稲庭うどん」の風味をなくしてしまう気がする。
ゆえにせっかくなら、「稲庭うどん」は単品でいただきたいものだ。
筆者が訪ねたのは、角館で唯一オリジナルにあたる7代目佐藤養助の「稲庭うどん」が食べられる「ふきや」。
人気は冷たい「稲庭うどん」をしょうゆとごまのタレでいただく「二色だれ(1,150円)」で、単独のタレだと900円になる。
筆者は頼まなかったが、ふんわりとした甘みのだし巻き玉子も人気らしい。またここは、お土産品も充実している。
なお、武家屋敷の一画にある「佐藤養助の角館店」は、展示・販売のみで食事はできない。