車中泊旅行歴25年のクルマ旅専門家が、安曇野の名物「道祖神」について分かりやすくガイドしています。
「正真正銘のプロ」がお届けする、リアル車中泊旅行ガイド

この記事は、車中泊関連の書籍を10冊以上執筆し、1000泊を超える車中泊を重ねてきた「クルマ旅専門家・稲垣朝則」が、全国各地からセレクトした「クルマ旅にお勧めしたい100の旅先」の紹介です。
~ここから本編が始まります。~
安曇野の道祖神はあちこちにあるが、じっくり観るのは思ったよりも難しい。

安曇野の筆者の歴訪記録
※記録が残る2002年以降の取材日と訪問回数をご紹介。
2009.07.26
2010.07.18
2013.04.27
2015.03.09
2014.04.26
2021.03.09
2022.11.27
2024.07.25
安曇野での現地調査は2024年7月が直近になります。
安曇野の道祖神
道祖神とは

「村の守り神」で、村人が五穀豊穣・無病息災・子孫繁栄を祈願するもっとも身近な神様でもある「道祖神」は、全国に広く分布しており、その多くは村の中心、道の辻、あるいは三叉路に立っている。

道祖神単体の数が、市町村では日本一と云われる安曇野市には、400体以上があるとされ、古いものでは江戸時代中期にあたる西暦1700年代に彫られた石像も確認されている。
男女が遠慮がちに寄り添って立つもの、何気なく手を握るもの、堂々と腕を組むもの、愛をこめてぐっと抱きしめるものなど、その姿はさまざまだが、多くの場合、道祖神と同じところに庚申塔(こうしんとう)・二十三夜塔が祀られている。
安曇野に道祖神が多い理由

ひとつは安曇野の人々の信仰心が厚かったことが挙げられる。
江戸時代の中頃まで、地中への水の浸透度が高い扇状地に住む安曇野の人々には、重税・飢餓・疫病の三つ巴の苦労から逃れ、豊かになりたいという想いが強かった。
しかし江戸時代の後期に入って灌漑の技術が向上し、「拾ケ堰(じっかせぎ)」などの用水路が開削されると、米の生産量が向上して豊かになり、苦しみから開放されると同時に、腕の良い高遠の石工達までが集まるようになってきた。
それには安曇野が、梓川で石仏の原材料となる花崗岩が容易に入手できる立地にあったことも、無関係ではないようだ。

いずれにしても
現在残る安曇野の道祖神は、男神と女神が肩を抱き合い、手を握ったり酒器を持ったりしている、めでたい姿が多いのだが、それは「物乞い」から、五穀豊穣への「感謝」のために、道祖神が祀られるようになっていった進化の証なのかもしれない。
安曇野の人気道祖神

確かに道祖神は安曇野のあちこにあり、走行中に気がつくことも多いのだが、その時にはもう間に合わない(笑)。
そこで自然の中に佇むその姿を拝みたいという人のために、安曇野で人気の2つの道祖神を紹介しよう。
常念道祖神(堀金の道祖神)

常念岳を正面に眺める絶景のロケーションに置かれたこちらの道祖神は、「常念道祖神(堀金の道祖神)」と呼ばれ、桜の木の間にあることから、満開時に撮影された写真を多く見かける。

ここには道祖神が2体あり、右側の方(像高65cm)はカメラマン好みの一等地を選んで、どちらかといえば撮影用に1991年に設置されたものらしい(笑)。
水色の時道祖神(道祖神公園)

1975年(昭和50年)上半期のNHK連続テレビ小説「水色の時」のために作られた道祖神で、彫像者須藤賢氏の厚意によりこの地に設置された。
双体道祖神が2つが安置されており、周辺は四季の美しい花が咲く小さな広場になっている。
「水色の時」は、松本市と安曇野を舞台に医大生を目指すヒロイン(大竹しのぶ)と、看護婦の母(香川京子)の親子の交流を通して家族のあり方を見つめる作品で、長野県が舞台になった初めての朝ドラだ。
脚本は石森史郎で、語りは岸田今日子。出演は篠田三郎、米倉斉加年、佐久田修、大滝秀治ほか。
平均視聴率40.1%、最高視聴率46.8%と、今では夢のような数字を叩き出している。
当時の懐かしい映像は、こちらで。






































